1-16.村の細工師
ヒロモンでの翌日、俺はユアンちゃんと手を繋ぎ、村の細工師の店に向かった。
できればヤーゴンさんの家にお弁当だけ届けて、一人で行こうと思っていたのだが。
案の定と言うか、ユアンちゃんがわたしも行くと言い出したので連れ立ってきたのである。
ユアンちゃんにあげた櫛も見本みたいなものだし、良いかな。
「こんにちは、プリウムさん居ますか。」
店の入り口で声をかけると、奥からプリウムさんが出てきた。
「やあ、ケージさん、今日は親子連れかい?」
村で知り合った人たちの間に、俺とユアンちゃんがセットとして認識されていく。
「ユアンちゃんは、どちらかと言うと友人です。」
「そうかい。で、今日も材料が居るのかい?」
プリウムさんは、俺のユアンちゃんとの親子説否定発言を華麗にスルーした。
「いえ、今日は、この間いただいた板のなれの果てを見ていただこうかと。」
「おお、できたのか。」
「はい。」
俺はプリウムさんに渡す用に作成しておいた梅の柄の櫛と櫛入れを差し出した。
「これは珍しい形の櫛だな。それに彫刻された花も、これはプラムかい?袋の刺繍も同じ図柄か、何ともご婦人方が喜びそうなものだな。」
プリウムさんは櫛と櫛入れを何度もひっくり返しては見ていた。
「ユアンちゃん、櫛をプリウムさんに見せてあげて。」
ユアンちゃんは、うんと頷くと、プリウムさんに櫛を渡した。
「これは別の花か。」
プリウムさんは彫ってある桜の花を撫でまわし、櫛の歯を指ではじいたり、やりたい放題である。
プリウムさんがあまりにも熱心に見ているので不安になったのだろう、ユアンちゃんが言った。
「もう返して。」
「お、悪い、悪い。」
プリウムさんがちょっと驚いた顔をして、ユアンちゃんに櫛を返した。
「お渡しした櫛の花はウメです。まあ、プラムのようなものです。ユアンちゃんのがサクラです。俺の故郷では、とても人気のある花なんですよ。」
「ほう。」
「櫛の形は珍しいですか?」
「そうだな。普段作っている櫛は柄が付いているものになる。」
「この形の櫛は髪を梳かすのにも使いますが、女性が髪をまとめたところに差し込んで髪飾りとしても使うんです。道具もないので彫刻にしましたが、彩色したり貝を埋め込んで装飾することもあります。」
「カチューシャみたいな使い方か?なんとなく分かった。」
「そうですね。髪飾りとしては、簪と言うのがあります。簪の方が装飾性が高いんですが、材料も足りなかったし、作るのも難しそうだったので諦めました。」
「説明を聞けば聞くほど、もっと色々と聞きたくなるな。」
プリウムさんは見た目にも興奮している。
「さっき言っていた貝を埋め込むとはどう言うものだ。それと、カンザシってのはどういうものだ。」
「何か図案を描くものがありますか?絵で説明しますよ。」
「おお、すぐに紙とペンを持ってくるから待っててくれ。」
そう言うと、プリウムさんはどたばたと店の奥に向かって行った。
元より説明するつもりで来ているのだが、プリウムさんの食いつきっぷりにちょっと引いている。
ユアンちゃんも、俺の足にしがみついて身を固くしているくらいだ。
「おう、待たせたな。」
そしてプリウムさんはどたばたと戻ってくる。
俺は、貝の真珠層を装飾に使うことを説明した。こちらは俺もうろ覚えなので、内側がきらきらと光る貝を薄く剥ぐのだとくらいしか言えない。
そして、紙に数種類の簪の設計図を描いてみせた。一本の棒に玉を付けた玉かんざし、飾り部分がコインの様で松葉のように二本に分かれた棒を持つ平打ち、大柄の二本の歯を持つ三味線のバチを模したバチ型、やたらと派手で飾り紐が何本もぶら下がったらびら簪を描いた。もっと色々な種類があるが、主なものと言えばこんなところだろう。
設計スキルのおかげで絵を描くことはできたが、簪を髪に挿す方法を説明するのに困った。リアルのスキルが求められるものは非常に辛い。
「このカンザシってのは、凄いな。何というか、装飾品としても、図案としても、見たことも聞いたこともないものだ。さすがケージさん、旅をしているだけのことはある。」
うん、何を紹介するかは結構考えたからな。
「俺も細工については素人なので、作るための技法とかは説明できないです。でも、見た目だけでもこちらの国には無いものを紹介できますから。」
「ああ、そうだな。カンザシは作ってみても別物になりそうだが、櫛に描かれた花なんかはうちの商品にも使えそうだな。」
「そうですね。梅や桜の図案は色々と覚えてますから、もう少し描いておきましょう。」
俺は梅柄や桜柄の絵を描いた。
花弁の形ひとつとっても、抽象度の違いによって何種類もあるし、枝葉を付ける付けないでも全く異なった絵になる。桜などは、花弁だけ描くことも多いので、違った趣の絵になる。
「ケージさん、絵が上手いな。」
プリウムさんが別の所に引っかかる。
「旅で見たものは絵にできないと残りませんからね。」
「なるほど。」
分かったのか分からなかったのか、なんとなく感心している。
