1-11.魔道具、おもちゃ
次の日の昼ご飯のことである。
ご飯時にユアンちゃんの後をついていくと、台所兼テーブルに案内された。
ヤーゴンさんも、多少は体調が良くなってきているのか、食事のために起きてきた。
「ケージさん、ユアンの相手をしてもらってすみません。」
「ユアンちゃんはとても良い子なので何も問題ないですよ。」
ヤーゴンさんは申し訳なさそうに言うが、場所借りているのはこっちなので、むしろ恐縮してしまうのは俺の方である。
「わたしがケージに色々教えてあげてるんだよ。」
ユアンちゃんが胸を張る。
「ありがとうね、ユアンちゃん。」
俺がユアンちゃんの頭をぽんぽんとすると、ユアンちゃんは嬉しそうに笑った。
ヤーゴンさんは水瓶から金属製のポットに水を汲むと、コンロらしきものの上に置いた。見た目はガスコンロではなく、IHコンロのようである。
(これが魔道具による生活用品か。)
恐らく熱を加えるタイプのカードを使っているのだろう。ポットが金属製である。
「おや、魔力切れかな。」
ヤーゴンさんがコンロに手を翳しながら呟いた。
どうやらコンロが熱くならないらしい。
「ケージさん、お茶を沸かそうと思ったのですが、魔石の魔力が切れていたようです。」
「魔力って切れたらどうするんですか?」
俺は思わず思ったままを聞いてしまった。
「ケージさんは、あまり魔道具にお詳しくないのですかな。」
「ええ、旅してまわっているので、家具とか台所用品とか縁が薄いものでして。」
「なるほど。魔道具は我が国が一番発展してますしね。」
なんとか誤魔化せたか。
それにしても、魔道具はこの国が一番か。そりゃ、AIが一番進化しているのがこの国なのだから当然と言えば当然だ。
「我が家のコンロは魔石の魔力で<加熱/ヒート>を起動するタイプのものです。一番安いものですが。」
「魔石は消耗品ですか?」
「ある程度は。ご存知のように魔石は魔素を吸収して回復しますので、そんなに頻繁には魔力切れは起こしません。コンロは消している時間の方が長いですし。ただ、うちはE級の魔石を入れているので、その分、劣化が早かったようです。」
魔石は自然エネルギーを自動充電するバッテリーみたいなもののようだ。
「これって使えますか?」
俺はヤマイヌから回収された魔石を取り出した。
「おお、その大きさと色ですとD級はありますね。もちろん使えます。」
「じゃあ、これを使ってください。」
「ありがとうございます、後でお返しします。」
「あ、良いですよ。差し上げます。例のヤマイヌのものですし、俺が持っていても今は使わないので。」
「それはさすがに申し訳ないのですが。」
「気にしないでください。これからしばらくお庭とユアンちゃんをお借りしようと思ってますから、そのお代です。」
「はぁ。」
ヤーゴンさんは申し訳なさそうにしていた。
ヤーゴンさんに言ったとおり、俺の方が恐縮していたところなのだ。価値の分からない魔石ひとつで済むならそれに越したことはない。
「コンロに入れる魔石は何でも良いのですか?」
俺は貸し借りの話を終わらすために質問を重ねた。
「そうですね、魔道具であればどの属性の魔石でも大抵使えます。魔力を使うだけですから。」
魔道具は純粋に魔力で動くようだ。ヤマイヌから採取した魔石は黄色、地属性の魔石だ。コンロは火属性じゃないとダメとかはないらしい。
ヤーゴンさんは、俺が渡した魔石を、コンロから取り出した灰色の魔石と交換した。
「魔道具に興味があるようでしたら、村にも1軒だけですが、魔道具屋がありますよ。」
「色々な種類のものが見られますか。」
「村の魔道具屋は、修理を主な生業としておりまして、あまり種類は置いてありませんな。色々とご覧になりたいのでしたら、王都の魔道具屋が一番です。」
