屋敷の娘、武器を構えて
ラル視点です
「っ、リジュ嬢、いらっしゃいますか!?ここを開けてください!」
雨で思った以上に時間をかけてしまった僕達は、再び村まで戻ってきた。大きな屋敷の木製の扉を慌ただしく叩き、音を響き渡らせるが、リジュ嬢は現れなかった。
「・・・おかしいですね、どこかに行かれているのでしょうか」
僕は扉を叩いていた手を離し、後ろを振り返ると騎士団、そしてクレスタ様が顔を渋めた。眉を歪めたクレスタ様は僕の横を通り扉のノブを捻ると大きめの扉はゆっくりと開いていった。
「クレスタ様、勝手には・・・!」
「・・・そうは、言ってられないんだ」
返事を返してくれたクレスタ様は僕の顔等見ては居なかった。屋敷の中を鋭く見据えると一歩一歩進んで中へとはいられてしまう。
「そういうことだ、ラル。こういう時に礼儀がどうの言ってる場合じゃねぇ」
それに続くマロン、
「そうそ、手遅れって言葉知ってる?」
「まぁ、女の子の所に勝手に入るのは俺だって気が引けるけどな~」
ヴィスタもアクリアも続いていく。
「・・・調査の・・・為ですから、やむを得ません」
そして僕も続いて、屋敷の中に足を入れた。
屋敷の中は随分と静かだった。本当に誰も居ないのではないかと思ってしまうほど物音もしない。けれど、きょろきょろと周りを伺っていた僕とは違い、先頭をきったクレスタ様は無遠慮に部屋の扉を次々と開いていく。
「・・・くそ、この階は部屋の数が多くて時間がかかる・・・手分けをしようか」
部屋数の少ない下の階から順番に見てまわり、一番上の階へとたどり着いた所で、クレスタ様がそう告げるとマロンも賛成の意を示して頷いていた。確かにシーナの体の事を考えると時間は少しでも早い方が良い。僕もその判断に頷きを返してクレスタ様とは別の扉を開こうとしたその時。
探していた声が廊下の奥から聞こえた。
「あら、忘れものかしら?」
その声は村で初めて挨拶を交わしたときと何一つ変わらない声色で、僕はオーリンの手紙が作り話だったのかもしれない、そう感じてしまうほどだった。
ゆっくりとこちらへ歩いてくる仕草も、微笑む優しげな笑顔も彼女は出会った時から何一つ変わらない。
「・・・やあ、久しぶりだね。・・・僕の事、覚えているかなぁ」
片手を上げて挨拶をしたクレスタ様の顔は表情は笑いかけているものの、目が真剣さを物語っていた。そう、まさに感情を隠している顔とはクレスタ様の様なものだろう。
リジュ嬢の顔をいくら伺っても彼女は恐らく、僕達が戻ってきてくれて嬉しいという感情の顔しかしていない。後ろめたい事実があるような顔には見えないのだ。
「もちろん覚えているわ。運命を変えてくれたライア家の方だもの。シーナさんにもお伝えをお願いしたわ」
「それは光栄なお言葉だね。・・・その言伝をお願いしたシーナが来ているだろう?外に飛竜も繋いであった。・・・シーナはどこにいる」
声の高さを一段と低くして問く最後のクレスタ様の声に、ぞくりと鳥肌が立つ。自分に向けられている訳でもないのに、感じる寒気の原因はクレスタ様からひしひしと感じる殺気の所為だ。
「随分と怖い言い方をするのね。シーナさんなら少し前に来て、部屋にいるわ。とても悲しんでいたから・・・少し落ち着いてもらおうと思っていたのだけれど」
その言葉に息を飲んでしまう。
僕が会ったシーナも、弱々しくて、何かに怯えている様だった。その姿の経緯を知ってしまうと僕は心臓の辺りがぎゅっと痛くなった。
「シーナは・・・いえ、シーナに会わせていただけませんか?」
