1-18.対人訓練_1
「やあ、ケージ殿。待ちわびたぞ。」
昼過ぎ、ユアンちゃんと手を繋いで自警団の本部を訪ねると、団長さんが勢いよく出迎えてくれた。
執務室に居らずに1階の受付に居たようだ。
「ガイ君のお母さん、こんにちは。」
ユアンちゃんが丁寧にお辞儀して挨拶する。
「ユアンちゃん、こんにちは。ガイは隣の集会場で遊んでるよ、行ってみる?」
「ううん、今日はケージの応援に来たの。」
ユアンちゃんが今日は遊びじゃないと主張する。
「おやおや、うちのガイは振られてしまったようですね。」
奥からロイスさんが見たことのある若いのを連れてやってきた。
ARによるとドグとなっている。そうだった、そうだった。
「団長、気が逸るのは分かりますが、支度をしてきたらどうですか。ケージさんの案内は、こちらでしますから。」
「そうか、じゃあ、後は頼んだ。」
そう言うと、団長さんはあっという間に奥へと行ってしまった。どたばたと音が上へと上って行く。
「ケージさん、落ち着かなくてすみませんね。ケージさんから連絡をいただいてから、ずっと楽しみにしていたようでして。」
ロイスさんが苦笑いしている。
俺も苦笑いしたい気分である。
「では案内しますよ。付いてきてください。」
ロイスさんは、そう言うと奥へと歩き出した。
俺とユアンちゃんはロイスさんの後を付いて行く。その後ろにはドグさんが付いてくる。
自警団の建物は入ってすぐが土間のような造りになっており、壁に槍、ロングソード、楯等が立てかけられている。入口のそばに四角いテーブルと椅子が置いてあり、店番よろしく若いのが腰かけているのは、この間と同じ光景だ。
土間から奥の部屋へは扉がなく廊下へと続いており、廊下の右手には上へと続く階段がある。
階段を通り過ぎた廊下の突き当りと、廊下にいってすぐの左手に扉がある。
ロイスさんは、廊下の突き当りの扉へと進んでいく。
「こっちの部屋は団員の休憩室兼食堂になっています。突き当りの扉の向こうが風呂場兼更衣室になってまして、通り抜けると訓練場になってます。」
「風呂場ですか?」
「風呂場と言っても、湯を沸かせる装置と、お湯をぶっかけられる程度の場所が空けてあるだけですけどね。」
「設備が充実しているんですね。」
「結果的には充実してますね。本当のところは、料理担当の者が泥だらけで食堂に入ることを許さなかったんですよ。それで、仮眠室に使う予定だった部屋を風呂場に改造して使っているのです。」
自警団には団長さん以外にも我の強い人が居るようだ。
確かに、組織において胃袋を握る人は強いからな、屈強な若者だろうが逆らえないのだろう。
「今となっては、風呂場で良かったと思ってますけどね。後や見回り後にさっぱりできますから。」
今となる前は色々とあったらしい。
二つの扉を抜けると、かなり開けた空間が広がっている。
平らに整地された広場となっており、サッカーができそうな広さがある。自警団の本部寄りの場所は、20メートル四方の大人の腰ほどの高さの囲いが立っている。
広場の周りは、自警団の本部の並びは建物がいくつか続いているが、右手には高い建物が塀のように立ちふさがっている。奥側には建物は見えない。
「そこの囲いが闘技場になっています。右手に見える建物は、村で使っている倉庫です。税を集めたり、種を保管するのに使っています。」
俺の視線に気づいたか、ロイスさんが説明してくれた。
「ずいぶんと大きいですね。」
「貯蔵庫としては大きめですし、場所は空いていますよ。広い分、貯蔵の他に食物の加工と言った作業にも使っています。何より、将来的には村の規模を倉庫の規模に見合った大きさにしていくつもりなんですよ。村長の野望でもあり、村の人々の希望でもあります。」
ロイスさんは優しい目をしている。頑張っている村人のことを同志として思っているのだろう。
良いな、希望に満ちている人の目は。
「見晴らしも良いですね。」
俺は広場の奥の方を見ながら言った。
広場の奥は、畑か野原かと整地されていない土地が見え、とても開放的な眺めである。
「この村はまだまだ開拓途中ですからね。もう少し発展すれば村の中心部に建物が増えてくるでしょうけど、今のところは土地が余っています。」
俺とロイスさんが広場を見渡していると、後ろでドゴンと言う音がした。
「待たせたな!」