「では、王都に行くまで我慢します。」
俺はヤーゴンさんの知っている最新の魔道具情報について話しながらお昼を済ました。魔道具の文明と言うのは凄いものがありそうだ。王都に行ったらぜひとも実物を見に行こう。
ちなみにお昼は一人分に切り分けられたバゲットと一口サイズの何物かの肉、リンゴのような見た目の小さな果物であった。
少し驚いたのは、ヤーゴンさんもユアンちゃんもパンをお茶に浸してから食べていたことか。
(そんなに固いのかな。サンドウィッチはそのまま食べてたけど。)
固めのパンだとは思っていたが、食感が分からないので何とも言えない。今のところ、白い柔らかそうなパンは見てないのでないのかも知れない。
まあ、俺は困らないけど。
その日は、やはり庭先で練習をして過ごした。
魔法に引き続き、今度は生産系のスキルを試してみた。
細工師のプリウムさんともヒノモト国の様式を見せると約束してしまっている。デザインテンプレートはまだ届いてないが、スキルの使い方だけでも練習しておくべきだろう。
ヤーゴンさんから鉈とノコギリを借り、自分のナイフを用意する。ノミとか彫刻刀のようなものも欲しいところが、一般家庭にはなさそうなので無しで。
俺は家の周りの雑木林から太めの枝、細めの枝をいくつか拾うと、玄関前に座り込んだ。
ヒロモンのスキルは、よく分からない程たくさんある。千もあるのかは定かではないが、今後も追加されるだろうと考えると、膨大な数だろう。
よくスキルは、生産系と戦闘系に大別されるが、それはあくまでも種類として分けた場合だ。別の観点で考え、スキルの特徴としては総合的なスキルと特化型のスキルに分けた方が理解しやすい。
総合的なスキルとは、ジュージュツみたいにひとつの技ではなく、技の体系に名前が付けられているスキルのことだ。カラテもそうだ。中国拳法らしきものではショーリンケンやタイキョクケンみたいなものもあった。生産系だと、料理(一般)や音楽(楽器)なども総合型だろう。
総合的なスキルでは、ひとつのスキル名の中に動作や技が多数組み込まれている。ヘルプを見ただけでは何ができるか分かりにくい。リアルと同じようなことができるようなので、リアルの知識があればスキルなしでも再現できることも多々あるだろう。知らないと使うのが難しいタイプだ。
一方、特化型のスキルは、ひとつの技や技術の名前がついているスキルである。潜伏とか探知などだ。潜伏の上位スキルらしい隠形などもある。産婆とか料理などもある。
特化型スキルは、できることはスキル名の通りで、レベルは成功率や難度の高いものの実行に関わるくらいだ。リアルの知識がなくても理解しやすいと言う意味で使いやすそうだ。
問題は、スキルの名前と習得に係る関連性の把握だ。生産系にしろ、戦闘系にしろ、総合型にしろ、特化型にしろ、スキルが細分化されまくって数が膨大だから手におえない。スキルには、ほとんど無条件に習得できる基本スキルと、何らかの条件を満たすことで習得できる上位スキルがあるらしいのだ。
例えば木工は、基本スキルである細工のレベルが30以上必要だ。木工と石工を取っていると大工スキルが取得できる。大工のレベルを上げると、大工(大型建築)や船大工を取得できる。ただし、船大工は操船を覚えていないとできないとかなんとか。
例えばカラテやジュージュツは、基本スキルである格闘スキルのレベルが30以上必要なうえ、師匠のもので修行するか、何とかの入門書というアイテムがないと覚えることができないらしい。
どこぞやのゲームみたいに、もっと大ざっぱにスキルを分けても良いのに。
