1-14.モーニング・ミーティング
ヒロモンのプレイを始めてリアルで2週間目に入った。
週が明けたからという訳でもないだろうが、朝、着替えが終わってカプセルに向かおうとしたところ、山際さんに声をかけられた。
プレイ前に会議室に呼ばれた。
何かあるのかも知れない。
思えば、1週間目は、かなりグダグダだったと反省しきりである。
業務終了のタイミングで日報書いたり、山際さんと軽く話をしていたが、特にどうしろとの指示もなかった。最初は様子見だったが、あまりに俺が酷いので苦情のひとつも言いたくなったのだろうか。
なにせ、ゲーム内の時間で10日は過ごしているが、したことと言えば、ほぼ毎日ユアンちゃんと遊んでいただけである。5歳の女の子と庭で走り回ったり、竹とんぼ飛ばしたりである。文句も言いたくなるだろう。
俺は、ちょっとだけびびりながら山際さんに付いて行った。
会議室に入ると知らない男性が居た。
「あんたがケージさんか。ちょっと我が儘が過ぎるんじゃないか。」
神経質そうな風貌の男であった。痩せ型で背が高くメガネで髪が長めで白衣を着ている。イラついた口調と相まって、誰もがマッドサイエンティストとして認定すること間違いない。
「依頼されたデータは用意した。手早く説明したいので、突っ立ってないで早く座ってくれ。」
そして偉そうだ。
「あ、ああ。」
俺は相手の言うがままに男の正面の席に着いた。
山際さんは、にこやかなまま男の隣へと座る。
「彼は鷹野君です。キャラクター名はミホーク。元々アプリケーション開発の担当だったのですが、今はテスト環境を解析するため、World of Heroes & Monsters Onlineの中で仕事をしてもらってます。箱崎さんの先輩みたいなものです。」
以前、山際さんが開発スタッフなら数名ログインしていると言っていたが、そのうちの一人のようだ。
「山際さん、私の仕事が分かっているなら、こんな碌でもない雑用はさせないでくださいよ。」
偉そうな態度の鷹野君だが、山際さんには弱いみたいだ。
よくよく見れば、俺よりも若そうだ。
「鷹野さんもヒロモンをプレイしているんですね。」
俺が口を挟むと、鷹野君は噛みついてきた。
「ああ、私は王都で日々忙しくしているよ。君みたいに田舎町で操作の練習だけしていれば良い身分じゃないんだ。君もさっさと王都に来て、私の負荷を減らしてくれ。」
無茶を言う。練習しないとテストプレイだって儘ならないのだから仕方あるまい。
それに開発担当者だったなら、元々ゲームシステムに詳しいだろうし、操作にも慣れていたと考えられる。俺はインフラ屋で、ゲームにはまったくのど素人なのだ。スタートラインが違うのに、練習していることを怒られるとは理不尽だ。
ただ、俺は大人だ。
鷹野君の物言いも寛大にスルーして話を先に進める術を身に付けている。
「それで、本題って何ですか。」
「君が先週、依頼してきたデザイン・テンプレートのデータと地図と図鑑ができた。引き渡す前に注意事項がある。さらに、ネット上のデータを持ち込みたいと言う件についてもだ。」
そう言えば、山際さんに色々と頼んでいた。
持ち込みデータの件と言うのは、格闘スキル用のマクロデータのことだ。
格闘スキルは、一人だと素振り以外、練習できることがない。なので、連続技のマクロをネットから探し出してきたのだ。スキルから繰り出される技は、組み合わせと順番をマクロとして登録することができる。マクロを発動するだけで連続技を繰り出すことができるので便利そうである。さらに、世の中にはマクロを駆使して、まるで舞踏のように技を繰り出す演武マクロを作る人が居るのだ。これらを使わない手はない。
俺は家に帰ってから、ネットでカラテとジュージュツ、ついでに剣術のマクロをいくつか見つけてピックアップした。自分で使ってみるためだ。
だが、テスト環境はネットに接続することはできないし、そもそも会社ではデータの持ち込み・持ち出しが禁じられている。なので、いくつかデータを指定して俺のキャラに登録するように頼んだのだった。
「まず、デザイン・テンプレートのデータについてだ。いくらなんでも全てと言うのはデータ量が膨大過ぎる。対象をヒノモト国に絞り、さらに四分の一ほどを抽出させてもらった。良いな。」
「今居る国の物とかは入れてないのですか。」