団長さんが扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び出してきた音だった。
団長さんの後から、3名ほど団員がついてくる。
「待ってませんよ。」
俺は一応、団長さんに応えておいた。
「準備は出来た。さあ、やるか!」
団長さんは喜色満面で、俺の方にずいっと寄ってきた。
「団長、落ち着いてください。訓練には訓練の段取りがあるのですから。」
ロイスさんが割って入ってくれる。
「まだ準備が終わってないのか。ロイス、たるんでるぞ。」
それは違うと思うよ、団長さん…。
ロイスさんも苦笑いを浮かべながら、俺の方を向いて言った。
「せっかくですから、自警団のメンバーも参加させることにしましたが、良いですよね。」
「良いですよ、俺も色々な人と訓練したいですから。」
ソロのテストプレイヤーである俺は、対人訓練なんてする機会がない。人数が多いと言うのは願ったり叶ったりだ。それに、団長さんとマンツーマンの訓練なんてしたくないしな。
「この時間は、2チームほど村を見回っていて、1チームが非番または訓練に時間を使っているんです。今日はケージさんに来ていただくと言うので、非番組は全員訓練に参加させることにしました。」
ロイスさんは、団長さんの方は見ずに、奥からぞろぞろと歩いてくる団員の方を見て説明してくれた。
「今日は、闘技装置を使いたいと思います。ケージさんは闘技装置を使ったことはありますか?」
「いや、ないですね。どういうものかは知ってますが。」
ヒロモンは、リアルさを追及したゲームのため、街中だろうが草原だろうがどこででも対人戦闘をすることが可能だ。なぜなら、リアルの世界では、自分の部屋で他人に殺されることもあるし、物騒でない話では酒場での喧嘩なんてよくあることなのだから。非戦闘ゾーンなんてものはないのだ。
とは言え、安全な模擬戦と言うのも需要がある。ちょっとした小競り合いで相手を殺してしまい、簡単にPKのフラグが立ってしまっては困る。
よって、ヒロモンにも模擬戦モードと言うのが存在する。
ただし、これは個人がいつでも発動できるようなものではない。模擬戦モードとは、戦ったことをなかったことにする仕組みなので、気軽に利用できるのはリアルっぽくないと言う考えからだ。
模擬戦を行うには、闘技場のような専用の施設の他、冒険者ギルドの訓練室に行く必要がある。設定上、模擬戦闘を行うための施設に設置されているのが闘技装置だ。
当然、俺は初心者の町に行ったことがなく、チュートリアルも受けてないので使ったことなどない。
そんな便利な装置は手元に欲しいくらいだが、よくよく考えると、ソロで活動する俺には宝の持ち腐れだな、相手が居ないのに模擬戦もなにもないし。
「闘技装置をご存じなら話が早い。しかし、最後まで戦闘する必要はないです。万が一のために用意しているだけですので。」
ロイスさんの言う最後とは、殺すまでと言うことだろう。
いくら闘技装置のおかげで戦闘したことがなかったことになるからと言って、最後まで戦ってしまえば負けた方が死を経験することになる。通常の訓練で行うには負荷が重すぎる。死んだ経験を持つ俺には分かる。
戦闘がなかったことになると言うことは、怪我してもなかったことになる。非常に訓練向きの装置の使い方だ。
「分かってますよ。それに俺の無手の技を見せる約束でしたしね、怪我しても安心だ。」
俺は冗談めかしていった。
そしたら、ユアンちゃんに手を引かれた。
「ケージ、怪我はしちゃだめなんだよ。」
ユアンちゃんは真剣な目で俺の方を見上げている。
「う。うん。分かってる。怪我はしないように訓練しないとね。」
本当、子供の前では誤魔化しがきかない。
「ケージ殿はユアンちゃんと仲が良いな。」
団長さんが、意外と優しい笑顔で言った。さっきまで、戦うぞって意気込みで燃え上がっていたのに。
ふむ、お母さんの顔だな。
「ええ、ですから、今日はユアンちゃんに良いところを見せますよ。」
「楽しみだな。」
俺は団長さんの気概にようやく追いついてきた気がした。
ここに来るまでは気が重かったが、対人訓練、良いじゃないか。
「今日は格闘での勝ち抜き方式での訓練を行う。」
ロイスさんが団員全員に対して言った。
「今日はお客さんが来ているからといって浮かれないように。いつも通りに訓練すれば良いのですからね。」
