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ゴロツキ騎士団  作者: ころ太
第四章:風に吹かれて
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団長、体を失う

シーナの視点に戻ります。



 雨に打たれた中で、私は何をしていただろうか。

 頭が重くて、体がだるい。それでいて香る甘い花の香りに気分が悪くなりそうだった。


「・・・・・ん・・・」


 重い瞼をゆっくり持ち上げると、見えたのは先日まで滞在していた見覚えのある場所だった。綺麗に整えられたその場所はおそらく可憐な少女の部屋。


「・・・私、なんで・・・」


 何で、この部屋にいるのだろうか。重い頭を手で支えようと腕を持ち上げようとしたが、それは叶わなかった。私は椅子に座っており、軋む体が長時間同じ体制だった事を物語る。動かない体を不思議に思い周りを見下ろせば、私の手は後ろ手に両手を縛られ、椅子の足に足首を括りつけられていた。


「っ、なんだ・・これ・・・」


 一気に頭が覚醒した。ギリギリと痛む手首と足首、そして覚醒と同時に大きく吸い込んだ息と一緒に香る匂いに思わず咳き込んでしまった。


「っぐ、っかは、っ」


 噎せ返る匂いを振り払うように頭を振れば、その衝撃で脳みそが揺れる様に視界まで揺れてくる。機能しない三半規管に苛立ちながらも、ぐらりと揺れた体重はそのまま床へと私を叩きつけた。

 大きな音を立てて椅子ごと転がった私はそれでも匂いを避けようと床に鼻を押し付けると、扉の向こうから物音がした。


「・・・あら、シーナさん起きたの?」

「・・・リ・・リジュ・・・?」


 ゆっくり扉を開いて入って来たのは、別れた時と変わらず可愛らしい顔のリジュの姿。その顔は嬉しそうで、オーリンを失ったとは思わせない様な微笑みを浮かべていた。


「っ、リジュ・・・なんで・・・?」


 私は荒れる天気の中、リジュの屋敷にたどり着いた事を思い出した。そして嬉しそうに出迎えてくれたリジュに進められるまま部屋へと入るとこの匂いに気分が悪くなって動くことも出来なくなってしまったのだ。


「あら、覚えていないの・・・?シーナさん、途中で倒れてしまったのよ?」


 心配、をする表情ではなかった。瞳は強く私を捉えたまま、口角だけが嬉しそうに歪むその顔は、恍惚、という言葉が相応しいだろう。

 ゆっくりと私に近付いて来たリジュは床に這いつくばった私の頬を冷たい指先で優しく撫でていく。


「全部、お話したのに・・・・オーリンの事も。このお屋敷の事も。皇族の事だって」


 リジュが静かな声で紡いでいく言葉の一言一言に、私の脳が倒れる前の現状を思い出していく。噎せ返る様な香りの中、リジュは淡々と今まで起きた出来事を話していたのだ。オーリンと香失草の事、屋敷で起こした悲劇の事、そしてリジュが皇族に同じ思いをさせようとしていること。


 そして匂いが充満する部屋で話をするリジュの声が、私の体を益々香失草の餌食にしているということも。


「・・・リジュ、なんで・・・」


 香失草の効力がまだ体や頭で理解は出来ない。けれど、ラルから聞いた実験の話を思い出して私は身を震わせた。私の恐怖を感じ取ったリジュは、まるで悪戯が成功した様に純粋に、そして残酷に微笑む。


「ふふ・・・なぜ?シーナさんはおかしいと思わないの?どうして私達ばかり酷い思いをしなければいけないの?どうしてあの人達は大事な人を奪われないの?独りの苦しみを知らないの?・・・・ねぇ、おかしいでしょう?」


 微笑みを崩すことなく転がった私の腰から鞘に収まっていた刀身を引き抜く。鞘を滑る刃の音が妙に部屋に響いて、私の緊張感は高まっていく。


「・・・貴女は嬉しそうに皇族の人間と笑っていたものね」


 輝く刀身の光がリジュの瞳を捉えた。移った眼差しがやけに冷めていて、先程まで笑っていた表情までもが冷め切っていた。

 不意に窓の外を見たリジュの顔は鋭さを増して、その表情と比例する様にリジュの剣を握る拳の力が増していく。


「世界ってとても不平等・・・・だから、少しくらい平等にしようと思うの」


 そう言って口角を更に上げたリジュの顔は憎しみに染まっていた。リジュはそのまま持っていた刃を滑らせ、私を縛っていた手首と足首の縄を斬って耳元で優しく囁く。


「そうね、私が来るまで声はだしちゃだめ。大人しく待っていて?・・・まずは驚かせてあげましょう」


 何を言っているのか、問いかけたいのに唇が震えて声が出ない。息を吐く音しか出てこない私の口は、リジュを止めることすら出来なかった。縄を斬られて自由になった手足ですら動かない。


 これが、香失草の効力。


 考える事は出来るのに、体が言う事を聞かない。まるでリジュに支配された様に、リジュの言葉通りになってしまう。そんな様子の私に満足したのか、リジュは笑を一層深めて私の剣を鞘に収めた。


「皇族に私と同じ絶望の味を教えてあげるわ」


 動向を開き、口に弧を描いたまま言ったその言葉に、私はリジュの事を勘違いしていたのだと思い知らされてしまった。部屋を出ていったリジュの後ろ姿は、最初と出会った時と同じ印象で、可愛らしい女の子だ。


 けれどリジュの中身は憎しみに支配された復讐に取り付かれた悪魔の様だ。その表現が一番似合っていると思えてしまう。屋敷で起こった出来事、オーリンの身に起きた出来事、一つ一つをとっても正気の沙汰で行えることではない。

 でも、もしかしたら何か切欠があれば、リジュも思いを改めてくれるかもしれない。そう考える私は、リジュを追いかけようと必死に扉に視線を向けるが、体は指先一つ動こうとしない。


 クレスタの事で沸いた頭をリジュの側でゆっくりと落ち着かせようとか、起きた出来事を整理していこうとか、飛竜に乗っている時に色んなことを考えていた。時間が経てば、対処も出来るだろうなんて頭の片隅で思っていたのに。

 リジュを追いかけることも出来ず、ゆっくり体を起こして大人しく身を潜めてしまう自分に自嘲してしまう。


 逃げ出して、慰めて欲しくて、それでいて捕まって、利用されて。

 私は自分で考えていたよりよっぽど馬鹿な人間らしい。


 仲間も友人も居場所も失った私には、丁度良い結末なのかもしれない。同じ境遇の人間に駒として使われる。


 そして要らなくなったら捨てられるのだろう。


 オーリンの事を思うと胸が苦しくなる、そしてそれはきっと近い自分の未来だ、と少しだけ考える事を止めて、私はリジュの部屋に縄も鍵も無い状態で監禁されることとなった。





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