新入騎士:ラル
翌日、クレスタと話し合って決めた大会の出場を騎士団の全員に話す事とした。
「大会!?」
「あぁ、賞金も良いし、上からの許しも出てるそうだ。騎士団も参加する」
声を荒らげたマロンとは正反対に、冷静に返答すれば周りの反応は様々だ。アクリアはやる気満々だし、ヴィスタは少し怠そうにしている。マロンと新入りは必死に書類へ目を通していた。
新入りが数枚目で少しそわそわし始めたのは、『国王陛下のお言葉』とやらが書いてあるからだろうか。
(あながち、クレスタが言っていた王と新入りの関係は本物かもしれねぇってことか)
一人納得をして、話がそれぞれで盛り上がって来たところで、予め考えていた参加するにあたっての一番の問題を告げる。
「大会当日は全員顔を隠すぞ」
そう言って歩きながら一人一人に配ったのは視界に邪魔が入らない程度に切り抜かれた鉄の仮面だ。顔を半分以上隠せる上に額なども守れて都合が良い。
「・・何故隠す必要があるのですか?」
新入りが書類から顔を上げて不思議そうに首をかしげた。こいつも隠した方が良い一人なんだがな。
「許しは出ているが・・・女の私が参加している事は知られない方がいい。それに、女だから手を抜いたと言われたら溜まったもんじゃねぇ。お前もだ、新入り。皇族だから、なんて言われたくねぇだろ?」
ここで、反論する様なら遊びはいつまでたっても抜けれねぇな。と思ったが、それは杞憂だったらしい、しっかりとした瞳で新入りは頷いた。
「言われないとは信じたいですが・・・念の為、という言葉もありますからね。承知しました」
鈍そうな新入りが思う程だ、軍の時によっぽど手を抜かれたか、言い訳の様な褒め言葉でももらったのだろう。
「まぁ、ほかの奴らも。軍にはいい思い出がねぇ奴等ばかりじゃねぇか。あまり顔はバレねぇ方がいい」
その見解には誰もが納得を示し、全員でお揃いの仮面をすることに決まる。
「名前はそのままで呼ばせるぞ。まぁ名前で何かがわかることはねぇだろ・・・新入り以外な」
私の言葉に、全員の視線が新入りへと写った。目をキョロキョロさせて周りを伺う新入りの姿に、思わずコイツが皇族だということを忘れてしまいそうだ。
(小動物みてぇな野郎だな・・・)
そう思った所で新入りの瞳を見据えてやれば、キョロキョロとしていた動いていた視線は、自然と私と交じり合った。はぁ、と溜息を漏らして勢い良く机を叩きつける。
バンッ!と響いた音に全員が私の言動に注目した。
「・・・ラルだ、次からは新入りをラルと呼ぶ。異論は認めねぇ」
「・・・ラ、ラル・・ですか?」
複雑な表情を浮かべるラルに、にやりと笑ってやった。
「新入りの方がいいのか?変わったヤツだ。」
「なッ!!・・いいですよ、本名を呼んでいただくわけにはいきませんし・・!」
売り言葉に買い言葉、だが本人も納得したところで決定は決定だ。それに周りもなんだかんだで、真剣に訓練に取り組むラルを認めてきている。
「ラルね、そのほうが呼びやすくっていいんじゃない。本名変えちゃいなよ」
挑発するヴィスタに
「まぁ呼びやすいな。っつーかお前、ちょっとシーナに認めてもらえたっぽくて嬉しいんじゃねぇの?」
からかうアクリア。
「ラルか。新しい仲間が増えたな」
うんうんと嬉しそうに頷くマロン。
後ろでピーピー吠えるラルも、最初は名前を短く呼ぶことを嫌がっていたが、あまり反論をして来ない所をみると少なからずその気持ちは薄れているのだろう。この文句を言いながらも騎士団に馴染んできた緩い光景をみると自然と自分が笑っているのを感じた。
「よし、出るなら絶対に優勝だ。決勝で当たるのは高確率でクレスタのチームだ。で、ルールだが――」
「ク、クレスタ様ッ!?クレスタ様も参加されるのですかッ!?」
ルールを説明しようとしたが、クレスタの名前を出したところでラルが異常に反応を示す。まぁ総司令官ともなる人間だ、ラルとクレスタでは力の差も経験の差も遥かに違い、目標や憧れするのには納得が出来る。
「なに、そいつって強いの?」
あまり軍に長くいなかったヴィスタが、物珍しそうにラルへと聞いたが、その一言がまさかラルの饒舌をどんどんと露にしていく事となるとは、まだ誰も思わなかったのだ。
「つつつつ、強いも何も!クレスタ様は軍の頂点に立たれるお方ですッ!!その剣筋は光の様に速く鋭くて、それでいてとてつもなく重い・・!一度だけ受けさせていただいた事があるのですが、恥ずかしい事に手が痺れ、剣を持ち続ける事ができなくなってしまいましたっ!!!」
ラルの早口具合に騎士団は全員目を瞬かせた。
「あれ、こいつってさ」
ぼそっとアクリアが言うと、誰もが次の言葉を心の内に思っただろう。
(こんな・・・喋るヤツだったか・・・)
考えている間にも、何がすごいとクレスタの戦歴を語り始め、興奮して座っていた椅子から立ち上がって前のめりになっている。クレスタの事を聞いたヴィスタは少し引き気味で、ラルの肩を抑えていた。
「も、もういいよ。わかったからさ・・・」
うんざりして呟いたが、ヴィスタの言葉はラルに届かなかったらしく話はペラペラと進み止まることを知らなかった。そして、それはあまりよくない方向へと加速していく。
「僕は、本当に憧れているんです!!クレスタ様のようになりたいと・・・!・・・・ですが、僕にも気になる事がありまして・・・。数年前までパートナーと組んでお仕事をされていたらしいのですが、そのパートナーの方の事・・・・クレスタ様や側近のリリア様以外、誰に聞いても知らないと言われるのです。」
力説する所で、背中に汗がつぅっと伝う。詳しく調べられると、黙っていない連中もいるだろう。
「クレスタ様にパートナーがいたことは御本人が仰っていた事実ですし、リリア様もそれはそれは素晴らしい方だったと仰っていました。お話によれば、あのクレスタ様と剣を交えても劣る事がなく、大きく振るう剣技はまるで舞の様に美しいと・・・・僕も是非一度、お会いしたいのです・・!!」
(くっそ、余計な事・・大きくしゃべりやがって・・・)
妙に膨らましているラルの期待をどうしてやるか、と思っていれば、クレスタの仲を唯一知るマロンがぼそっと話しかけてきた。
「・・・シーナ。友人と昔よくやりあっていたが・・・勝敗はどうだったか」
ラルを遠目に見ながら、マロンの言葉に意識をを昔に飛ばす。その数字は忘れる事なくしっかりと互いに刻みつけていた。
「・・・128戦6勝5敗117引き分け・・・・だ。どうにか負けたくねぇと意地になってたが・・・まさか、あんな輝いた目で話される事になるなんてな・・・」
乾いた笑いを零すと、ラルの表情がより一層輝いたように見えてしまう。どうやら、クレスタとの関係は当分伏せておいたほうがよさそうだ。
「膨らんだ期待のまま夢をみさせてやるとしよう」
まだ話を続けるラルに二人して笑い、まぁ元相棒だと知れる事はそうそうないだろうとその場での話を終えた――