新米騎士、武器を構えて
「リジュを殺そうとしても、君の声でシーナと戦う事になるのなら、先にシーナから相手してもらおうかな」
平然と告げたクレスタの行動に、私は驚いた。が、私よりも隣にいたリジュの方が驚いたみたいだ。
「・・・何を、言っているの・・・?貴方にシーナが殺せる?まぁ殺しても、悲しい運命は代えられないけれど」
動揺で視線を彷徨わせたリジュを面白そうに笑うクレスタに、私も動揺を隠せなかった。唯一自由の思考でさえ停止してしまいそうだ。
確かに、クレスタの嘘に苛立ちを感じた。哀しみも感じた。けれど、だからといってこんな形で終わらせる事など望んではいない。そう、戦いの本能が占める頭でも感じていた。
「・・・嫌だ、私はっ!!お前を殺したくなんかない、嘘つかれた事だって、仲間と思われてなくたっていい、でも、でももう失いたくないんだ、お前を失えば、全部・・・」
何もかも、失ってしまう気がして―――
そう、言葉が頭に浮かぶと、枯れ果てたと思っていた涙が目からぼろぼろと溢れ落ちていく。考えていただけの光景が、剣を構えるクレスタを目の前に現実となってしまう様で怖かった。
「・・・シーナ・・・」
クレスタが私の名を呼んで顔を切なく歪ませる。瞳にうっすらと水分を含ませた姿に、また胸が締め付けられる。こんな現状、望んでなどいないのに私の手は剣の柄を更に強く握り締めた。
「・・・馬鹿ね・・・貴方が何を考えているかなんてわからないし、わかりたくもないけれど、そうやって混乱させればさせるほど、傷が付いてボロボロになるのはシーナなのよ」
クレスタの苦しそうな人間らしい感情に余裕を取り戻したリジュが、クレスタの行動を馬鹿にしながら笑った。そして、無情な言葉で今度は私を嘲笑う。
「ねぇ、シーナ。早くその男を殺しましょう?貴女の自慢の剣で心臓を突き刺して、そしていけ好かない笑った顔を早く歪ませたいの」
笑いながら告げるリジュの声は、思った以上に私の頭を響かせる。頭の中で大きく反響して木霊するリジュの言葉は、「心臓を突き刺して」だった。
「・・・いや、だ・・・いやだ、いやだっ!!!」
私はせめてもの自分の意志を示そうと心の内を言葉にするが、体はどうしても言うことを聞かなかった。一歩言葉と同時に進めば、剣を握った右腕をクレスタ目がけて振り上げてしまう。クレスタの首を狙った斬撃は構えたクレスタによって弾かれるが、私の攻撃は一度では終わらなかった。
「逃げろっ、私の前から、逃げてくれっ」
首、腕、足、そして心臓に狙いを定めながら繰り出す剣をクレスタは器用に弾いていく。
「僕だって、嫌だっ、君に、伝えてない事が、たくさんあるんだっ」
小刻みに鳴る剣のぶつかり合う金属音が、戦いの激しさを際立たせる。その様をリジュは嬉しそうに見つめていたが、騎士団の面々はやっと自分の起こす行動を決めれたらしい。視界の隅で動いた影は、おそらくアクリアとヴィスタ。こんな状況になっても冷静に考えてしまう戦いの本能が、恨めしいとさえ思えてしまう。
私がクレスタと撃ち合っている横を通り、リジュのところへ向かうのだろうと推測してしまう。もし私がアクリアやヴィスタの立場でも同じことをしただろうと思う。けれど、相手にそれを知られてしまえば、何かしら障害が出来てしまう。
それも、殺せ、と言われている人間ならばちょっとやそっとの障害では済まない。
何度か繰り返した斬撃の最後の力を弱めてわざと大きくクレスタから弾かれる。それを合図に、力の方向をを変えてすぐ横を通り抜け様としたアクリアへ持っていた剣を降り投げ、クレスタから距離をとった。
「っうわっ!!!」
まさか剣が飛んでくるとは思っていなかったアクリアだが、咄嗟の反応に剣先は回避してくれた。だが、その一瞬で少しバランスを崩して隙が出来てしまう。私はクレスタからアクリアへと標的を変えて崩れそうになった足を蹴りつけ、床に転がすと抵抗を示そうとした剣を持つ右手の手首を踏みつけた。
