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「このヒロモンってゲームは、ここまでしないと遊べないのか。」

 俺は、都内にある高層ビルの一室で、良く言えばダイビングスーツ、悪く言えば全身タイツ姿に着替えさせられていた。その上、HMDヘッドマウントディスプレイを被っているのだから、悪の組織の下っ端になった気分である。

「函崎さん、ゲームのためにここまでさせてもらえるなんて、羨ましい限りですよ。僕はカプセルなんて使ったことないですもん。」

 部下の道尾がカプセルのセッティングを手伝いながら答える。

「テストプレイって言うから、せいぜいディスプレイが並ぶ部屋に押し込められてピコピコするのかと思ってたのに。」

 カプセルとは、斜めに立てられた卵形の外郭の中に、体を固定するシート、脳波センサー等の入出力装置がセットになった設置型のゲーム用ハードウェアである。

 カプセルに入り込みながら俺は愚痴た。

「嫌々プレイするなら、僕に替わってくださいよ。」

「俺だって替わってもらいたいよ。プレイするためにいちいち着替えるなんて、どんだけ手間なんだよ。」

 ぶつぶつと言う俺を道尾が茶化してくる。

「お漏らし対策じゃないんですか?」

 確かに全身スーツには、おむつ機能も付いている。付いているが。

「誰が漏らすか。ちゃんと自分でトイレに行けるわい。」

「分からないっすよ、カプセル使うと仮想と現実の区別が付かなくなるらいしいっすから、ゲーム内で立ちしょんでもしようものならリアルお漏らしですよ。」

「リアルでも立ちしょんなんてしないから。」

 俺は、カプセル内で準備をする間、道尾とくだらないことを言い合っていた。

「準備できたようっすね。こっちもOKっす。って、今更、確かめることもほとんどないんですけどね。」

 カプセルとネットワーク、非常用電源装置、外部モニタの状態を確認し終わったのか、道尾が言った。

「うん、じゃあ、始めるは。お前も俺が居ないからって仕事さぼるなよ。」

「大丈夫ですって。それに函崎さんや僕が居なくても、OASIS(オアシス)がしっかりやってくれますし。」

 OASISとは、俺たちインフラチームの仕事を支えてくれているAI(人工知能)である。Operation AI supporting Infrastructure & System(システム基盤とシステムをサポートしているオペレーションAI)の略で、要はシステムAIなわけで名前はこじ付けだ。

「だから心配なんだ。OASISのご機嫌を損ねるなよ。」

「大丈夫っすよ。どんと大船に乗ったつもりでいてください。」

 俺は、道尾のそう言う軽いノリが心配なんだよなぁと口の中で呟きながらカプセルを起動した。

 カプセルのふたが閉じ、一瞬、視界が真っ暗になる。俺は卵の黄身になったような気分になる。

 目の前がゆっくりと明るくなり、ゲームの起動画面が現れる。


「World of Heroes & Monsters Online ~円環の地~ へようこそ」


 オープニングのエフェクトが消えると、俺は約3メートル四方の部屋に置かれた椅子に座っていた。

 木製の簡易なベッドと壁際に据え付けられた棚があるだけの質素な部屋である。

 木造の家屋の2階にあるひと部屋だ。窓から見える景色が1階のものではなかった。

 窓は木枠があるだけでガラスなどは嵌め込まれていない。つっかえ棒で押し上げられた板が外側に屋根のように突き出ているだけの簡易な作りの窓だ。

 窓の外に木のてっぺんが見え、かすかに揺れている。

(最近のゲームって、久しぶりだけどすげぇな。)

 俺は、普段はシステム管理のための平面ディスプレイしか見ていない。全方位ディスプレイなんて久しぶりだった。

 全方位ディスプレイで見る世界はリアルと区別がつかなかった。ゲームの世界と頭では分かっていても、板の木目どころか、表面の細かなでこぼこまで再現されている。目を凝らしても現実と変わらない見た目である。木の葉だって、風に吹かれて一枚一枚が揺れているようだ。

 俺は、ステータス画面を開いた。

 目の前に自分のステータスが簡易に表示される。この辺りの見た目は、リアルでHMDやメガネ型端末(俗称スカウター)を利用している時と変わらない。


■ステータス

・名前:ケージ

・種族:人間

・性別:男

・レベル:90(Max200)

