皇族の男、不信が募る。
ラル視点です。
大会までの間、訓練に明け暮れている騎士団は今日も変わらず剣を振り続けていた。初日の様な1対1での訓練だが、それでは5名いる騎士団では一人余る。そこでいつも余る団長が監督をし、今僕はヴィスタという小柄な男と剣を交えていた。
団長の声が聞こえたので、もう一方のマロンとアクリアの訓練が終わったらしい。あの偉そうな口調で指示を出し始めている。
「マロン、力み過ぎだ。剣を使うより拳の方が得意なんだからいざというときは剣を捨ててしまえ。アクリア、お前は油断しすぎ。マロンみたいなヤツは拳が十分な武器になることなんてわかるだろ?ほら、決着ついたなら屯所まで走って戻って来い。もう一戦するぞ」
今いる場所は、屯所の裏に広がる草原を深くまで来たところ。走っても数十分掛かる距離だ。
最初はこの鬼畜な訓練に体と精神が悲鳴を挙げたが十日程繰り返している内に体力は徐々に追いつくようになってきた。ダルそうに走り始めたアクリアと顔色一つ変えず付いていくマロンを横目に見納めると自分の戦いに集中させる。
ヴィスタの剣は決して重くはない。だが、速度は恐ろしいほど速い。あと一押しの状況で、足を出してみようか、と悩んでいるが体制を崩せば直ぐにでも切り込まれてしまう。
そう思うと足を出せずに硬直を続けていたが、足を出さなければ次に進めそうにはないと、現状を変える為に悩みながらもそっとバランスを変えて慎重に重心をずらし、タイミングを伺った。
が、瞬時に素早く剣を弾かれて、後ろへ引かれてしまった。
(まただ・・・・)
攻撃を出そうとする前に逃げられてしまう事がここ最近続いてしまい、自分で考えても答えがみつかない。悩みに悩んでいるが、解決策はまだ見つかっていない。どうするか、と思っていると指示を終えた団長が声を大きくして言った。
「ラル、攻撃がぎこちねぇぞ。蹴りをいれたいなら相手に気づかれてもいい。バランスを崩しかけても勢いでいけ、戸惑った攻撃など自分を陥れるだけだ。気づかれた後にまで悩んでたら当たる攻撃も当たらねぇぞ。それからヴィスタ、お前はもっと攻めろ。体が小さいのは戦いに置いて不利になる。守りになれば殺られるぞ、相手に攻撃の隙を与えるな。・・・じゃあお前らも走って来い」
そう命令された所で、さっきの場面を思い出す。
(なるほど、蹴りを出すと教えてしまった後に蹴りの攻撃を仕掛けようとしたものなのか・・。相手には行動を起こしただけで読まれると思った方がいいということか。変えるなら一瞬で・・・よし、次は違う行動が起こせる気がする・・・!)
そう思案したところで、自然と団長に従っている自分に少しだけ驚いた。ゆっくりと走り始めた足を緩める事なく、隣のヴィスタを見ればヴィスタも先程のマロン同様、顔色を変える事なく走っていた。ラル、と呼ばれる様になって以来、騎士団の面々は最初よりも親切になったと思う。
それを期に少し踏み込んだ質問をしてみることにしよう。
「・・・えっと、ヴィスタと言いましたよね。あの、貴方は団長に苛立ちを感じたことはないのですか?」
最近は何故か自分も従順になってしまっているが、偉そうに言われるのは何も自分だけじゃない。きっと騎士団のなかにも自分と同じ思いをした人間はいるはずだ。隣で走っているヴィスタは僕の顔を伺ってくると嬉しそうに笑った。
「・・ラルは気づいてるんでしょ?シーナの言葉は、ただの戯言じゃないよ」
確かに感じるようになったが、確信が無いと不安や苛立ちを感じたりはしないのだろうか。
「・・・そうかもしれません。・・・けれど、騎士団の方々は団長に従っていれば間違いはないと確信しているほど従順です。理由があるんですか?」
「理由ねぇ・・・どうかな。シーナに関しては優しくて、仲間思いで、それでいて強い事しか知らないさ。何せ騎士団も出来てまだ数年だからね」
それだけ知れれば確信が持てるものなのだろうか、しかも何十年も共にした訳ではない、ただの数年で。僕の疑問は顔にでていたらしい、ヴィスタは昔を思い出すように空を見上げながら話してくれた。
「最初はシーナの事、とても怖い人だと思ってたんだ。でもね・・・・シーナについて行きたい、シーナと共にありたいって、全身で味わったんだよ。あの興奮は、体験した奴にしかわかんないよ」
走り続けているのに、思い出しただけでやる気をだしたヴィスタは走る速度を少し上げた。
(アクリアといい・・ヴィスタまで、団長は何者なんだ?マロンだって・・・団長がマロンでもおかしくないのに、団長になろうとするどころか彼女以外に団長はいないと思ってる。)
自分が憧れを抱いたのは、クレスタ様の斬撃を垣間見た時とクレスタ様のパートナーのお話を伺った時だけだ。そんな尊敬すべき人がいるチームと戦うというのに、訓練をするのはいつも4人。団長は強くなる気があるのだろうか。
「あの、もう一つ聞いていいですか。団長は強いとおっしゃいましたけど、どれほどお強いんですか?一度も訓練をなさってませんけど。」
「シーナは訓練してるさ、夜にね。同じように走り込みもしてるし、相手がいないけど剣も振ってるよ。どれくらい強いかは・・・・僕にもわからないね。なんて言っていいかわからないけど、僕の中では一番だよ」
平然と言ってのけるヴィスタだが、わかりもしないくせに共に有りたいなど、よく言えたものだ。
「それ、本当に、強いんですか?」
「うーん、なんて言ったら伝わるんだろう。・・・・一人で夜訓練してるのを初めて見た時さ、最初は訓練じゃないのかと思うくらい、綺麗だったんだ。シーナは目を瞑って、頭の中の奴と戦ってたんだけど、ずっとみてたら僕にまで相手が見えてね。そんな見惚れる様な動き、強い奴しか出来ないでしょ?」
それは、ただ見た目に騙されたんじゃ・・・と思ったが昂揚しているヴィスタに言っても反論されるだけで終わるだろう。言いたいことを胸に押し込めて、「そうですか」と呟いておいた。
ちらり、遠くの団長を見る。
容姿はずば抜けて美人な訳ではなく、まぁ普通に黙っていれば髪が短い所為で中性的に見えるが、周りと同じ様に伸ばせばちょっと可愛い女の子。程度だと思う。
年齢も自分と同じ、もしくは一つくらいしか変わらないだろう。
(騎士などにならなければ、街で普通に結婚でもしているだろうに。家の者達は反対しなかったのだろうか。)
騎士になった団長も団長だが、それを許した家の者達も娘が可愛くないのだろうかと不振に思う。女性は着飾ってこそ価値を知ってもらえると言うのに。
考え込んでいた所で、足は止まる。屯所を折り返し、最初にいた草原に帰ってきたからだ。
「よし、じゃあもう一度ヴィスタとラルで始めろ。」
きつい口調に心の中でイラッと苛立ちが募る。
(本当、何なんだ・・この騎士団・・・)
僕には、そう思わずにいられなかった・・・・・・