実際は絵画スキルを使って、設計データを模写しているだけだ。
「ケージ、わたしにもお花の絵ちょうだい。」
そこにユアンちゃんが乱入してくる。
「ああ、良いよ。お家に帰ったらね。」
「うん。」
「ケージさん、サクラの方は花弁だけの絵があるが、ウメの方はないのか?」
プリウムさんが話題を転換してくる。
ユアンちゃんもプリウムさんも好奇心に素直なので、俺としては子供を2人相手しているような大変さだ。
「桜は花弁が散る花なんですよ。梅はそうでもないです。桜の花弁は一斉に散るので、桜の花弁が強風で舞い散ることを桜吹雪と表現するほどです。図案の桜の種類は、薄いピンクと言うか、ほとんど白いので、雪が舞い散るのと似てますしね。」
「それは凄いな、一度、本物を見てみたいものだ。」
プリウムさんは俺の描いた桜が舞い散る絵をじっと見ながら言った。
「図案はこんなところですかね。」
「サクラやウメの花か。単純な紋様だが趣がある。色々なものに彫れそうだな。」
「そうだ、プリウムさん。この間、作っていたような椅子はありませんか?」
「商品のはないな。まあ、奥に行けば普段使っているのがあるから取ってこよう。」
「お願いします。」
俺はちょっと試してみたいことがあった。
何往復目が分からないが、プリウムさんが奥の部屋から腰掛椅子を持ってきた。
「かなり使い込んでるが、これで良いか?」
「ええ、絵に描くだけなので充分です。」
俺は設計スキルを起動する。メニューをじっくりと見つめるとお目当てのものを見つけた。
実物から設計データを取り込む。
鷹野君が言っていたスキルを使ったデータ作成だ。
椅子のような単純な構造のものだからか、失敗もなく普通に設計データ化できてしまった。
次に、取り込んで椅子の設計データに梅の花のデザインを合成する。椅子にシールを貼っていくように装飾を施した椅子のデータを作成する。
最後に、設計スキルで設計図を、絵画スキルで完成図のデッサンを紙に記した。
「できた。こんな感じでどうでしょう。」
「なるほど、この何の変哲もない椅子も天板や脚に花の彫刻をほどこすと洒落た椅子になるという訳か。」
「これも見よう見まねですけどね。」
「いやいや、素晴らしいよ。貴族様は家具にも装飾を施すと言うのは聞いたことがあるし、絵画で見たこともあるんだが、金銀宝石を使った立派な装飾でな、庶民では真似できるものじゃない。だが、こうした花を彫刻であしらうだけなら庶民の持ち物にもできることだ。素晴らしいよ。」
確かに村にある椅子もテーブルも木の棒と板を組み合わせた素っ気ないデザインのものばかりだ。
でも、日用品なんてそういうものなんじゃかないだろうか。リアルの俺の部屋にあるテーブルは白い合板の天板にアルミの脚が付いただけのシンプルなものだ。田舎のお祖母ちゃん家の客間のテーブルは脚と天板の間に立派な彫刻が彫ってあったが、普通は彫刻なんて見ない。
「俺が見たのも庶民用ではなかったかも知れませんけどね。」
意味もなく弁解してみる。
「よし、ダムルんとこの奥さんにテーブルを頼まれていたな。さっそく試してみよう。」
プリウムさんは勝手に何かを始めるようだ。
「まあ、そういう訳ですから、こんなところです。」
俺は話を切り上げようとした。
「ケージさん、まだ村には居るんだろ。もっと色々と教えてくれないか。」
やっぱりそうくるか。
「俺が知っているものなんて、今日お見せしたもので打ち止めですよ。それに、珍しいものを見ても、専門家でないので理解できませんから、説明できないんです。」
「そんなんでも良いから話を聞かせて欲しいんだ。この花の彫刻ひとつとっても今まで見聞きしたものからは思いも付かなかったものだ。ケージさんが説明できなくても、こっちが勝手に刺激を受けると思うんだ。」
しつこいくらいの食いつきっぷりである。
職人魂に火が付いたと言うか、新しい知識に貪欲なのが職人と言うものなのだろう。
「いずれにせよ、今すぐには思いつかないので、また今度にさせてください。」
「そうか。村を旅立つ前に、もう一回だぞ。必ずうちに寄ってくれよな。」
「え、ええ。分かりました。」
こうして俺はまた、押し切られる形で約束をしてしまった。
団長さんと言い、プリウムさんと言い、ちょっと強引じゃないか。
NPCに対して言うセリフじゃないが、もっと空気を読んで人との距離感を測っていただきたい。
「じゃあ、また来ますよ。よし、ユアンちゃん、行こう。」
俺はユアンちゃんを連れて逃げるように店を出て行った。
店を出て歩き始めると、ユアンちゃんが言った。
「びっくりしたね。」
「そうだね。プリウムさん、凄い勢いだった。」
「でも、プリウムさん、喜んでたね。良かったね。」
「そうだな、良かったな。」
ユアンちゃんは嬉しそうな顔をすると、るんたるんたと俺と繋いだ手を大きく振りながら歩いていく。
まあ、なんだ。他人に喜ばれることをすると気持ち良いということだ。
俺は、その日もまた気分よくログアウトしたのであった。