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ゴロツキ騎士団  作者: ころ太
第四章:風に吹かれて
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皇族の男、武器を構えて

シーナ視点です



「なんで・・・お前等がいるんだ・・・」


 リジュが来たおかげで声は出せるようになった。でも、体が言うことを聞かない。

 本当は部屋の窓から逃げ出したいくらいに今は顔を見たくない奴等ばっかりだ。そのはずなのに、クレスタが浮かべる苦しそうな表情に、私は頭までおかしくなりそうだった。


 「なんで」の理由を聞く前に私はきっと、リジュの駒となる。


 自分の意志に反して引き抜かれた剣、その行動は嫌に頭に響くリジュの「殺してしまわないと」という言葉から来ているのだろう。そしてその行動は、これから起こる惨状を簡単に想像させた。目の前に居る騎士団とクレスタ、リジュの姿に頭がぐちゃぐちゃになる。


 そんな考えのない頭だが、本能が告げる危険は私の混乱を伝えることではない。


「っ、構えろッ!!!!」


 咄嗟に口にした言葉と同時に、体は勝手に動き始める。考えるな、そう思うのに戦い慣れした私は所業病のごとく騎士団やクレスタと見渡して剣を引き抜いていないラルへと視線がいってしまった。

 仮にだ。仮に、騎士団とこの状況の中戦う事になるのなら、私は剣の引き抜いていないラルを真っ先に狙うだろう。そう思考がたどり着いた時には、本能のままに剣を握った右手に力が篭っていた。


「ラル!!抜け!!」


 言うが早いか、行動が早いか、一歩踏み出した足はやはりラルへと向かっている。驚いている騎士団もクレスタも、私の行動を見守るだけで動き始めない。


「私を止めろッ!!!ラルを殺す気か!」


 私の言葉で意識を一番早く覚醒させたクレスタが剣を持つ私の腕を掴みに手を伸ばす。だが、それでは私は止められない。


「っ!」


 言葉にする前に、近付いてきたクレスタの手を潰そうと私の剣が向きを変える。構えていた右手をクレスタの手から逃げるように小さく振り、そのままクレスタの掌に剣先を向けると、掌の中心を串刺しにする様に一気に速度を速めてしまう。

 咄嗟に反応を示したクレスタは恐らく経験の賜物だろう。言葉が飛び交うより先に抜いていた剣で私の剣先を弾いた。行動を起こしたクレスタならもちろん、見ていた騎士団の連中も今の事態を理解してくれたのかもしれない。

 マロンやヴィスタ、アクリアも剣を構えて緊張感を走らせる。


「早く剣を抜けッ!!!殺されてぇのか!」


 なのに、ラルと言えば惚けたままの状態を保っている。


「お前は自分が弱いってわからないのかッ!!この中にいれば狙われるのはお前だ!」

「なっ!僕はそんな」


 反論をしているラルに苛立ちが更に募る。見れば見るほど隙だらけなのだ。


 私は昔から戦いにおいて判断をすることが早いほうだと思っている。

 今の不抜けた状態でラルが剣を抜くのにかかる時間、それはきっと私がラルの首を飛ばす方法を判断するより遅い。が、クレスタやマロンが邪魔に入ればラルは剣を抜く事が出来るだろう。


 ヴィスタとアクリアは距離から考えて反応しきれない、そう踏まえてクレスタとマロンが止めてくれる事に祈りを込めると瞼が勝手に降りてきた。恐らく視界が遮られるこの一瞬が、ラルの最後の時間稼ぎだ。


 瞼を開いて見えてきた視界、その動作が随分とゆっくりな様に感じる。5人が各々で私の様子を伺うのが見え、私の馬鹿な頭はまたも戦う事を考えてしまった。

 最初に捉えたのは一番遠くに居る呆然としたラルの姿。そう見えた瞬間に私の腕はラルの首に向けて剣を勢い良く投げつけていた。その剣の行方を見届ける前に、剣を離れた私の手を止めようと伸ばすマロンの腕を払い除けた。


 そして勢いが無くならないままマロンへと一歩足を踏み出すと額をめがけて左の肘をぶつけに行く。もちろん両手を合せ、右腕で支えながら確実に狙った。

 