俺の場合、一通りのスキルが使えるようになっているが、明らかに関連性を考えるのが面倒になったアプリチームの方々がオール50レベルで良いやと決めたのだろう。複雑な体系を持っているので、どうやってスキルを覚えたかを聞かれても答えられないこと間違いなしである。
さて、俺はヒノモト国の出身らしいもので、村の細工師にも製作できそうなものは何かないか考えていた。
日本の伝統工芸といっても大して思いつかない。木を使ったものだと漆器が思いつくが、漆が入手できるかは不明だから不採用。こけしとか木彫りの熊とかも考えたが、あれって彫刻スキルなんじゃなかろうか。後は箱根の寄木細工とかか。どれも複雑そうだ。
デザインテンプレートを入手してから、サムネイルを見ながら決定するとしても、自分で何ができるかを試し、かつ村の細工師ができることを探っていかないとならないだろう。
この辺、総合的なスキルの困ったところで、リアルな知識も要求されてしまう。俺は現代っ子なので、そんなに工芸品とか詳しくないのだが。
俺は複雑なデザインはさておいて、まずはスキルの練習から始めることにした。
コマンドを呼び出す通常操作を試してみる。
ユアンちゃんは俺の真向いに座り込み、興味深そうに見ている。
(木工スキルの起動、手元の木を選択)
スキルを起動すると、設計画面が視界に現れた。
(CADの操作画面っぽいな。)
ご丁寧にも画面内にツールパレットやメニューバーまで見える。
メニューをいくつか見ると、[外部ファイルの取り込み]コマンドがある。恐らく、これでデザインファイルを取り込むのだろう。
俺はメニューバーを色々と触ってみて、[デザインを選ぶ]を選択する。
作れるもののがサムネイルにリストされた。デフォルトでも簡単なものなら登録されているようだ。
俺は最初、独楽を作るつもりだった。が、より良さそうなものを見つけた。
「ねえ、ケージ。何作るの?」
ユアンちゃんが太めの枝を手に持ったまま固まっている俺に聞いてきた。
「ユアンちゃんが遊べるおもちゃを作ってみようと思ってね。」
「おもちゃ?」
「うん、竹とんぼって知ってる?」
「ん~、知らない。」
ユアンちゃんは首を傾げている。そして、知らないけどおもちゃなんでしょ、どんなのだろうと言う好奇心から目をきらきら輝かせて俺を見つめてくる。
竹とんぼは竹で作るものだろうが、羽を作れば良いだけなのだから木でも作れるだろう。頑張れ木工スキル。
「出来てからのお楽しみだ。出来たら一緒に遊ぼうね」
「うん。」
俺はメニューから竹とんぼを選択する。
ヤマイヌと戦った時と同様に、自分の体が勝手に動き出す。体の感覚が鈍くなり、浮遊感を感じる。自分の体型ロボットの操縦席に座っているような気分だ。オートパイロット状態だ。
枝を半分に切るとナイフで縦に削っていく。ちょっと太いかなと俺が思っていると、体が木を適度な細さの板状に削っていく。板状のものの重心を取ると、羽根を作り出していく。みるみるうちに羽根が出来上がってくるのが面白い。
俺は余計なことを考えないように体が動くままに任せるようにした。特に体を動かすようなことは考えないようにする。この間の戦闘での経験から学んだことだ。恐らくだが、スキル発動中は、ある程度の思いの強さ、科学的に言えば脳波の強さが閾値を超えない限りは体に命令が行かないのだろう。なので、無の境地を目指して脳波を発生させないことを意識する。
体は、羽根を作り終えたのか、今度は軸を作り始める。枝にナイフを当てて割るように切っていき、極細の割りばしを作るかのように角棒を作っていく。最後は、羽根に十字の穴を空け、角棒の端を十字の形に尖らせると、羽に差し込んだ。角棒より細めになっているため、差し込むことで外れにくく固めているようだ。最後に羽から突き出た棒の先を折り曲げると完成である。
