1-19.対人訓練_2
俺は次の相手が来るのを待っていた。勝ち抜き戦なので、勝ったらそこで待つしかない。
ロイスさんの方を見ると団長さんと何かを言い合っていた。
微妙に距離があるので聞き取ることはできない。
どうせ、さっそく自分が行くとか行かないとかで揉めているのだろう。見れば分かる。
だが、結局は別の人が出てくることになったようだ。
ちょっと渋い感じのおじさんである。ARに表示される名前はオリバーとなっている。
オリバーさんは白髪が多く混じりグレーとなった頭部を短く刈り込んでいる。体つきは歴戦の戦士だと見るからに分かるくらいがっしりとしている。
オリバーさんは俺の目の前まで、ゆっくりと歩いて来た。
「オリバーだ、よろしく。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
オリバーさんが手を差し出してきたので、俺は握手をしておいた。
堂々とした態度は先ほど対戦したひよっ子とは格の違いを感じる。
これは最初からジュージュツを発動しておく必要がありそうだ。
挨拶が終わり、対峙していると遠くでロイスさんの声が聞こえる。
「ロイスの名において闘技の儀を執り行う。起動。」
本日、3度目のバトルフィールドの展開だ。
オリバーさんは、まるで剣でも持っているかのような構えを取った。
一方、俺の体は自然体を構えとした。足は肩幅に開き、肩の力を抜いた、一見すると突っ立っているようにしか見えない構えである。
オリバーさんの顔に、少しだけおやと言うような表情が浮かんだが、すぐに元に戻ると俺に向かって斬りかかってきた。
両腕を振りかぶり、剣の握りをぶつけるかのように拳を振り下ろしてきた。
俺の腕は両腕をクロスさせ、オリバーさんの腕を防ぎにいくようにぶつけに行くと同時に、体は反転しながらオリバーさんの懐へと潜り込む。そして、オリバーさんの腕を掴みとり、地面へとぶつけるように引き、腰をはね上げた。
背負い投げである。
しかも、地面に相手の体を叩きつけるように投げる実に戦闘的な投げ技であった。
さすがジュージュツである。
オリバーさんはもろに背中から落ち、息もできないようだ。
オリバーさんが立ち上がれないのを確認して、俺はロイスさんの方に視線をやった。
こんなに早くに試合が終わるとは思っていなかったのだろう、ロイスさんがあっけにとられているようだった。
俺の視線に気が付いてからバトルフィールドを解除した。
開始位置に戻ったようだ、オリバーさんが顔をしかめて目の前に立っている。
「あっけなく負けちまったな。」
「いえ、あっけないと言うことは。ドグとの試合よりためになりました。」
勝負は一瞬であったが、明らかにドグとは迫力が違った。
「自分ら自警団でもとっておきの技だったんだがな。」
「まるで剣で斬りかかられたかのように感じましたよ。どんな技だったんですか。」
「後で団長にでも聞けば良いさ。自分は交代だ。」
オリバーさんはそう言うと闘技場の外に出て行ってしまった。
渋いおっさんである。
次にやってきたのは、人間離れした体格のやつだった。
身長は190を超えているだろう。瞳は黒くて丸くつぶらなのだが、鼻先から口元が前へと突き出ている風貌と、頭髪から髭までが区別なく毛があり、服から露出した腕や手も毛深い。
獣人だ。
ヒロモンの世界には、プレイヤーは人間しか選べないが、設定上、多数の種族が存在している。ファンタジーは定番のエルフ族、ドワーフ族、ホビット族、そして獣人。モンスター扱いされることが多いが、ゴブリンやホブゴブリンも人間型の種族である。
獣人は、猫や犬の他、いくつかの動物を元とした種族が存在する。
彼は顔つきからして熊だろう。目が円らだし。
「ザーライ族のグワドルジだ。よろしく。」
「普通に人間のケージです。よろしく。」
「ふっ、謙遜するな。オリバーのおっさんを簡単に投げ飛ばしたんだ。普通じゃないだろう。」
グワドルジさんは、にやりと笑った。
犬歯が見えて怖いんですけど。
「お手柔らかにお願いします。」
「こちらこそな。」
俺はさっきまでとは大目に距離をとる。
相手の背が高いだけで近寄りたくない気分になる。
色々と怖いので、スキルは最大限多重に発動しておくことにした。戦闘系のスキルは一定以上のレベルを超えると身体補正が付くため、発動しているだけでパワーアップできる。
ジュージュツをメインスキルにして、格闘、カラテ、剣術を発動する。それと、ひとつ枠が余っていたので、ヨガを付けておいた。何となく体に良さそうだし。
ロイスさんの声が横から聞こえてくる。
「ロイスの名において闘技の儀を執り行う。起動。」
バトルフィールドが展開されると、グワドルジさんは吠えた。文字通り。
