隠した真実
「クレスタ様、クレスタ様」
聞こえる声は、慣れ親しんだもので、真面目で皮肉屋なリリアの声だとわかった。肩に伝わる小さな衝撃に意識を向けるとリリアの手が僕を揺さぶっていた。
「・・・・リリア?」
「・・・大丈夫ですか?ロード=セルティ・シアナ様がご心配なさって、迎えを呼んでくださったのですよ」
その言葉に、自分がどれほど長い間意識を遠くに飛ばしていたのかを思い知らされた。ここは変わらずロード=セルティ・シアナの部屋で、向かいには部屋の主が心配そうに座っている。
「ライア=フォード・クレスタには辛い事をさせてしまった。けれど、国王の標的から外す手段は良い方法だ。彼女が今軍に居ては危険だ、軍から離れる事も良い方向に考えよう」
「・・・お話は伺いました。まさか、こんなことになるなんて思いもしませんでしたよ」
そういって溜息をつくリリアだが、僕を責めようとはしなかった。その優しさに、少しだけ救われた気持ちになっても、現実は何も変わらない。
「・・・僕は、シーナに・・・これから、どうすればいいんだ・・・」
シーナは今の居場所が無くなっても変わらずに笑ってくれるだろうか。悲しまないでくれるだろうか。僕のことを嫌いになったりしないだろうか。
些細な不安が積み重なって、恐怖に変わっていく。僕の中で何よりも怖い事は、シーナが居なくなってしまうことだった。
「軍から外される前に、真実を告げよう。それが彼女の為でもあり、傷も深くはならないだろう」
「そうですね、シーナ様はもう部外者ではありません。事情をお話しましょう」
不安で正常に判断が出来ない僕の代わりに、二人がシーナの為を考えて案を出してくれる。二人が言うことが一番シーナの為になると結論を出して、僕は明日にでもそれを実行すると告げてリリアと二人で部屋を後にした。
いつの間にか暗くなってしまっていた外を見ながら軍の宿舎へと足を進めると、落ち着きなくふらふらと歩き回るマロンと出会った。今までマロンが落ち着きをなくすところを見たことがなかった為に、不思議に思った僕はマロンへと声をかけていた。
「やぁ、珍しいね。君がこんなに落ち着きなく動き回っているなんて・・・何かあったのかい?」
僕の声に足を止めたマロンは、これまた珍しく驚いた顔をして声を荒らげた。
「それどころじゃねぇんだ!!シーナが、仕事を外されちまった!」
大きな声で告げられた言葉に、僕達は二人して驚いた。数時間前の話が頭に過ぎるが、流石に早すぎるだろうと僕とリリアは顔を見合わせて首を傾げた。
「何かの間違いだろう・・・?」
「わからねぇ!シーナが抗議してたんだが、あの野郎、書状みたいなものを持ってきやがって俺達じゃ何言っても無駄なんだよ」
マロンの言う“あの野郎”に皇族や貴族の存在が過ぎる。不安を煽る様に、僕の心臓が耳に響く程鼓動をうるさくさせた。
「だって、そんな・・・」
「なんだったか・・・・ロード家か?そんな名前だったような・・・とにかく、なんだか知らねぇが、シーナの事を必要ないとかなんとか言った挙句、抗議だってろくに聞きやしねぇで書状置いてどっかいっちまったんだよ!シーナが今軍の上の奴等と話してるが、俺達は入ってくるなの一点張りだ。急に何がなんだかわからねぇよ・・・!」
僕はマロンの言葉に居ても経っても居られなくなって、マロンを突き飛ばす様にして足を走らせていた。少し走れば、廊下の隅にある部屋からシーナの怒鳴り声が聞こえる。
慌てて扉に手を伸ばす前にノブが捻られてその扉は内側から開いた。
見えた姿は目を赤くして目の周りを腫らしたシーナの姿。文字の書かれた紙を震える程の力で握り閉めているその姿に僕の顔は歪んでしまう。
「・・・シーナ・・・」
勝手に出た声を切欠に、シーナの瞳からぽろっと涙が溢れた。
泣かせたくなかった。悲しませたくなかった。笑っていて欲しかった。
ただ、それだけだったのに。
「シーナ・・・ごめん、ごめん・・・シーナ・・・」
悔しさで震えるシーナの手をそっととって、僕の口から出るのは“シーナ”と“ごめん”この二つだった。謝ったとして、事実が変わるわけでも、彼女の傷が癒える訳でもないのに僕の口からはそれ以外の言葉が出ない。
「・・・あ?・・・何謝ってんだ、ばーか」
震える鼻声で、涙をぼろぼろ流しながら告げるシーナに僕もまた涙を流してしまった。僕が泣く資格なんて、ないのに。わかっていても、ごめん、そう言いながら僕な涙を流してしまった。
「勘違いしてんじゃねぇぞ、クレスタの事だから、私の事でまた抗議でもしに行ってたんだろ・・・?私はな、遠征に行くんだってよ。ったく、あんな言い方されたら勘違いしちゃうよな。ちょっと遠い所に行って、任務こなして・・・また、また、帰って、くるんだ、よ」
シーナの俯いた顔の下にある床に、ぽた、ぽたと染みが増えていく。遠征になんて行けるはずない、軍から切り離してしまったのは僕なのだから。
「・・・ごめん、ごめん・・・シーナ・・・」
「謝んな、ばーか」
そう言って顔を上げたシーナの顔は涙でぐちゃぐちゃにしながらも笑っていた。大好きな、太陽みたいな笑顔で、笑ってくれていた。その笑顔に胸が痛くて、苦しくて、押しつぶされそうだった。真実を告げようと決めたのに、こんなにボロボロになっているシーナに、僕が原因なんだと知れたら、どう思うのだろうか。
僕が、シーナの事を使えないなんて言った。
僕が、皇族の人間にシーナの事を言ってしまったんだ。
君を守りたかったから。
そんな言葉、信じられるだろうか。シーナに嫌われる事が怖くて、シーナが遠くに行ってしまう事が怖くて、シーナを傷つけてしまうことが怖くて、僕は告げなければいけないことを全て隠して、現実から逃げてしまった。
守りたいという思いで起こした行動だったけれど、その場で告げなかったばかりに、彼女を傷つける真実となってそれぞれの心の中に深い影を落としていった。