1-10.魔法カード
二重の意味での翌日、俺はヒロモンの練習を本格的に始めることにした。
何を今更と言われるかも知れないが、ここは本サービスを行っている環境ではない。初めてログインしてもチュートリアルもなければ、練習モードもない。インターネットに出ていく口が閉ざされているのでウィキも見られない。ないない尽くしの状況なので、練習場所を自力で手に入れるところから始める必要がある。
うん、致し方ない。
…。
もちろん、業務命令が下ってから1週間以上の時間があったのだから、事前に勉強しておけよと言う意見が世の中にありそうなことは理解している。
しかし、俺にだって私生活と言うものがある。
一人暮らしなので家事全般を自分でこなさなければならないし、彼女の相手もしなければならない。仕事とは言え、ゲームのことまで手が回らなくてもしょうがないじゃないか。
それに、カプセルモード、すなわち脳波でのフルコントロールの練習は自宅ではできないんだ。しようがないだろ。
はい、どう言いつくろっても言い訳です。
俺は3人分のお弁当を持って、ヤーゴンさんの家に出かけた。
ヤーゴンさんの家の周りは雑木林になっており、色々な練習をするのに都合が良い。村外れのため人の出入りも少なく、俺が何か失敗しても目立たない。
ヤーゴンさんの家に着くと、さっそくユアンちゃんが纏わりついてくる。
俺はユアンちゃんを引き連れて、庭でヒロモンの使い方と言う俺本位な練習を始めた。
まずはカードの仕組みと使い方を練習する。
カードバトルのゲームなのだから、カードを使えないのはまずいだろう。
俺が持っているカードは5枚である。モンスターカードも入っていない初期セットだ。
ヒロモンでは、ゲームを開始すると最初に魔法カードが5枚与えられる。そして、カードを引く権利が5回分付いてくる。加えて、キャンペーン期間中(いつでもやっている気もするが…)ならレアなモンスターカードが貰えたりする。だから、ゲーム開始直後は10枚以上のカードを持っているのが普通である。
その後は、カードを引く権利をヒロモンの通貨やリアルマネーで購入したり、空のカードを買ってモンスターをカード化したり、ショップでカードを買ったり、徐々にカードを増やしていくことになる。
残念ながら俺の居るオーソン村にはカードを引ける施設がない。王都に移動するまで俺のカードは増えない。
・10001C:火炎/ファイアー
炎を出す。使用する魔力の量に応じて炎の大きさ、持続時間が変化する。
・20001C:水流/ウォーター
水を出す。使用する魔力の量に応じて水の量、持続時間が変化する。
・30001C:送風/ブラスト
風を送る。使用する魔力の量に応じて風の強さ、持続時間が変化する。
・40001C:砂塵/サンド
砂を出す。使用する魔力の量に応じて砂の量、持続時間が変化する。
・50001C:光源/ライト
光を灯す。使用する魔力の量に応じて光の強さ、持続時間が変化する。
この世界では6大神(火の神、水の神、風の神、地の神、光の神、闇の神)が大きな力を持っているようなので、それにちなんだ分類で魔法が作られているのだろう。
カード番号を見るに、10000台が火系統で、20000台が水系統と言ったところか。
カード番号の最後に書いてあるのはレアリティ(入手の難易度)である。Cはコモン。ありふれたカードだと言うことだ。
「ユアンちゃんは、魔法カードは使える?」
5歳の女の子に何を聞いているのかと思われるかも知れないが、世界の常識とは小さな日常の行為の積み重ねで成り立っている。子供の持ってる知識は常識のエッセンスなのである。
「うん、使えるよ。わたしの持ってるのはコレだけ。」
ユアンちゃんは首にかけていた紐を引っ張ると、3枚のカードを取り出した。
カードの上部に円形の穴が開いており、そこに紐を通しているようだ。
首からかけて服の中にしまっていれば失くしたりしなくて済む。
「見せて貰って良い?」
「良いよ。本当はカードは他人に見せちゃだめって言われているけど、ケージだから特別ね。」
ユアンちゃんみたいな可愛い女の子に特別だなんて言われると、自然と顔がほころんでしまう。めんこだねぇ。
・50001C:光源/ライト
光を灯す。使用する魔力の量に応じて光の強さ、持続時間が変化する。
・50002C:閃光/フラッシュ
瞬間的に強い光を灯す。使用する魔力の量に応じて光の強さが変化する。
・50011C:伝言01/メッセージ01
登録された同種のカード(伝言01/メッセージ01)に対して音声による情報の伝達を行える。使用する魔力の量に応じて伝達できる情報量が変化する。
また、同類のカード(伝言/メッセージ)からの伝言を受け取ることができる。
俺の初期セットと被っているのは<光源/ライト>だけである。
「どうやって使うの?」