「んなもん、買うか写すかすれば問題ないだろ。君はスキル持ちだろ、模写と設計のスキルを使えば大抵の設計図なら描くことができるはずだ。何でも人に頼るなよ。」
そんな便利なスキルがあるとは知らなかった。
「デザインの取り扱いについてだが、ヒノモト国は解放されていない地区になる。大規模なデザイン流出は困る。分かったな。」
「はい。しかし、ヒノモト国のデータって、そんなに大量にあるんですか。」
俺がつい聞いてしまうと、鷹野君は、何を言っているんだこいつはと言う目でこっちを見た。
「函崎さん、ヒノモト国を含めて、World of Heroes & Monsters Onlineの各国や地形の構築は済んでいるんですよ。実装されていない、または、解放されていないと言うのは、ユーザーが入れるようになってないと言うだけなのです。何しろ、世界全体に関連する気象シミュレーターや生態系シミュレーターは、地形やNPC、モンスターが設置されていないと正しく動作しませんから。」
相変わらず斜め上からの回答だ。
普通、ゲームの世界地図はユーザーへの開放に合わせて順次作っていくものじゃないのか。
「そういうわけだから、ヒノモト国も当然、建物やNPCの配置は済んでいる。データ量も膨大になるんだよ。」
鷹野君が偉そうに被せてくる。
「分かりました。村の細工師にひとつ、ふたつくらいの見本を渡すだけの予定です。データ流出にもならないくらいですよ。」
「次に、地図データと図鑑関係だ。どちらも軽々しく人には見せるな。このふたつのアイテムに関しては、アイテムボックスに入れっぱなしでも検索と閲覧ができるようになっている。むしろ、取り出したりするな。」
妙にきつい縛りである。
「何でですか。」
「どちらも国家レベルの機密情報だからだよ。地図に関してだが、一応、各国で国内の地図は作成されている。スキルにも地図作成があるくらいだからな、NPCも地図くらい作れるだろう。国内の地図であれば商人やギルドから入手することも可能だ。ただし、売られている地図はかなり粗い。私が聞いたところでは、詳細な地図とは軍事利用のために作成・利用されるもののようだ。下手に詳細な地図を持っていることがばれると、スパイ扱いされるぞ。」
なんとも物騒な話である。
「しかし、冒険者や商人が居るのでしょ。彼らはどうしているのですか。」
「冒険者や商人に詳細な地図は不要だ。町から町への移動ができれば事足りる。大まかな町の位置関係が分かれば良いのだ、粗い地図で充分だ。」
言われてみれば、そんなものか。
「譲渡不可のフラグが立っているアイテムとは言え、地図なんて模写ができてしまうのだから、危険なことは君にも分かるだろ。」
「はい。」
「図鑑は、モンスター図鑑、植物図鑑、動物図鑑、鉱石図鑑を用意してある。図鑑は、常に最新版にアップデートされるようにしてある。」
「ありがとうございます。でも、何でそこまで高機能なのですか。」
「カプセルを利用しているんだ、複数端末の操作はできないじゃないか。私みたいに平面ディスプレイを利用しているのならともかく、カプセルでは一台でログインしつつ、別の端末で調べ物をすると言った操作ができないだろ。情報の検索をする術がないのだから、キャラクターに与えておくしかないだろ。」
鷹野君は、話し方はいただけないが、意外と親切である。
「図鑑は言うまでもないよな。王都には、図書館らしき施設と国の研究機関が確認されたが、少なくとも図書館にあったモンスター図鑑はオービニ王国で確認されるモンスターの一部しか記載されていなかった。学術レベルがたかが知れているのだ、君に与えた図鑑の内容は、まさにオーバーテクノロジーだ。」
これまた物騒な物をいただいてしまったようだ。
「最後に、格闘スキルのマクロ各種だが、依頼にあったものは登録しておいた。また、プロモーション用のデータもいくつかあったので、それも登録してある。」
至れりつくせりだ。
「マクロは別に隠し立てするものでもない。好きに使え。」
「ありがとうございます。」
「よし、説明は以上だ。私はもう行くぞ。」
そう言うと、鷹野君は本当に席を立ち、会議室を出て行ってしまった。
俺が半ば呆然としていると山際さんと目があった。
「鷹野君はせっかちですね。」
そういう問題なのだろうか。
「彼が色々とデータを用意してくれたのですか。」