そう告げた僕の声は少し震えていたのは、きっとシーナから拒絶される事が明白だからだろう。けれど、クレスタ様の思いを伝えなくてはいけない。
きっとシーナは誤解をしたままで、クレスタ様の真の思いまでは気がついていないから。
「ええ、もちろん。こちらにどうぞ」
リジュ嬢から視線をそらさないクレスタ様も、その言葉に少し安堵を浮かべて足を動かし始めた。歩き始めたリジュ嬢の後ろをクレスタ様、マロン、ヴィスタにアクリア、続いて最後に僕はその後を付いて行くことにした。
人数分の足音が響く廊下に声音を付け足したのはまたもやクレスタ様だ。
「ねぇ、そう言えば君、香失草を知っているだろう?オーリンをあんな末期に追い込んだくらいなのだから」
確信をついた質問に、思わず歩が止まってしまう。それは僕だけでなく、聞いたクレスタ様も、そして聞かれたリジュ嬢も同じだった。
クレスタ様はリジュ嬢の後ろ姿を睨むように鋭い視線を向けると、それに応えるかの様にリジュ嬢がゆっくりと振り返る。
リジュ嬢の微笑みが、初めて崩れた表情だった。
動向が開き、見開いた目は憎しみを込めてクレスタ様を見据えている。それなのに口は笑っていて、僕は戸惑いを隠せず指先に震えが走った。
「可笑しな事言うのね・・・貴方の方が知っているでしょう?なにせ、ライア家の所から持ってきたのだもの」
憎しみに染まったその瞳が更に歪んで弧を描く。荒れた天気の所為で光の入らない廊下が、リジュ嬢の表情に一層深く陰りを見せた。
「そうか・・・っ、あの時君は資料と一緒に香失草の種を既に持っていたんだ・・・!」
何かを思い出すと同時にクレスタ様は腰に帯びていた剣を引き抜いた。場の空気に緊張感が走る。
「あの時から・・・香失草を使うつもりだったのか・・・!助ける相手を僕は・・・間違えていたみたいだね」
剣を向けられたリジュ嬢は怯えるどころか表情を崩さずに抑えていたような笑いをこぼし始めた。
「ふふ、ふ、だからどうしたっていうの?私を殺す・・・?自分が正しいとでも言いたげね。その香失草を使っていたのは何処の皇族?・・・ふざけないで、傲慢な人」
近くの部屋に手をかけたリジュ嬢の動きを不信に思って、マロンやヴィスタ、アクリアも剣をゆっくりと抜いた。そんな行動をさせる程、今のリジュ嬢の表情や行動は不気味で仕方がない。
女性に剣を向ける事がどれ程非常識な事かは理解しているつもりだったが、僕もその不気味さに、思わず剣の柄に手を置いてしまっていた。
僕たちが取った行動を見て、リジュ嬢の表情は更に歪んで不気味さを増していく。
「物騒ね・・・怖いわ・・とっても怖い。武器を持たなきゃ殺されてしまうわね」
口角を上げて笑いを零すリジュ嬢が、ゆっくりと手をかけた扉のノブを捻る。自然と開いていく扉の中は薄暗くてよく見えないが、きっとリジュ嬢の武器がそこに置いてあるのだと話の内容で捉える事が出来る。
「でも剣を持っても私は戦えないから、直ぐに怖い人達に殺されてしまう」
―――――だから、
そう続けたリジュ嬢の言葉と同時に見えた部屋の中に、驚いて声もあげれなかった。
「私の武器は、剣を持つシーナ」
部屋に入るリジュ嬢を止めなければ、と思っていたが体が追いつかない。それは一番近くにいたクレスタ様も同じだった様だ。
「ねぇ、殺される前に、殺してしまわないと」
リジュ嬢の言葉に、従う様に腰の剣を引き抜いたシーナの表情は怒りの様な哀しみの様な戸惑いの様な、複雑な顔をしていた。