痛みに緩んだ掌から瞬時に剣を奪い取り、顔面を何度も蹴り上げる。
「がッ、う、ぐ、」
持った剣でアクリアの心臓を狙うが、そこそこ力のある男相手に剣先が定まらない私は、顔面のみならず、向かってきそうになった足、手、そして腹に何度も蹴りを繰り返してアクリアの戦意と体力を奪っていった。動きが鈍くなった数発後に剣を振り上げるが、後ろに足音が響く。
これはきっとクレスタの足音。
「シーナ!」
私を止めるために動いたクレスタを視界に入れると、振り上げられた剣が私を狙って降りおろされてきた。避けるために横へと傾きながら剣が通り過ぎるのを斜め下から見届けると、床にそのまま手を付いた勢いで足を振り上げ、クレスタの手首を払っていた。
「っ、」
衝撃を手首に受けたクレスタが剣を手放すと、私はクレスタを相手にする前に素早くヴィスタへと走りだす。リジュの手前まで迫っていたその後ろ姿に、大きく私は剣を振り降ろした。
「ヴィスタっ!!!」
言葉と同時に振り返ったヴィスタは驚いて剣を構えてくれたおかげで、私の攻撃をなんとか防いでくれるが、弾いた次の攻撃には不意をつかれた様だ。
もう一度降りおろされた剣を驚き、そして少し覚悟を決めたその表情に必死で私は腕を止めようとすると、肉を裂く前に、ヴィスタの目の前で剣は止まってくれた。金属音を響かせて止めたその先を見れば、やはり止めてくれるのは必死な顔をしたクレスタだった。
「っ、やっぱり、シーナの相手は大変だね」
手首が痛みで震えるその右手の力は、先程までの様に強さを感じない。そういう所に、また私は勝機を見つけようとしてしまった。
「っ、クレスタ、もう、」
言葉を紡ぐ前に、体は動く。ぶつかった剣を一度引いて、もう一度ぶつけるとやはり痛みで弱った手首が、行動を鈍らせていた。その手首に容赦なく握り締めていた剣の柄をぶつけ今度こそ剣すら持てなくしてしまう。剣を落としたその音と同時に向けてきたヴィスタの剣先を私は弾くと、その腹に蹴りを入れて私より小さなその体を吹き飛ばしていた。
「かはっ、」
「ヴィスタ・・・!」
腰を付けたヴィスタの腹をもう一度蹴り上げると、ヴィスタから悲痛な吐息が聞こえる。その声に、苦しくなる私だが、体は止まらなかった。
「もう少しね」
私が苦しく感じれば感じる程、リジュの顔は嬉しそうに歪んでいく。このまま行けばきっとリジュが待ち望んだ皇族の絶望が見える事だろう。剣を持てなくなったクレスタが、私と互角に戦えるとは思えない。
転がっている騎士団達ももう戦意は起こらないだろう。抵抗を重ねられた後、私はきっとクレスタの首を跳ねてしまう。
「・・・いやだ、いやなんだ、リジュ・・・お願いだ・・・・」
想像が現実と変わるのはとても容易で、動かなくなった人間達に向かって私の足は動き始めてしまう。縋れるのはもうリジュしかいない。
「殺したくない、リジュ、お願いだ・・・止めてくれ」
これだけ暴力を奮っておいて、何を言ってるのかって自分でもわかってる。クレスタを散々蹴りまくって、もう二度と会うか、と思って飛竜に乗った自分だって忘れた訳じゃない。
でも、やっぱり嫌だ。
何度考えても、騙されていようがクレスタは誰にも代えることの出来ない友人で。
騎士団は私にとって大事な大事な場所なんだ。
それは例えクレスタが皇族でも、目的の為に作られた騎士団でも変わらない。
女だ、と言われて枠に囚われた人間たちを良く思っていなかったのは自分なのに、私もいつしか、皇族、という枠に囚われてしまっていた。
「・・・皇族でも、クレスタは・・・クレスタなんだ。騎士団は騎士団なんだ・・・私にとって、大事なものに変わりなんてない・・・馬鹿だ、今更わかるなんて」
探し続けてた答えは、初めから決まっていたんだ。
「シーナ・・・」
私の名前を呟いたクレスタの声に、思わず顔を上げた。すると、一筋の涙がクレスタの瞳から溢れていた。涙を流すクレスタの考えが全てわかった訳じゃない。でも、私はその涙で十分だった。