「そうです。元アプリケーション開発担当なのでWorld of Heroes & Monsters Onlineの仕組みには詳しいですし、今は王都で情報収集係りとして先行して活動してもらっていましたから、アイテムの取り扱いには一番長けているのです。」
「特別なアイテムだとは思っていましたが、意外と注意点が細かいですね。」
「鷹野君ならではの気配りでしたね。」
鷹野君、褒められている。
「鷹野君もそうですが、今、ヒロモンにはどういった役割の人が入っているのですか。」
「そうですね。」
山際さんは少し間を置いた。
「まず、前提事項をお話しします。我々がテスト環境のシミュレーション速度を数百倍で動作させていた間の歴史や社会情勢については、ほとんど把握できていません。大きなイベントは自動的にログに記録させていましたが、戦争が起こった、王が世代交代した等、歴史の年表レベルの内容でしかありません。」
「以前、人口や町の規模について言ってませんでしたか。ああいったものもログから?」
「いえ、人口はシステムログからです。World of Heroes & Monsters Onlineは、NPCを正しく設置してますから、NPCの数の統計データはシステムログで追えます。」
「なるほど。」
「我々はNPCの歴史や文化を知らないと言うのが前提としてあります。では、そうした状況の中でNPCの進化の度合いを測るにはどうすれば良いでしょうか。」
「ん~、彼らと会話するとかですか。」
「そうです。彼らと会話し、彼らと共に生活し、彼らの文化や歴史を学ぶ。まさにフィールドワークが必要になります。学者連中は、社会学的なアプローチや文化人類学的なアプローチ、時には心理学的なアプローチによりNPCに対する研究を開始しています。ただし、研究者もWorld of Heroes & Monsters Onlineにログインしてしまえば、一介の住人に過ぎません。World of Heroes & Monsters Onlineの法則に従って生きていく必要があり、生活していく必要があるのです。こう考えると、リアルにおけるフィールドワークと大して変わりませんね。」
ゲームの運営側と言えども、ゲーム内ではただの人のようだ。
「我々には宗教団体と言う便利な隠れ蓑もありますが、NPCに紛れて生活するにはそれだけでは足りません。そこで、研究者の生活全般をサポートする人員を何名か配置しているのです。鷹野君もその一人ですよ。」
「何でも屋ですか。」
「そうです。文化人類学者等、フィールドワークに長けた人は心配ないですが、リアルでも社会生活がままならない研究者も居ますから。」
最後のは冗談っぽく言っているが、決して笑い事ではないと思います。
「そういうわけで、鷹野君は研究者をサポートすべく、日々を忙しく働いているわけですよ。鷹野君はあんな恰好していますが、実は学生時代はバックパッカーをしていましてね。サバイバル能力がリアルに優れているのです。」
かなり意外だ。
「函崎さん、王都に行ったら、鷹野君をねぎらってあげてください。」
「はい。」
「とは言え、函崎さんは函崎さんの仕事をしていただければ結構です。鷹野君の手助けをする必要はありません。」
「そうなんですか。」
「はい、人には人の役割と言うのもがありますから。」
「はぁ。」
「函崎さんは、現在まで、とても素晴らしい成果を出しています。今後とも、この調子でプレイを続けてください。」
どの辺が素晴らしい成果なのか、全く見当もつかない。
「どの辺が素晴らしかったのですか?」
「思いもよらなかった点が確認できたことですね。」
なんかはぐらかされたか。
「この件については、また後日、時間が取れたら話ましょう。函崎さんは、今までどおりのプレイスタイルで続けてください。」
「それは構いませんが、のんびりしすぎじゃないですかね。」
俺は、今朝、最初に思った自省について触れてみた。
「いいえ、充分です。それに、早いも何も目的や目標があるわけではないのですから。」
言われてみれば、おっしゃる通りです。
「箱庭遊びも始まったばかりですからね。急ぐことはありません。」
山際さんがそれで良いと言うなら、それで良いのだろう。
何にせよ、色々とびびらされた朝のミーティングであった。