「これ<光源/ライト>はね、夜、暗くなったら使うの。これ<閃光/フラッシュ>はね、魔物が来たら使うの。これ<伝言01/メッセージ01>はね、どうしても困っちゃったときにお祖父ちゃんを呼ぶことができるの。これ(閃光)とこれ(伝言01)は昨日お祖父ちゃんにもらったんだ。」
そうだよね、またヤマイヌとかに遭遇しちゃったら困るよね。
「でもね、魔法はあんまり使っちゃいけないの。魔法は使いすぎると倒れちゃうんだよ。」
魔法を使うと魔法力(MP)がゼロになる。ゼロになると倒れてしまうのか。
俺のキャラクターは魔法力(MP)が無限大になっているため、燃料切れは起こさないようになっているので試すことはできない。どうやって倒れるのか、さすがにユアンちゃんに見せてもらうわけにはいかない。自警団のバーンにでも頼んで見せてもらうか、倒れたところを。
ユアンちゃんのありがたい魔法講義により、俺は知識を得た。
次は実践である。
「じゃあ、俺のカードも見せてあげよう。ユアンちゃんだから、特別な。」
「うん。」
ユアンちゃんも特別と言われて嬉しそうに笑った。
「今日は、このカードを色々と試してみようと思ってるんだよ。お勉強だね。」
「そっか、お勉強か。」
ユアンちゃんは子供らしい正義感から、俺が間違ったことをすると正そうとするので油断ならない。
ユアンちゃんは、ヤーゴンさんからカードで遊んではダメと言われている。カードを使えば魔法力(MP)を消費してしまうのだから、おもちゃにするには危険だ。しかし、俺がするのは勉強だと言うことで、じゃあ、問題ないねと考えてくれたようだ。
「まずは<光源/ライト>でも使ってみるかな。」
俺は、情報画面を呼び出し、カードスキルから<光源/ライト>を選ぶと、込める魔力を1にして起動してみた。
俺が手に持ったカードがぼんやりと光る。
カードは角の丸い長方形である。その上部中央に半透明の円形の部分がある。表面はカードの名前と種類に因んだ図形が描かれている。裏面は円形の部分を取り囲むように幾何学的な模様が刻まれている。
魔法は、表面の半透明の円形部分から発せられている。
「わたしもできるよ。光源。 」
ユアンちゃんが<光源/ライト>カードを手に持って光源と言うと、俺のと同じように光はじめる。
音声コマンドでもいけるようだ。
「ケージはこれできる?」
ユアンちゃんのカードの光がぼんやりから明るくなり、またぼんやりにもどってから消えた。
「おお、どうやったの?」
俺が聞くとユアンちゃんが得意げな顔になった。
「えっとね、<光源/ライト>を使っている最中に魔力を入れたり引っ込めたりするの。」
俺は真似しようとしたが、メニューを辿ってみてもそれらしきコマンドは見当たらない。
「難しいな。」
俺は<光源/ライト>をキャンセルして、今度は魔力を2にして起動してみる。
明かりの強さはユアンちゃんが灯した明るさになったが、自然に明るくなったり暗くなったりするのとは違う光り方になる。
「違うよ。付け直すんじゃなくてね、付けた後でんん~って力を入れるんだよ。」
ユアンちゃんも俺に指導をしてくれる。
俺はもう一度、魔力1を込めた光を灯すと、言われた通り、んん~と力を入れてみた。
当然、何も起こらない。
起こらないので、仕方なく、もう一度<光源/ライト>を重ね掛けしてみた。
すると、キャンセルした時よりはスムーズに明るさが強くなる。
ただ、これでもユアンちゃんがやったのとは違うことが目に見えて分かる変化の仕方だ。
「なんか違うね。」
ユアンちゃんにも違うことが分かるようだ。
少し考えてみる。ユアンちゃんは魔力を込める時にメニューを開くこともしないし、コマンドを選ぶこともないはずだ。魔力そのものを入れたり引っ込めたりしていると言う。コマンドではない部分での操作をしているのだ。
そんなことができるのはNPCだからと言うのは簡単だが、カプセルモードでプレイしている俺にもできるはずだ。逆説的であるが、NPCは世界の法則(=ゲームのシステム的制約)に則って動いているのだから、NPCができることはプレイヤーもできると言える。
カプセルモードの特徴と言えば、脳波コントローラーの制約が解除されていることだ。コマンドではなく、脳波による命令で操作をするようにすれば、同じことができると考えられる。
普通のユーザーはメニューやコマンドで魔法を制御するため、込める魔力(=消費する魔法力(MP))は1つずつしか制御できない。俺はカプセルモードでの操作なので、0.1ずつだろうが、0.01ずつだろうが入力できると言う仮説を立ててみた。
俺は、んん~っと唸りながら、光よ強くなれと念じる。具体的には魔力を0.1単位ずつ魔法の重ね掛けをしていくことをイメージする。
すると、なんとなくユアンちゃんがしたのと同じように徐々に明るくすることができる。
「上手、上手。」
どうやら出来る様だ。
ユアンちゃんも褒めてくれる。
