開幕
厳しい訓練の時はあっという間に過ぎ、大会は迫っていよいよ当日となった。訓練の成果はしっかりとでており、全員の基礎体力も身についてきたし、アクリアの集中力継続や、マロンの緊張を解すための慣らし、ヴィスタの攻撃持続、ラルの基礎戦力向上。
訓練前と比べれば随分チームとして様になってきた。
(さて、クレスタはどうするか・・)
おそらくクレスタは側近のリリアを連れてくる。中性的な容姿に眼鏡をかけたインテリ系のリリアは、剣の腕もすこぶる良い。今、元私の席を担っているのはリリアだろう。昔より遥かに強くなっている彼が、少し楽しみになる。
久々の交戦に喜々と胸を弾ませる私だが、隣にいるラルはそれどころじゃないらしい。会場へ近づけば近づく程増えていく人に、装着してる仮面のおかげで向けられる好奇の視線がラルをどんどん不機嫌へと突き落としていく。今までが尊敬や敬意の眼差しだった分、余計に気分が悪いのだろう。
(・・・・本当、こう見ると坊っちゃんだよなぁ)
小動物の一面も珍しいが、坊っちゃんの癖はしかたないものだろう。呆れた息を何とか我慢すれば、マロンが書類を手にして肩を叩いてきた。
「シーナ。提出をしてくる」
がやがやと人が集まるところへと一人、足をむけていくマロンへ適当に返事を返せば反対側にも人だかりが出来ていた。マロンが歩いていった方とは違い、集まってる奴等は何やら興奮しているようだ。
目を細めて中心にいる人物を伺えば、どうやら興奮の元は古い友人のクレスタらしい。うんざりした顔のラルを一目みて、気分転換にもなるし視察ついでに挨拶へ連れていってやろう。
「ラル、クレスタがいるぞ。挨拶にいかなくていいのか?憧れなんだろ」
「えっ!?い、行きます!!」
案の定、目を輝かせたラルに苦笑しながら私も後へと続く。近づいて行くと、人だかりの要因は普段会えない奴等の握手や憧れの声だとわかる。クレスタは苦笑いを零しながら応え、後ろで冷めた視線をしているリリアに助けを求めていた。
(・・・あの二人も、相変わらずだな)
色々な事を考えている内に、ラルは一人で突っ走っていったらしい。いつの間にか人を掻い潜ってクレスタの目の前へと行っていた。
「あの、クレスタ様!再びお会いできて光栄です!本日もクレスタ様の剣技が見られる事を楽しみにしています!!」
運良く仮面が目立ったのか、クレスタに手を握られたラルは嬉しそうに声をあげるが、その仮面は身元を隠すための物、クレスタにももちろんラルの正体はわからなかった。
「うん、ありがとう。僕も戦える事を楽しみにしてるよ。・・・前にもあった事があるのかな?ごめんね、顔を覚えるのは得意なんだけど、そんな特徴的な仮面をした人は居なかったから」
あの優しい笑顔でそう告げるのはいいが、興奮したラルがどうでるかも考えて欲しいものだ。仮面に手を置いたあの馬鹿に付ける薬は何にしてやろうか。
「あ、僕はロ、ッぶ!!」
思った通り仮面を外して、本名を口にしようとしたラルの頭に薬と称して側に落ちていた石を思いっきり投げつけてやる。ゴンッ、と鈍い音がしたが、それよりもラルが再び妙な事を口走らない様に人だかりの外から声を大きくした。
(あの野郎、ろくな事しねぇな・・・)
連れていったのは自分なのもあって、全部が全部ラルが悪いとも言えないのがなんとももどかしい。
「あああ!!!悪いなぁ!うちのが暴走してしまったようだ、すまない」
不自然に大きくした声に周りの奴等も不信に思ったのか、さっきまでの賑わいが嘘の様に静かになった。それをいい機会だと思い、衝撃で意識を飛ばしたラルを回収するためにクレスタへと近づいていく。
さすがにこの奇妙な仮面と声でクレスタにはわかってしまったらしい、仮面を付けた私の顔を見て少し目を丸めたがニヤリ、と笑顔を歪めて私へ右手を差し出した。
「僕こそ、彼には期待してもらって嬉しいよ。今日はお互いに良い大会になるといいね」
当たり障りのない言葉の裏に隠されているのはどんな意味だろうか。やんわりと右手を掴み握手を交わせば、クレスタは待ってましたとばかりに私の手を強く握る。それに負けず、私も本気で握り返した。
「ありがたい言葉だな。・・・・決勝が楽しみだ、クレスタ“サマ”」
「・・っ、言ってくれるねぇ。是非、僕も戦いたいよ。・・・・そう思うだろう、リリア」