俺は驚いた。
そして、固まってしまった。
次に気が付いた時、いつの間にか頭部をガードするように挙げられた腕に強い衝撃を感じ、後ろに吹き飛ばされていた。
俺の体は、背中が地面に触れると後転し、さらに後ろに自分で飛んでグワドルジさんから距離をとった。
くるくると回る視界から何とか認識したのは、自分から飛んだ直後にグワドルジさんの右腕が凄い勢いで宙を薙いだところだった。
俺の体は、今度は前に駆けていく。
グワドルジさんは空振りをしたため体制が整っていない。
それでも、無理やり俺の頭部を目掛けてバックブローを仕掛けてきている。
俺の体は、その腕をやり過ごし、無防備に開いたグワドルジさんの首に右腕をからませ、右足を刈り込んだ。
大外刈りだ。
そのまま、袈裟固めを極め、グワドルジさんを地面に押さえつけた。
体ごと飛び込んだ勢いで相手の体を倒したので、かなりの勢いで地面に倒れ込んだはずだ。意識も朦朧としているのではないかと思うのだが、グワドルジさんはかなり抵抗してきた。
俺の体は、戦闘では容赦がないらしい。
俺の頭に延ばされたグワドルジさんの左手を払うついでに頭部に打撃を加えるとか、取った右腕の関節を痛めつけるとか、寝技なのに相手を攻撃しつづけた。
とは言え、これは柔道の試合ではない。押さえ込みでいくら時間が経とうが勝ったことにはならない。
俺の体も一度、技を解き、素早く立ち上がった。
そして、グワドルジさんが立ち上がった瞬間に懐に飛び込み、一本背負いを決めてしまった。
それでも獣人は生命力が高いのか、グワドルジさんはまた立ち上がる。さすがにふらふらとだが。
俺の体は次に体落としを決める。
グワドルジさんが立ち上がっては投げ飛ばすのを数度繰り返したところで、ついにグワドルジさんが力尽き、起き上がって来なくなった。
バトルフィールが解除され、開始位置に戻される。
色々とリセットされたはずだが、グワドルジさんは息を切らしている。
「俺の技を防いだ上に反撃するか。ヤマイヌ程度じゃ相手にならないのも当然だな。」
グワドルジさんは、俺の肩をばんばんと叩き、闘技場の外へと出て行った。
本当はヤマイヌには殺されてるけどね、俺。
ついにやってきてしまいました、団長さん。
実際は、今までの3戦で俺はもうお腹いっぱいなんだけどね。
何と言うか、俺は対人戦が初めてだと言うのに、今までの相手がみんな本気でかかってきたのだ。
現代日本において、IT業界で働いている人間が1対1の対戦を経験することなんて、まずない。
それが、カプセルを使っているがために現実そのものの状況で人や獣人と殴り合いの戦闘を行ったのである。殴られれば痛いし、転がれば衝撃を感じるし、相手の目を間近で見てしまうのだ。
いくら俺の体が特別仕様で、内心では勝てるだろうなぁと思っていたからと言って、それとこれとは別である。
平面ディスプレイでのプレイなら、ちょっと画面から体を離して距離を取れば怖くもなんともないだろうが、カプセルは強制的にHMDの利用である。目の前の現実からは逃げようがない。
体格の良い野郎どもが俺に殴り掛かってくるのである。
とても怖かった。
自動モードを止めないように、必死で我慢して、なんとか3戦をこなしてきた。
もう勘弁して欲しいと思うのが人情と言うものだろう。
それなのに、目の前には団長さんが非常にぎらぎらとした笑顔で立っているのである。
「ケージ殿、いよいよだな。」
もう、うんざりである。
「ええ、本当、お手柔らかにお願いしますよ。」
団長さんの強さなんて知らない。
分かっているのは、女だてらに自警団の団長をしており、強い相手と戦うことが大好きであり、さっきのグワドルジさんとの戦いは俺の自動モードで何とか勝てた程度だったと言うことだ。
推測するなら、団長さんはグワドルジさんより強くて、俺の自動モードともしかしたら互角かそれより強いかも知れないと言うことだ。
「いや、全力で行かせてもらうよ。なにせ、オリバーとグワドルジを手玉に取る相手だ、期待以上だ。」
団長さんは、先ほど母親の表情や出来た女上司の顔を見せたとは思えない程、獰猛な顔をしている。
「それでも適当にお願いします…。」
最悪、ボコボコにされるだろう。
約束に律儀な自分の性格をちょっとだけ後悔した。
そして、後悔なんてしていると、あっという間に現実の荒波に揉まれることになる。
バトルフィールドが展開される。
団長さんは、直ぐに飛びかかってくるかと思ったが、意外にも開始位置で構えていた。
オリバーさんと同じ様に、あたかも剣を持っているようである。
足は斜めに開き、胸の前で両こぶしを上下に重ねている。
俺の体は自然体に構えている。
団長さんは、じりじりと距離を詰めてくるが、俺は動かない。