「っ、シーナ、やめろ!」


 マロンの悲痛な声が聞こえてくるが、私だって自分の意思で動くなら、こんな行動を起こしてはいない。


「ばかやろっ、やめれたらとっくにやめてんだよっ!!」


 私の肘をずらして紙一重で躱したマロンはもう一度私に腕を伸ばすが、今度はその腕を避けて体を振った勢いで床に手を付き、遠心力を利用して持ち上げた足を思いっきりマロンの頭へぶつけてしまった。


「がっ、」


 見事に頭に衝撃を喰らったマロンは頭を押さえて床へ腰を付けてしまう。恐らく脳に衝撃がいってしまった為に少しの間は動けない。そして投げた剣の行方を見ると、やはりクレスタが反応して弾いてくれていた。床に転がった私の剣はアクリアが回収してくれているが、私の必要とする武器は自分の剣だけではない。


 倒れたマロンからそっと剣を奪うとそのまま喉元に剣の刃を当てる。


「ッ!早く意識を戻せ、マロン!!」


 瞼を降ろしたままのマロンに声をかけるが、反応が無い。言葉とは裏腹に振り上げた刃は無情にもマロンの首へと向かっていく。


「起きろっ!!!!」


 私の本能が、次に視界に映るのは血飛沫だと予想させる。浮かぶ光景が手に取るようにわかって、今まで培ってきた経験が嫌になる。必死に勝手に動く腕を止めようと力を込めるのに、私の意志など関係なくマロンの首へと向かう刃を凝視してしまうだけだった。


 あと指一本分程の距離、そう思った瞬間に剣の刃が金属音を鳴らして止まる。


「全く、本当に油断なんて出来ないよね」


 力を込めてもマロンの首に到達しない刃は、どうやらクレスタの剣が受け止めてくれたらしい。

 力勝負になれば圧倒的に私は負ける。それをわかっている私の体は力の方向を変えて刃を滑らせて剣を払うとクレスタから距離をとった。

 

「あら、もう少しだったのに」


 場違いな優しく甘い声が、廊下に響き渡る。その言葉に私よりも反応を示したのはクレスタだった。


「はは、久しぶりだ・・・こんなに怒りで頭がおかしくなりそうになるのは・・・本当、リジュ・・・君は僕の怒りを煽るのが上手いね」


 そう呟いたクレスタの声は、任務中でも聞いたことが無いほど低く、鋭くそれでいて心の無い冷徹さを秘めていた。剣を握る拳は震える程力が入っていて、伝わる衝動で刃がカタカタと音を立てた。


「シーナ、君を侮辱された時も・・・こんな気持ちだった・・・。だから僕は、判断を間違えてしまったんだ、肯定すれば、守れる・・・そう思っていたんだ」

「・・・クレスタ・・・・」


 告げられた言葉の意味の深さまで直ぐには理解が出来なかったけれど、クレスタが酷く後悔をしていることは伝わった。本当は私の事を悪く言うつもりは無かった・・・のかもしれない。


「・・・退屈ね、そのお話」


 クレスタの真意をクレスタの言葉で知りたい。

 そう、私の中に芽生えた気持ちを一気に刈り取る様にリジュの言葉が冷たく刺さる。


「ねぇ、どうでもいいの。貴方がシーナの事を悪く言おうが、シーナが貴方を嫌いになろうがね。まぁ、シーナがこの屋敷に戻ってくるいいきっかけにはなってくれたけれど。・・・大事な事は順番に殺されていくって事、大事な大事なシーナの手によってね。・・・・あぁ、別に大人しく殺されなくってもいいのよ。シーナを殺せるのならね」


 私が出てきた部屋の扉に体重を預けて気だるそうに告げるリジュに、私の逃げ道はないのだと思い知らされてしまう。


「でもきっとシーナを殺せないでしょう?これから貴方達の顔は絶望に歪んでいくの。死ぬことへの絶望、逃げれない絶望、殺される絶望、残される絶望・・・みんな同じ思いをすればいい」


 止められない、とばかりに笑うリジュは異常だった。感じる異常は、罪悪感がないことだ。まるで何も間違っていないとばかりに非道な事を伝えてくる。


「リジュ、なんで」


 どうして、こんなにも違ってしまったのだろうか。

 同じ運命を与えられ、絶望を味わい、幸せになる切欠まであったのに。まるで正反対に進んでしまった。

 産まれた故郷が違う?起こった出来事が違う?教えられた事が違う?生きてきた環境が違う?


