風に吹かれて、明日へと踏み出す
シーナ視点です
治療室、と呼ばれている私にとっては豪華な部屋で騎士団の未来について話し合った後、ラルは惜しみながらも兄が待っているのだと慌ただしく部屋を出ていった。振り返った顔は清々しい笑顔で、ラルの中でも一つの区切りが訪れたのかもしれない。
そんなラルを見送ると、騎士団の面々は新しい拠点の話で盛り上がりはじめて、早々に場所を考えたいらしく動ける3人で資料を集めに出ていった。部屋に残ったのは私とリリアとクレスタだったが何を思ったのか、リリアは書類整理があるので、と言いながらクレスタの肩を叩いて部屋を出ていってしまった。
残されたクレスタは少し難しそうな顔をしているが、私への文句でも始まるのだろうか。
「最後じゃねぇって言っただろ」
「・・・わかってるよ。でもね、シーナが薬の効果を受けてるって聞いて、リジュの居る屋敷に向う時・・・もう最後だと、思ったんだ」
どうやらクレスタは私への文句ではなく、上手く纏まらない自分の考えに難しそうな顔をしているらしい。
「もう、君の声は聞けないと思ってた。もう、君の笑顔は見れないと思ってた」
淡々と言葉を並べているだけなのに、クレスタの瞳は救いを求める様に訴えてくる。
「リジュが窓から落ちていなかったら・・・僕が、僕がきっと殺してた。君の剣に刺されても良い、それでも、僕は・・・僕を、止められなかった」
その瞳が、不意に初めて会った時のクレスタに重なって、クレスタが少し幼く見えてしまった。
「ねぇ、シーナ。・・・僕は小さい頃からそうなんだ。人を殺して、殺して、リジュが嫌うのもわかってしまうくらい僕は狂ってしまっているんだ。・・・ずっと、言えなくてごめんね・・・。皇族の事も、僕の昔の事も・・・もう言ったら、終わりだと思ったんだ。嘘を嘘で重ねていって、結局僕は君を一番傷つけたね・・・ごめん」
俯いたクレスタに、出会った頃の記憶を思い出していく。あまりきちんとは覚えていないが、あの時私に手を差し伸べてくれた少年の印象は“嬉しい”を知らない奴、という感覚が一番大きい。
「なぁ、クレスタ」
私のかけた言葉に顔をあげたクレスタはあの頃と同じで、何かを必死で追い求めているのに諦めた、そう感じさせる無気力な顔だった。
私はクレスタのこの顔をやめさせる特別な言葉を知っている。
「お前は昔っから考え過ぎだ。・・・誰が何を言おうと、今の私があるのはクレスタのおかげだ。私はお前に会えた事、嬉しいよ。なぁクレスタ、お前は違うか?」
同じような言葉を言って、初めて出会った日に泣かれた事は朧気に覚えている。私の言葉に少し度肝を抜かれたのか、驚いたクレスタは目を丸くさせた後、ぽろっと一粒の涙を零した。その一粒が留め具だったかの様に、涙は終を見せない程流れ始める。
「・・・う、シーナぁ・・・うれしい、うれしいよ、シーナに会えて、僕は・・・!」
「あーあぁ、みっともねぇなぁ。・・・結局、私等は最初っから変わってねぇって事だな」
体を大きくしただけの違いで、同じ情景を繰り返している私達に少しだけ笑いが漏れた。色々な回り道はしてしまったが、互いの大切さは初めから何一つ変わってなどいない。
「それに、クレスタが実戦積んでたなんて、小さい頃はわからなかったが・・・軍に入りゃわかってたけどな」
「・・・え」
「軍に入った時からクレスタもそこそこ飛び抜けてただろ。実戦積んでる証だし、賊の出だと私は思ってたな。それに任務一緒にこなしてた頃から、命を落とす奴だっていたし。こんな仕事してるんだ、クレスタをラルみたいに純粋野郎だって思った事はねぇよ」
「・・・・・僕、喜んでいいのかな・・・?それとも・・・悲しむべき、かな・・・?」
「・・・まぁ、何が言いたいかっていうと、大事な奴って事に変わりはないってことだ」
今回の事件で一番はっきりしたことは、自分の気持ちだった。誰かが私の事をどう思っていようと、大事なことは私が相手をどう思っているのか。
たとえ裏切られていても、今までの思いを全て含めて私はクレスタを殺したくはなかった。それが、自分にとって答えなのだとわかるまでに、少し時間は掛かりすぎてしまったけれど、一歩だけ、前に進めた。・・・そんな気がする。
「そっか・・・・シーナ、ありがとう・・・ありがとう」
涙を片手で拭いながら言葉を漏らすクレスタの瞳からは、もう諦めは感じられない。鼻水をすすりながらみっともなく、嬉しそうに笑う。
「別に、礼言われることは何もしてねぇよ。今回はお互い様ってやつだ」
「いいんだ、そのおかげで、僕は少し前にすすめる気がするから」
「・・・・はは、それも・・・お互い様、だな」
私の言葉に優しく微笑んだクレスタに、私も嬉しくなってきた。やはり、友人に喜んでもらえるのは、嬉しい。
「あとね、やっぱり・・・近くに居なくなるのは・・・寂しいね」
「まだ言ってんのか。私の意志は変わらねぇぞ」
「シーナは、寂しくないのかい?」
クレスタに改めて問われると、今まで考えた事がなかった。そんな思いに今気づいてしまう。
「・・・言われてみれば、あんまり考えてなかったな。でも、今までと変わらないだろ?会おうと思えば会える距離だ。今までだってそんなに頻繁には会わなかったし、任務だって何でも屋だからな、手伝うぞ」
「はは、そっか。そうだね・・・いつでも会えるか・・・」
「あぁ、いつでも会える。・・・でもそうだな、ラルの兄貴はやっぱり好きじゃねぇからアイツには会いたくねぇ」
「はははは、ふっ、ふふ・・・わかった、連れていかない様にするね」
「頼むぞ」
きっと、これからも最初のラルみたいな皇族は嫌いだろうし、王様って奴も好きにはなれないと思う。それでも、皇族の中にはいい奴もいるし、王様でも全員が同じではないことも少しずつ自分の中で受け入れられる様にもなってきている。
大事な事は相手の事を知っているか、そして自分が相手のことをどう思っているか。
もちろん、間違える事だってあるから、きっとこの先、悩む事もあるだろう。けれど、少しずつ、時間をかけてでもまた少し、進めるといい。
そう思って笑いを漏らすと、横にいたクレスタも笑った。
「なんだ?私の笑った顔、そんなに面白かったか?」
「はは、違うよ。僕も嬉しかったんだ。・・・あのね、まだあるんだけど」
視線を彷徨わせて告げるクレスタは、私にまだ隠していた事を言いたいらしい。
「今度はなんだ?何でも良いぞ、言ってみろよ」
「・・・その、ずっと言おうか言わないでおこうか迷っていたんだけど、その・・・」
顔を赤くし始めたクレスタが、いつも以上に視線あちこち向けている。
「?なんかやらかしたか?」
私の問いかけに、勢い良く顔を上げるとその顔は妙に真剣だった。そして、クレスタの手がベッドの上に放り出していた私の手を両手でぎゅっと力を込めて握る。
「あのね!僕、ずっと、ずっとシーナの事・・・・」
このあと、ゴロツキ騎士団長と軍総司令官がどうなったかは、
「ゴロツキ騎士団」
とは、また別のお話―――――――
END
一応完結しました。
ここまでお読みいただいた方、誠にありがとうございます。
また違うお話が書けるといいなぁ。