・生命力(HP):32/32(Max100)

・魔力量(MP):∞/∞(Max100)

・筋力度(ST):22(Max100)

・敏捷度(DX):32(Max100)

・器用度(AG):52(Max100)

・カード(CL):68(Max100)


 目の前に浮かぶ文字を見て、自分の能力値を確認する。

(MPなんてMaxが100なのにステータスが無限大だとはね。)

 テストプレイ用のアカウントをもらった際に、与えられたレベルに応じたパラメーター設定を自分で行っている。説明も聞いたし、忘れるわけもないのだが、改めて見ると特別製(チート)だよなぁと思うのである。

 アイテムの画面も開いてみる。


■アイテム(革のザック)

・所持金:G…9 LS…10 S…40 LC…10 C…50

・カード…5

・ナイフ…1

・皮手袋…1


 初期のお金が細かい。なんて庶民的なんだろう。

 ヒロモンの世界では、銅貨(C)、大銅貨(LC)、銀貨(S)、大銀貨(LS)、金貨(G)の順に価値が高くなる。銅貨、銀貨は10倍ずつの価値、大が付くと5倍の価値になる。銀貨と金貨の差は激しく、銀貨100枚で金貨1枚分だ。

 その上に大金貨とプラチナがあったと思ったのだが、画面には現れないらしい。持ってないからか?

 俺の所持金は10金貨分と言うことになる。それなのに、かなりの重さがある。表示を見ると4.8kgとある。どれだけ重いんだよ…。

 ステータスに比べて持っているアイテムはしょぼい。

 自分の姿を見てみると、綿っぽい素材の長そでシャツの上に皮のベストを羽織り、厚手のズボン、くるぶしを覆う長さの皮のブーツを履いている。皮の小さめのザックを背負っている。アイテムはザックの中の物が表示されているようだ。

(思いっきり普段着だな。)

 ウィンドウを閉じ、よっこらせっと立ってみる。

(おお、立てた。)

 当たり前である。当たり前なのだが、不思議に思う。

 リアルの俺はカプセルの中に座っているはずなのに、ゲームの俺は立っている。リアルも立っているのかもしれないが、感覚的には立ち上がったと言う動作に違和感がない。

 恐る恐る歩いてみる。

 これまた普通に歩ける。なんと、足の裏から振動が伝わり、本当に歩いているようである。

(何も違和感ないな。)

 試しに、壁を殴ってみる。

 ごんと言う鈍い音が響き、手に衝撃が伝わってくる。衝撃は想定よりも小さい。

(痛くはないのか。)

 ちょっとほっとする。だって、ゲームの中で痛い思いをするなら、戦いなんてあり得ないじゃないか。

 手を握ったり、屈伸運動をしてみたり、なのはな体操(注1)を軽くしてみる。

 色々と試してみて、体を動かすのに問題がないことが確認できた。

(そろそろ外に出てみるかな。)

 俺は木のドアを開けると部屋の外へと出た。


 大昔のSF映画では人間の脳みそにプラグをぶっ刺してゲームの世界に入るシーンがよくあった。現実にはそんなことはできやしない。技術的にどうこうというより、倫理的な問題で社会的に禁じられている。厳密には全面禁止という訳ではない。半身不随とか、事故で手足を失った人とか、医療行為として必要が認められた人には脳に電極を埋め込むこともある。が、一般人には禁止されている。

 脳へのフィードバックとは、脳の特定の箇所に電気的な刺激を与えることである。脳に電極を埋め込まずに脳に対してフィードバックを行うことは不可能に近いと言える。そもそも、脳みそのどこの部位が何を感じるポイントかは個人差が大きくてチューニングが大変なのだ。ナノマシンや電磁波等で刺激を与えるにも、専門家でないとチューニングひとつできるものではない。今の技術と制度でできるのは、脳波を読み取り、コンピュータ操作を行うことだ。

 脳波を読み取りゲームをコントロールする技術が確立されたのは、俺の親がまだ若かりし頃だったはずだ。

 ディスプレイの詳細化やCGの詳細化も同時に進み、見た目だけなら現実もヴァーチャルも区別なくなっていったが、区別が付かないことによる弊害が現れた。ゲームの世界で体を動かすと、現実もつられて意図せず体を動かしてしまうのだ。