(接着剤が無いからな、外れやすいかも。)
スキルが終了したのか体に重さが戻ってきた。
「よし、できたよ。」
俺はユアンちゃんに竹とんぼを差し出した。
「これ、何?」
「見ててごらん。」
俺は竹とんぼを軽く飛ばした。
竹とんぼは回りながら上昇し、ユアンちゃんを飛び越えて庭の真ん中に落ちた。
ユアンちゃんは竹とんぼを目で追いながら、頭上を越えたあたりでこてんと転がった。
俺が大丈夫かと声を掛ける前に、ユアンちゃんは飛び起きると竹とんぼを拾いに行った。
「すっごーい、何これ、何これ。ケージ、お空を飛んだよ。」
ユアンちゃんにも、俺が竹とんぼを放り投げたのではなく、竹とんぼが空を飛んだのだと分かったようだ。
大興奮である。
「もう一回やってみるよ。」
俺はユアンちゃんから竹とんぼを受け取ると、今度はより高さを出すように飛ばした。
ユアンちゃんは両手を上に挙げて跳ねるように竹とんぼを追っかけていく。
ユアンちゃんが竹とんぼを持ってきたところで、俺はユアンちゃんに聞いてみる。
「ユアンちゃんも飛ばしてみるかい。」
ユアンちゃんが顔を赤くして笑顔で答える。
「うん!」
俺とユアンちゃんはしばらく竹とんぼを飛ばして遊んだ。
途中、軸が外れることもあったが、再度差し込めば良いと付け方を教えておく。
ユアンちゃんは飽きることなく竹とんぼを飛ばした。
その間に、俺は竹とんぼを2つほど追加で作っておく。何となく壊れやすそうだったので予備である。
俺はユアンちゃんを呼び寄せると、次のおもちゃを作るべく質問をしてみた。
「ユアンちゃんは独楽は知ってるかい。」
「知ってるよ。くるくるって回すんだよ。」
「じゃあ、竹とんぼは置いておいて、一緒に独楽を作ろうか。」
ユアンちゃんは、ちょっとだけ名残惜しそうにしたが、竹とんぼは後ででもできると考えたのか、良いよと頷いた。
さっき、雑木林を見て回ったときに、小さい硬めの木の実がなっているのを見つけたのだ。形は見事に球形である。
ああいう丸っこいものに棒を刺せば、大抵は独楽が作れる。
俺は竹とんぼを作る際に余分に作っておいた軸を持つと、木の実の上に突き刺した。棒が短く飛び出るくらいまで深く差し込む。
庭の平らな場所で試しに回してみる。木の実は逆さになると軸を下にして回り始める。逆立ちゴマだ。
安定感は少し悪いが、なんとか回るようだ。
俺のやり方を見て、ユアンちゃんも木の実に棒を刺しては回してみる。重心が上手く取れずに回るところまで行かない。また、回すのも難しいみたいだ。
(5歳の子には難しかったかな。)
ユアンちゃんが悪戦苦闘しているところ、俺はひとつのことを試してみる。
スキルを使って木の実で独楽を作るのだ。
魔法カードと同じで、考えることでスキルを使いつつ、木の実で独楽を作ると言う設計図にない動作をしてみる。
すると、自分の手の動きが何かに操られるように補整されて動く。基本、自分が動きたいように動いているのだが、力加減や手の動きにほんの少しの後押しが入る感覚だ。
スキルを発動しながら作った独楽は、スキルなしで作ったものよりも回しやすかった。
「ケージ、できない。」
ユアンちゃんは少し泣きそうな顔をしていた。
「そっか、じゃあ、これをあげる。」
俺はスキルを使って作った独楽を渡すと、指のひねり方を教える。
ユアンちゃんは真剣な顔をして独楽を回す。
何度か試すと独楽は見事に回り始めた。
「できた!」
ユアンちゃんは言いながら俺の方を向くと、そこにはまたもや満面の笑みが浮かんでいた。
俺も、スキルの特性を少しつかめたようで満足していた。
その日、俺とユアンちゃんは、夕方になるまで竹とんぼと独楽で遊んで過ごした。