俺は、これまた、実はユアンちゃんが行った操作と異なるやり方と考えていた。
魔法力(MP)は、「起動時」と「一定時間経過時」に消費されていく。俺は起動タイミングを細かく区切ることで「起動時」の魔力の大きさで明るさをコントロールしている。ユアンちゃんは、恐らく「一定時間経過時」の魔力の大きさをコントロールしている。「2×3」と「3×2」の関係のように、結果は同じだがやっていることは違うのじゃなかろうか。
魔法を維持するための魔力のコントロールは、どうやれば良いか直ぐには思いつかなかった。
だから、俺は魔法の重ね掛けをする方を実行する。脳内にカードに込められた魔力をバーとつまみでイメージしてみる。左側がゼロで、右側が最大値(100)だ。デジタルではなくアナログなイメージ。
今は魔力が2なのでほとんど左端につまみがある状態。注ぎ込む魔力を変更することを考えながら、このつまみを段々と右にしたり、左にしたりしてみる。「つまみを動かす=消費魔法力(MP)を変更する」で、「バーの位置=込める魔力」と脳に覚えさせているわけだ。
俺の思考に合わせて、光の強さが変化する。
「わあ、ケージもできたね。それにとっても明るい。」
「ありがとう、ユアンちゃんが教えてくれたからだよ。」
俺はユアンちゃんの頭をぽんぽんとして、お礼を言った。
その後、俺は全てのカードを試してみた。
<光源/ライト>の魔法なら宿屋でも試せる。魔法を維持するための魔力のコントロールは、宿屋で一人で練習すれば良いことだ。<火炎/ファイアー>などは屋内で使うには物騒なので、ここでは他のカードを使ってみるべきだろう。
使ってみた結果、初期カードセットは戦闘向きではないことが分かった。
例えば、火炎/ファイアーに魔力1を込めて出す炎のサイズはライターの火程度の大きさで、赤い炎だ。カードを上向きに持って火を付けるので、見た目からしてライターである。魔力を10込めたとしても拳大がせいぜいである。しかも、魔法カードの起動で生じる炎は5秒ほどで消えてしまう。つけっぱなしにしたければ、5秒ごとに魔法力(MP)を1消費しないとならないようだ。
初期登録後のキャラクターの魔法力(MP)の平均は12なので、とてもじゃないが敵にダメージを与えられない。与えられるかも知れないが、<火炎/ファイアー>1回で魔力切れになりおしまいである。これではとてもじゃないが戦闘には使えない。
旅に使えると言うのは、生活するには便利な魔法だと言うことだ。ヒロモンでは隠しパラメーターとして空腹や睡眠がある。物を食べないと餓死してしまうため、旅をする際は料理スキルを使って飯を食べる必要がある。その際、魔法カードを使って料理を作ることができそうだ。
動物を狩りで仕留めたとして、手に入るのは生肉である。ヒロモンの世界は、変な所でリアルなので、ほとんどの動物の生肉は食べられない。ここで、枯れ枝を集めて<火炎/ファイアー>で火を付け、<送風/ブラスト>で火を強めて焚火を作る。焚火を使うと生肉が焼いた肉に変化するので食べることができると、いうわけだ。
水流/ウォーターもコップに目掛けて発動させれば飲み水のできあがりである。砂漠でさえ渇きに苦しまされることもない。
初期カードセットは、何とも生活感あふれる魔法ばかりなのである。
ただ、俺の場合は、もう少し別の使い方もできそうだ。
俺のキャラクターは魔法力(MP)が無限大だ。
<火炎/ファイアー>に魔力をカードの上限値(100)まで込めると1メートルくらいの火柱が出た。出し続けることもできる。上限値まで魔力を込めるとどうなるだろうとやってみて、危うく自分の顔を焼くところだった。一瞬の噴射だったため髪の毛の先が焦げただけですんだが、危ういところだった。<火炎/ファイアー>だけでも、頑張れば近距離戦闘時にダメージを与えることができそうだ。
ユアンちゃんは子供なので、火柱を見ても、すごいねと素直に感心してくれるばかりだが、大人には見せるのをやめておこう。魔法力(MP)が無限大などと言うチート性能がばれると面倒なことになることが容易に想像つく。
俺は魔力1に設定した各魔法のショートカットを作成し、ランチャーに登録しておくことにした。メニューから選ぶと魔法カードの起動はとても遅いが、ショートカットを作成してランチャーに置き、起動を早めることができる。その上、魔力を固定して設定しておけば、間違って魔力を込めすぎてしまうこともない。
それにしても、<砂塵/サンド>って何に使うのだろう。今回は火を消すのに使ってみたが、他の用途が思いつかない。目つぶし用かとも考えたが、戦闘中にわざわざ砂なんて出して効果あるのだろうか。もっと便利なカードを使う気がする。謎である。
そんなこんなで、魔法カードを使っているうちに一日が終わってしまった。
リアル時間に換算して2時間半、やっぱり短い。