「はいっ!」
団員たちは一列に整列し、気合の入った返事をする。
「団長、特にあなたのことですからね。あまり無茶はしないでくださいよ。」
「もちろん、分かっているとも。いつも通り全力でやらせてもらう。」
ロイスさんが言いたいことが少しも伝わっていない様子である。
そして、それはいつものことなのか、団員たちは団長のことを見て苦笑いを浮かべている。
全力の矛先は主に俺に向いているとは言え、余波が自分たちにも及ぶと分かっているからだ。
俺は、まだ団長さんの全力を知らないので、そこまでの恐れはないが。
「よし、まずはドグとロック。」
一番若そうな二人が指名された。パーンと同い年くらいだろう。二人とも体つきは立派だが、じゃっかんの幼さを残した顔立ちをしている。
ドグの方が体は大きい。180cmはありそうだ。筋肉も大分ついていて、パワーファイターと言ったところか。
ロックの方は170cm以上はあるだろう。俺と同じか少し低いくらいだ。ちなみに俺は176cmである。筋肉質であるが、ほっそりとして見える。こちらの方が日本人女性には受けそうな体だ。
二人は闘技場に入ると、3mほど距離をとり、向かい合った。
ロイスさんが闘技場の壁際にある石の台の前に立つと両手を翳した。
「ロイスの名において闘技の儀を執り行う。起動。」
ロイスさんが儀式めいた文言を叫ぶと、闘技場全体にぶうんと言う音とともに円柱状の透明な膜の様なものが現れた。
(これはあれか、バトルフィールドとか言うやつか。)
俺がどのくらいの高さまであるのだろうと目を凝らしていると、ロイスさんの声が響き渡った。
「両者、始め!」
試合が始まった。
最初はにらみ合いから始まる。
ドグはクマが立ち上がったかのように両腕を上にし、ロックを捕まえる構えを取る。
ロックは腰を落とし、タックルでもしそうな構えを取りつつも、ドグからは距離を取っている。
間合いをはかるように手でちょっかいをかけあっている。
ロックが少し前に出ようとすると、ドグが右腕を振り下ろすそぶりを見せる。
ロックはすぐに引き、元の距離を取る。
同じ自警団に所属しているのだから、手の内は分かり合っているはずだ。探り合いと言うより、今日はどの手で行こうかとお互いが考えているのだろう。早く決断した方が仕掛けるのだ。
先に動いたのはロックだ。
先ほどと同じように前に出ようとする。ドグが右腕を前に出すと、ロックはさらに前へと出る。
ドグも体ごとぶつけるように前に出るが、ロックはドグの右腕をかいくぐる様にドグの右側に半分回り、腰にしがみつき、さらに背後に回ろうとする。
ドグも回り込まれないように腕を振り回すが、ロックは器用にドグの後ろに回り込むことに成功した。
後ろに回り込んでどうするのかと思っていたら、ロックはドグの体を前に押しやるとともに、離れながらの蹴りを放った。
ドグは背中に蹴りを受け、前に飛ばされるように倒れる。
ロックは、倒れたドグの方に素早く駆け寄るが、ドグはもっと早かった、
ヘッドスライディングをするかのように自ら前に飛んだのだろう、勢いのまますぐさま立ち上がると反転し、駆け寄ってきたロックを逆に捕まえること成功する。
ロックの左腕を右腕で掴み、左腕で顔へ殴り掛かる。
ロックは腕を振りほどこうとしているが、ドグの握力が強いのだろう、振りほどけない。
ドグは、ロックの左腕を両手で掴むと、強引にもロックを振り回し始めた。
そして、放り投げた。
ドグが馬鹿力なのか、ロックの身が軽いのか。
ロックは背中から落ち、遠心力で飛ばされたからか、ごろごろと転がった。
ロックは立ち上がれないようだ。
ドグがロックの背中から馬乗りになった。
「そこまで。終了!」
ロイスさんが叫ぶと、闘技場を覆っていた膜がなくなると同時に、ドグとロックが試合を開始する前の位置に立っていた。
バトルが終了すると、開始直前の状態に戻るようだ。
ドグは笑いながらロックに何やら話しかけ、ロックは悔しそうな顔をしている。
ドグはその場に残り、ロックはこっちにやってきた。
「ドグの後ろを取ったまでは良かったな。そこからの決め手に欠けたな。」
団長さんがロックに声をかける。
「はい。」
団長さんは時折、面倒見の良い上司である。普段、俺に対して戦おうと言ってくる態度と大違いで、ギャップが大きい。