 一時期、脳波コントローラーを使うことによりけが人が続出し、社会問題ともなった。HMDヘッドマウントディスプレイと脳波コントローラーを使ってスポーツゲームをした人が、壁や机にぶち当たっては怪我をしまくった。サッカーゲームの中でボールを蹴ったつもりで、現実では目の前にあるスチールのテーブルを蹴っ飛ばしたのだ。そりゃあ、足の方が負けるってものである。

 しばらくしてからゲームの倫理なんちゃら委員会により、脳波でコントロールできる範囲が規制されるようになった。ウィンドウを開くとか、アイテムを使うとか、体の操作に関係しないことのみに制限されてしまったのだ。

 HMDヘッドマウントディスプレイを被りながら、手だけはコントローラーやキーボードをピコピコする大昔の操作スタイルに逆戻りである。

 多くのユーザーや多くのゲーム会社は、脳波コントローラーの限定的な使い方に不満はなかったらしいが、コアなゲーマーや一部の開発者は諦めなかった。彼らにとっては、できるのにしちゃいけないと言うのは、それだけでストレスだったのだ。

 そこで開発されたのがカプセルとカプセル対応モードである。

 最初、脳波コントローラーを使うためだけの筐体を、とあるユーザーが作ったらしい。

「ゲームをしている時、周りに物があるからぶつかるのだ。物のない部屋なら怪我もしないだろう。」

 そんな感じで体を固定するシートと腕や足を振り回すくらいの空間を確保した一人用の小部屋を作ったのだ。

 一方、ゲーム開発者側は脳波コントローラーとモーション・コントロール機能のハイブリッドに対応したカプセルモードを搭載したゲームを用意した。最初は、むしろ積極的に体を動かすことでゲームをコントロールできるように。一時期、脳波は半分無視の、体を動かすゲームとゲーム機が流行していった。特に欧米では、スポーツ、格闘、ガンアクションが好まれる傾向にあり、そのための一人一部屋なんて感じだったらしい。

 ところが日本では、あまり流行らなかった。

「何でゲームをするのに体を動かして疲れないとならんのだ。第一、それだけのためにあんなでかい筐体を置く場所なんかねぇ。」

 そして、カプセルの原型は、日本でガラパゴス的に独自の進化をしていった。

 感覚フィードバック機能の発達である。

 もちろん、欧米でも感覚フィードバックの需要はあった。銃をぶっ放した時の反動や、テニスラケットを振った時の重み等、リアルさは求められた。しかし、日本人が求めたのは繊細な感覚であった。それは風を感じる触覚と草木の匂いを感じる嗅覚の追及である。

 日本人の変態的とも言える感覚への訴求は、全身スーツ型の感覚フィードバック装置とアロマディフューザー装置を組み合わせて独自に発達していった。こうして進化していったのが、味覚以外を再現できるまでに至った感覚フィードバック機能を備えたゲームの操作装置、通称カプセルである。

 当然、カプセルは高価である。日本人の平均月収の3倍くらいの値段はする。なので、持っている人はごく僅かにすぎない。それなのにカプセル対応モードを搭載したゲームはなくならない。ユーザー数が少ないのに採算度外視で対応ゲームを開発する者が居る証拠である。コアなプレイヤーとマニアックなゲーム開発者のおかげで今のカプセルがあると言える。

 カプセルを使ってプレイすると仮想と現実の区別が付かなくなると言うのは、かなり本当らしい。人間、視覚と聴覚だけでも結構騙される。その上、触覚と嗅覚も加われば、仮想か現実なんか分かりようがなくなろうと言うものだ。


 高価な機械のため俺もカプセルの利用は初めてに近いが、ゲームをプレイしてみて、今のところ現実としか思えない感覚だ。

(冗談抜きにトイレには気を付けよう。)

 俺は道尾との会話を思い出しつつ、心に誓った。




注1:なのはな体操

 千葉県で、『いつでも、だれでも、どこでも、気軽に、楽しく』できる県民体操として、昭和58年に制作された体操。

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