内心、かなり緊張している。体は力が抜けているのに、気持ちが強張っていると言う、現実ではありえない状態になっている。
間合いが詰まったのか、団長さんが突いて来た。
俺の体は手や腕を使って払いのけている。
団長さんは、俺に突きを落とされながらも、素早く腕を引いては次の突きを放ってくる。
剣を持っていない分、とても速い。見ているだけの俺でも見失いそうになるほどだ。
俺の体はそんな突きを躱している。
ふいに、腕に予期せぬ衝撃を感じた。団長さんの足が目の前にある。突きを払いのけようと出した腕を蹴りあげられたようだ。
俺は右手で挙手した格好になっている。
そこに、団長さんが下した足でそのまま踏み込んでくる。
右の脇の下に強い衝撃を感じた。
俺の体がどうやら左手で団長さんの斬りこみを防ごうとしたようだが、団長さんの横斬りの威力が強かったようで、俺は脇の下を斬られたわけだ。
だが、俺の体もただではやられずに、踏みとどまると団長さんの両腕を脇で挟みこむように右腕を振り下ろし、そのまま団長さんの腕に巻きつかせるかのように手を伸ばした。
団長さんも腕を引こうとするが、それに合わせて前に出て右腕の二の腕をがっしりと掴んだ。
俺の体は右腕を引くと、団長さんが抵抗して後ろに下がろうとする。その両足を右足で刈り込むと、団長さんの体が宙に浮いたタイミングで、団長さんの体の上に乗るようにして、そのまま地面に倒れ込む。
地面から反動を感じると、俺の体は素早く立ち上がり、団長さんと距離を取った。
団長さんは起き上がれないようだ。
俺の体が、グワドルジさんの時のように適当な距離に近づこうとしたが、俺は俺の意思で行動をキャンセルした。
もう少し距離をとって離れた。
団長さんがよろよろと立ち上がる。
団長さんは、何とか最初と同じ構えを取った。
当然また来てしまうよなと思っていたが、団長さんが構えを解いて左腕を挙げた。
バトルフィールドが解除され、俺は開始位置に転移した。
「ケージ殿は凄いな、正面からぶつかってみたが、見事やられてしまった。」
どうやら俺のジュージュツスキルの方が上だったらしい。
「途中でしたが、良かったのですか?」
「ふっ、あのままだとグワドルジの二の舞さ。こちらの体力が尽きるまで投げ飛ばされるだけだ。」
「どうですかね。」
「良いんだ。これは訓練で、ケージ殿の技を見せてもらうのが目的だったからな。充分に堪能したさ。」
団長さんが満足しているのならそれで良いが、何か含みを感じる言い方である。
「それで、俺はそろそろ休憩させてもらいたのですが。」
「はは、勝ち抜くから連戦になるんだ。仕方ないだろ?」
「勝ちたくて勝ったんじゃないですから。」
「とりあえず休むか。」
俺は団長さんと連れ立って闘技場を出た。
「ケージ、強かったね。」
ユアンちゃんが顔を赤くして俺に飛びついて来た。
俺はユアンちゃんを持ちあげて抱っこした。
「ユアンちゃんの応援のおかげだよ。ありがとうね。」
「ケージ、格好良かったよ。すごいね。」
ユアンちゃんがきらきらとした目で俺を見ている。
うん、何やら照れるな。
「ジュージュツとは凄い技ですね。まさか団長にも勝つとは思ってもませんでした。」
ロイスさんが声を掛けてきた。
団員も俺とユアンちゃんを囲むように近寄ってきていた。
「いやいや、団長さんの攻撃は凄かったですよ。今でも脇腹が痛い。」
俺が答えると、オリバーさんが笑いながら言った。
「ケージさん、それは幻痛と言うやつさ。闘技装置を使うと戦っている間の怪我はなかったことになるけどな、戦いの間の痛みは本物だ。その痛みを戦闘後も思い出して痛がってしまうんだ。良くあることさ。」
ステータスを確認しても俺の生命力は、当然、満タンである。
しかし、俺の脇腹は確かに痛い。
大幅に軽減されるとは言え、カプセルを使っているため、実際に衝撃が体に与えられる。
ヒロモンの世界のダメージはなかったことになるが、リアルにダメージはなかったことにならないと言うことだ。
これは回復魔法にも言えることじゃないか。モンスターと闘い、痛い目に合うと、魔法で回復するのはアバターばかり。リアルの俺はそのままだと言うことだ。
俺って、普通のプレイヤーやNPCよりも戦闘に不利、というか向いていないんじゃないだろうか。
これは、ますます戦わない人生を心掛けないとならない。
昼過ぎから自警団に来たが、既に日が傾いている。
この日は、このまま訓練が終わり、解散となった。
戦闘は1試合10分程度だったと思うが、計5試合で50分程度。ヒロモンではリアルの6倍換算で考えるので、5時間に相当する。疲れるわけだ。
俺はユアンちゃんを家まで送って行ったあと、宿屋に帰り、ログアウトした。