 そんな事が二人を分ける事は無かった。


 そう、ただ違うとすればそれは思い描いた未来。


 私は、手をとってくれた人との新たな温もりを求めた――――

 けれどリジュは、手をとってくれた人にも同じ運命を求めたのだ。


 私が家族に対して、焼き払われた故郷に対して、淡白だったのかもしれない。リジュの方が家族が大事で、故郷を愛していたのかもしれない。けれど、平等、それこそが正しい訳ではない。だからと行って、不平等、それこそが正しい訳でもない。

 同じ道を進んだ複数の人間の複雑に絡んでしまった運命の糸が、今、解けようとさらに絡める力を強めてしまっている。


「どうして?なんで?シーナはそればかりね。理由なんてない。私は絶望も知らずに偽善者ぶってる皇族が大嫌いなの。もちろん、偽善者にもなれない皇族も嫌いよ。それとここの屋敷の人間みたいに優しさを押し付けて笑う人間も嫌い。私が唯一幸せを感じるのは目の前に居る人間の顔が歪む事、香失草は私の至福に最適だったの。女で効力がない私には運命すら感じたわ」


 そう幸せそうに笑うリジュの瞳に映る私の顔は、きっと彼女を喜ばせる程のものなのだろうと知れた。説得とか、話し合えばとか、もしかしたらわかってくれるかもしれない、こんな事間違っていたと思ってくれるかもしれない。

 私はそんな事を思い描いていたけれど、リジュの言葉は、私の思いを全て否定してくれた。

 リジュは感じているものからして違う。彼女の悪は邪魔をする私達なのだから。


「そんなの・・・おかしいです・・・!」


 生真面目なラルからすれば、リジュの言葉は理解を超えるものだろう。それはもちろん、リジュにも言える。


「おかしい・・・・?じゃあ・・・何が正しい?何が間違っている?そんなの決めてどうするの?小さい頃に皇族から故郷も、家族も、未来も奪われた。・・・ねぇ、それでも私は間違っていて、貴方は正しいの?皇族の人間は正しいの?自分が正論みたいに話されるの、虫酸が走るのよね、やめてくれないかしら」


 呆れた様に息を漏らしたリジュと言葉を返せなくなってしまったラルが分かり合う事など恐らく無いに等しいのだと思う。だからこそ、もう私にも自由など無いのだと開放されることなどないのだと、容易に予想がつく。


「ねぇ、シーナ。誰の顔から歪ませてみる?皇族から?それとも貴女の大切なお仲間からがいいかしら・・・・ふふ、ねぇ、とっても素敵。貴女のその絶望に歪んだ顔・・・真っ暗になってしまった瞳。初めて見た日から、その顔を見たくて見たくてたまらなかったの」


 するりと頬を撫でる小さな手に応える様に私の目から涙が溢れた。何故か、なんてわからないけれど、これから私に待っているのは仲間を殺すことか、仲間に殺されること、そして、皇族の人間達を殺して行くことなのだろうから、暗く沈んだ気持ちになるこの感情は、リジュの望む、絶望。

 

「・・・させないよ。君とはどうやってもわかりあえないみたいだ・・・。でも君と僕は少し似ているかもしれないね」


 静かに響くクレスタの声が、私の耳にも届く。先程の激情を滲ませる声ではなくて、闘志を秘めていながらも落ち着いた、冷静さを含ませる声。

 

「嫌だわ、鳥肌が立つからやめて」


 それに嫌悪感を示したのはもちろんリジュで、気持ち悪いとでも言いたげに大げさに腕を摩っていた。その行動に、クレスタの唇はゆっくりと弧を描く。穏やかに見える表情だが、どこか諦めた様にも見えてしまった。クレスタの表情に私胸が深く痛み始める。


「君にも譲れない想いがある様にね、僕にも譲れない想いがあるんだ。いや・・・誰にだってあるんだろうけれどね。似てると思ったのはそれを貫くために手段を選ばない事さ」


 クレスタの瞳が、少しずつ動いて私の姿を捉える。


「僕はね・・・幸せの切欠をくれたシーナの笑顔を守る為ならなんだってする。リジュ、君を殺してもね。まぁ、そう簡単にさせてはくれないのだろうけれど」


 笑いを零して、剣を構え直したクレスタの矛先は私に向けられた――――




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