「・・・散々疑って、こんなになるまで気づかなくて・・・悪かった・・・。いいんだ、もう騙されてたって笑われたっていい。私も同じだ、クレスタ・・・お前が笑ってくれたら、それでいい」
「ふざけないで・・・!!!!」
認める事で随分と楽になった頭の中に開放感を感じていれば、やはり私とは逆の感情を抱いてしまうらしいリジュが、私の言葉を遮るように怒鳴り上げた。
「なにがそれでいいの、馬鹿なことばっかり・・・いらいらするわ、なんで、どうしてよ、あなただって全て奪われたじゃない・・・!どうかしてるわ、貴女の両親を奪ったのは皇族なのよ!?貴女の故郷を焼き払ったのは、皇族なのよっ!?」
「・・・・私の両親を殺したのは皇族だ・・・・でも、クレスタじゃない。クレスタは私の両親を弔い、私に居場所を与えてくれた、大事な友人だ」
リジュも同じだ。皇族、という枠に囚われて復讐をしている。もう、復讐をする相手などいないかもしれないのに。
「・・・リジュ、私だって憎しみが消えた訳じゃない。孤独な時はあったし、寂しい思いも辛いと思った事だって覚えているよ。・・・でも、もう一度考えてみないか・・・。きっと、」
「っ殺せっ!!!今直ぐ、その皇族を殺せっ!」
言葉を掛ける前に、激情させてしまった。リジュの声に私の体は強く反応を示してしまう。
「リジュ、落ち着いてくれ・・・!」
「皇族が・・・皇族が余計な事をするから・・・!!!」
声を荒らげたリジュは見るからに冷静さを失っている。私の声など聞く耳を持たず、クレスタに鋭い視線を向けた。それに合わせて私の剣を握った右腕も、クレスタへと照準を合わせていく。
「っ、クレスタ、逃げろっ!」
私に蹴られてボロボロだったはずの体で応戦し、そして更に応戦した為に手首まで負傷させてしまった。左手で剣を握れるとしても、もう互角に戦えるとは言いにくい状況だ。
掛け声でなんとか反応を示してくれるが、やはり体が負傷している分、行動が遅い。
「っ、くそ・・・!」
クレスタが私の振り上げた剣を避けて体重を移動させるが、手首の負荷に耐え切れず倒れ込んでしまう。それでも私の腕は止まらない。
クレスタが体を支えようとしている左腕を蹴り、再び床へ転がすと仰向けになった拍子に腹へと踵を降してしまう。体に染み付いた痛めつける行為を覚えた事、今ほど後悔することはないだろう。
「っがはっ、は、あ、」
腹への衝撃の所為で、クレスタの呼吸音が乱れ、声が混じるようになってしまう。これはそう、本当に苦しくて息が出来なくなり、酸素を欲している証拠だ。けれど、腹への衝撃で上手く内蔵が機能していないのだろう。
そんな苦しむクレスタの心臓を目がけて、私は剣を突き刺すように持ち替えてしまう。
「・・いやだ・・・!お願いだ!リジュ!止めてくれ!殺したくない、もうこれ以上失うのは嫌なんだ!」
クレスタの上に涙の染みが出来ていく。殺したくない、そう思っているのに、腕を止めようと思っているのに、思い通りに動かない体に苛立ちと焦りが募っていく。
「っ、はぁ、シ、シー・・・ナ、ごめ・・・さ、いご、に・・・」
口を半開きにさせたまま、クレスタが必死に言葉を紡ぐ。けれど、最期だなんて言葉、聞きたくなかった。
「嫌だ、嫌だクレスタ、動けっ、お前なら簡単だろ、」
足で固定した自分が言える言葉じゃないとわかっていても、涙で滲むクレスタの顔は穏やかに笑っていて、その笑顔が私に軽口を叩かせた。いつもの調子で話す言葉のはずだが、それに返される言葉は無かった。
「クレスタっ、クレスタ!!!」
クレスタがゆっくりと瞳を閉じたのを見届けて、私は振り上げていた右腕を勢い良く心臓目がけて降していく。
「目を覚せっ!!!馬鹿野郎!」
言葉に反応することもなく、私はクレスタの心臓を貫く自分の行動を見ていられなくなり、ぎゅっと固く目をつぶってしまった。
だから、気がつかなかった。
私の背後に、もう一人戦う人間がいたということに。