子供っぽい一面があるが、締めるところはちゃんと締める。
自警団を率いているのも、お飾りじゃないと言うことだろう。
「次は、ケージさん、いかがですか。」
ロイスさんが声を掛けてくる。
「要領はお分かりになったと思います。ドグは力だけが取り柄な若造ですから、軽くひねってやってください。」
気軽な風情で飛んでもないことを言い出す副団長さん。
ロイスさんは、こちらが油断をしている時に爆弾を投下する悪い癖がある。
「良いですよ。力負けしないように頑張ってきますよ。」
俺は手を挙げて返事をした。
「ケージ、頑張ってね。」
ユアンちゃんが俺に笑顔で言った。
「うん、怪我をしないように気を付けてくるよ。」
「いってらっしゃい。」
闘技場と言う名前にも関わらず、腰の高さまでの囲いしかないので、軽く飛び越えて中に入る。
俺はユアンちゃんに手を振りながらドグの居る方へと向かって行った。
ドグがちょっと緊張した面持ちで立っている。
「お手柔らかに頼むよ。」
「いえ、本気で行かせてもらいますよ。」
戦闘バカは団長さんだけではないのか。
俺は俺の実力すら知らないと言うのに。
俺たちが向かい合って立つと、ロイスさんの声が聞こえた。
「ロイスの名において闘技の儀を執り行う。起動。」
ぶうんと言う音とともに、バトルフィールドが展開される。
「両者、始め!」
開始の合図とともに、先ほどとは違いドグが突進してきた。
俺は敢えて突進を受け止めて、がっぷりと四つに組む。
俺の体は、リアルの俺の体を元にデザインしているため、まるで筋肉は付いていないように見える。
ところが、なんとドグよりも若干俺の方が力が強いようである。
俺よりも体格の良いドグの突進を受け止め、ドグが俺を振り回そうとしても、振り回されないだけの力があるようだ。
俺は俺の体のスペックを知るために、今は格闘スキルしか身に付けておらず、その格闘スキルも発動させていない。素のスペックでこれである。
(力は見習いよりは上と。)
俺はこころでメモを取ると、格闘スキルを発動した。
先ほどのロックと同じだ。俺は格闘の素人なので、組んでしまった後にどうすれば相手を攻撃できるか分からないのだ。これはもう、スキル任せにするしかない。
さらに言えば、リアルでは殴り合いの喧嘩なんてしたことがない。がっぷりと四つに組んだドグの顔が目の前にあるのが怖かった。見るのとするのでは大違いの迫力である。この迫力から逃れたいと思ったわけだ。
実際、カプセルでの戦闘は本当にハードルが高いと思う。
視覚的なものであればHMDでゲームをしても同じ迫力が味わえる。カプセルは、これに息づかいから体の接触の圧力を感じるのだ。
力負けはしていないとは言え、油断をすれば圧し掛かられ、殴られるのである。
怖いとしか言いようがないのだ。
ヤマイヌの時は夢中だったのもあるが、改めて戦いますとしてみると、冷静な分、雰囲気に圧倒されてしまう。
現代人は、特に日本人は体をぶつけ合って戦うなんてことに慣れていないのである。
俺がスキルを発動すると、相手からの圧力が減った気がした。
俺の体は、ドグの体を押しこもうとする。ドグが負けじと押し返してきたところを逆に引いてバランスを崩すと、身を躱しつつ足をかけてドグを転ばす。
俺は自分の意思でドグと距離を取り、格闘スキルをキャンセルする。そして、スキルの並行起動を発動し、ジュージュツをメインのスキルとして発動する。
ここから先は一方的であった。
立ち上がり、突進してきたドグをジュージュツスキルで放り投げる。
相手に勢いがあったため、思いがけず投げ落としてしまったらしく、腰を強く打ったドグは動けなくなってしまった。
ここで試合終了である。
気づくと目の前にドグが顔をしかめて立っていた。
バトルフィールドが解除され、元の位置に転移したようだ。
「お疲れさん。」
俺はドグに声を掛けた。
「やっぱり強いですね。手も足も出なかった。」
ドグは痛みの余韻があるのか、顔をしかめたまま闘技場の外へと歩いて行った。
見習いレベルには負けないとは思っていたが、結構、余裕の勝利だったので驚いている。
スキルレベル50って、プレイヤーにとってはとても微妙な数字だと思うのだが、ジュージュツが上位格闘スキルだから普通の格闘スキルより強かったと言うことなのだろう。
(他の団員はベテランっぽかったな、彼らとの対戦が本番だろうな。)