後ろに控えていたリリアも、私の存在に気づいてからはこちらを気にしていた様だ。この騒ぎによってあれだけ広がっていた人だかりには一本道が出来、それを通ってきたリリアがフッと息をついた。
「そうですね。私も是非戦いたい。・・・知らないでしょうけれど、私の憧れはこのクレスタ様よりも、パートナーの方だったんですからね」
「なっ、」
握手を横から求めてくるリリアの発言に驚いた。私が驚いて言葉を詰めている隙に、復活した騒がしい声が私の前に飛び込んで来る。
「ぼ、僕もです!!僕も!!ク、クレスタ様も、もちろん憧れています!!で、ですがパートナーと言われる方にも、是非お会いしてみたいんです!!!」
叩いた痛みが足りなかったか。目を輝かせて興奮するラルを止める方法は中々見当たらない。どうやら憧れの同志を見つけて更に嬉しさを増しているらしい。
純粋な気持ちなのはわかる、その会いたいと言う気持ちに偽りがないことも知っている。
・・・・・しかし、今の状況でその発言はよろしくない。
「へぇ・・・そうなんだ」
ほらみろ、クレスタの顔が企む顔へと変わってしまう。
「・・・・・・今日ね、実は来てるんだよ」
あぁ・・・余計なことをしてくれたものだ。どうせなら、ずっと知らない、憧れのままでもよかっただろうに。
「ほ、本当ですかッ!?どちらに!!!?」
興奮したラルは勢い良くクレスタに食いつき、瞳を輝かせる。ニヤニヤと笑みを深めたクレスタはどう答えてやろうか、と楽しんでいる様にも見えた。
(野郎・・・遊んでやがるな・・)
私の顔とラルの顔を見比べながらクレスタは嬉しそうに言葉を繋げていく。
「・・・どこ、ねぇ・・・。うーん・・・・楽しみにしてたらいいよ」
「・・・え?なぜですか?」
頭を傾けて疑問を現すラルの頭を私は思いっきり殴って記憶を飛ばしてやろうか、と本気で考えてしまう。それ程、クレスタが思いつく悪戯にはイイことがない。
「決勝で、君はきっとその人物を目に出来るからね。僕は今までで、あの人以上強い人を知らないから」
ウインクまでして言ったその台詞に私の拳は今にも怒りで震えそうだ。
(・・・隠して夢を抱かせようとした私の親切を返せ・・!!!)
そんな思いは伝るはずもなく、ラルは満面の笑で首を上下に振る。
「はい!参加されるということですね・・・!!決勝が今から楽しみです!」
頭を抑えたくなるような内容に内心でため息をつけば、側にいたリリアが哀れんだ視線を送ってくれた。
「シーナ様、少し同情致しますよ。この状況と、あの方のパートナーだったことに。」
その哀れみですら、今は辛い。
「・・・・・あとで、あの阿呆をたっぷり書類漬けにしてやれ。・・・・それと、リリア」
クレスタとラルを遠目に見ていたが、視線をリリアへと移して先ほどの返事を返す。
「お前が私に憧れてたなんてな、嬉しい事いってくれるじゃないか」
顔が緩んでしまう程、嬉しい。コイツはクレスタ一筋だと思っていたから特に。
「そういう所、変わりませんね。シーナ様の剣技にも、真っ直ぐにお話されるところも全部、憧れてましたよ。もちろん、今も憧れてますからね」
いつも顔を崩さないリリアがふわりと笑う。まるで、もう戻ることが出来ない・・・・昔に居るような感覚だった。
一瞬の事だが、その感覚が嬉しくて、懐かしくて。じわり、胸が熱くなって視界が滲んだが、気のせいだ、と笑っておいた。
「はははっ、お前は素直で可愛いのにな。どうして主人はあんなにひねくれてるのか・・・・。お前と戦えるのも、楽しみにしている。互いに全力を尽くそう」
握り拳を作ってコツン、と肩を叩けばリリアも嬉しそうに返事をしてくれた。
「はい、剣を交えれること、祈ってます」
話も一通り終えたところで、マロン達も待っているだろうし、クレスタがこれ以上何か吹き込まないためにもここを離れる為に足を動かし始めた。
「ラル!行くぞ」
「あ、ま、待ってくださいッ!クレスタ様!リリア様!また後ほど!!」
パタパタと走り、騎士団へ向かうラルを先に行かせて、すっと後ろを振り返る。そこには剣を持たないクレスタが、まるで構えているようにこちらに切っ先を向けた。
(・・宣戦布告か・・)
その行動に、私も口元を上げて同じくそれを返し、視線を鋭くする。思うことは同じだ。
『勝つのは、私だ』
『勝つのは、僕だよ』
「・・・・団長?あちらで皆が待ってますよ。」
「・・・あぁ、今行く。」
さぁ、戦いの
―――――――始まりだ。