皇族の男、未熟さを知る。
新入り視点です
あのアクリアと呼ばれる男に負けた次の日、騎士団の屯所へ向かう足取りは重かった。腫れは引いたが、未だに痛む頬をそっと抑えると昨日の出来事は鮮明に甦ってしまい、それが余計に自分の足を重くする。
軍の実践訓練の時でさえ気重に思うことはなかった。正直こんな所辞めて軍に戻ろうか、とも思ったがあの男から、あの騎士団から・・・あの団長から、逃げるようで・・・嫌だった。
(・・・陛下の力に少しでもなりたい・・・それで王都に来たというのに・・・・)
立場が違っていても、良くしてくれた歳の近い兄様は陛下になられた今となってもお優しい。何度か王都に来た時に、兄様とお話しされていた軍随一の強さを誇る総司令官様に憧れて、僕は剣を持つようになった。
全ては総司令官様の様にお強くなり、陛下の力になる為なのだ。
(それなのに・・・どうして、騎士団何かに僕は足を運んでしまったのだろうか・・・。)
憧れの総司令官様に勧められたから、としか言いようがないのだが・・・それでも遣る瀬無い気持ちになってしまう。総司令官様のお考えは、剣技同様、読み取るのは難しいようだ。
ぐるぐると思い悩んでいれば、重い足取りでも騎士団の古臭い屯所の目の前まで歩いていた。扉をゆっくりと開けた瞬間に、中にいた団長は勢い良く立ち上がり、僕の襟ぐりを掴んで外へと連れ出していく。
「よし、アクリア!やるぞ!」
「ちょ、ちょっと引っ張らないでください!急に何ですかっ!?」
息苦しさと、扱いの悪さに胃がムカムカと痛んでくるが、そんなことを周りの騎士団は気にしてなどくれない。足をばたつかせて苦しんでる内に、いつの間にか目の前にはあのアクリアという男、そして屯所の扉の前には団長とヴィスタという小柄な男が昨日と同じく座っていた。
昨日と全く同じような練習をするのだろうか。
理解出来ない状況に手を彷徨わせていると、目の前にいたアクリアが剣を鞘から抜いた。構えられた相手に、突っ立ってる訳にはいかず、僕も同じように剣を抜いて構えるとアクリアの纏う雰囲気がガラリと変わった。
その気迫に飲み込まれ、震え上がりそうになる体を必死に抑えて、相手をゆっくりと睨みつける。アクリアの剣筋は鋭く、かなり重い。昨日の痛みを思い出すと逃げたくなるが、こんなところで逃げていては陛下のお役にたてる事などない、ましてや総司令官様の様になどなれはしない。
こんな小さい騎士団などで、止まってはいられないのだ。
グっと剣の柄を握り、相手の剣先と視線を捕らえる。それを合図に、団長が昨日と同じように手を振り下げた。
「はじめッ!」
今日は昨日と違って最初からアクリアが積極的に攻撃を撃ってくる。グっと足を踏ん張り、重いひと振りを支えようとするが、次々と繰り出される攻撃にただただ翻弄されてしまうだけだった。
「甘い!!そんなんじゃ斬られるぞ!素早く相手の行動を考えろ!」
そして昨日と全く一緒に思えるこの風景で、唯一違うころは横でごちゃごちゃと団長に言われていること。
なぜ女性の団長に指示を貰わなければいけないのだろうか。
「言われなくても・・・わかってるんですっ、」
言葉通りに動けたら困ることなおど何もない。
攻められる方向はわかるのに、防ぐ事が精一杯すぎて中々攻撃に転じれないのだ。自分の力を思い知らされ、相手との実力に距離を感じてしまえば、その隙を突いて更に攻め込まれてしまう。
「ッ!」
首の血管スレスレのところを剣がかすり、呼吸が詰まる。
「バカッ、守ってばかりでどうする!考えろッ!弾けば相手はどうでるか、流せば相手はどうなるか!」
死と隣り合わせになった緊張感も、その罵声でよくも悪くも消え去ってしまった。
何で、本当に団長は女性で、しかもあの口調なのだろうか。
女性と言えばドレスを着て、着飾って、優しくて、愛らしいと思う人間のことだとずっと思っていた。なのに団長は言い方もイライラするし、実力も無いくせに偉そうにされる事が余計に腹が立つ。
「・・・余裕だな、新入り君?」
団長へのイライラを考えていた所為で、勢い良く飛んできた顔面への突きを一瞬の動きで横へずらす。肌と剣の隙間が、軍で行われていた訓練とは明らかに違うことを示していた。
何といっても、このアクリアという男は本気だ。本気で、僕を殺そうと挑んで来る。
(何なんだ、ここは・・!兵士同士が争ってどうする・・!!)
緊張で、手に力が入り体が強張る。そして僕のそんな隙を見逃すアクリアでは無かった。頭の上から剣を降りおろされ、咄嗟の行動でその剣を受け止める。上からと下からの競り合いだ。
競り合う場所にもよるが、振り下ろすのと振り上げる力ならば、振り下ろすほうが重力も相まって有利になるのは決定的。
(くそっ・・!また、負けるのか、この男に・・・二度も・・!!)
そう思っていれば、咄嗟に頭の中で先程の言葉が響いた。
“考えろ!”
団長の言葉と言うのが癪だが、アクリアからの攻撃の処理を頭に思い浮かべてみる。弾けば中段から切り込まれる事が予測出来る。だが、流せば・・・・?このまま後ろへ倒れ込めば、アクリアは力をそちらへ取られるだろう。そこに、隙が出来るかもしれない。
ぐっと受け止めていた力を一瞬で抜き、後ろに倒れ込めば、案の定アクリアは倒れ込んでくる。
「うわっ!」
「げッ!!」
べしゃっと鎧がぶつかり合う。何とか中段から斬られる事は無かったが、隙が出来る云々の前に、自分も同様に倒れこんでしまい、発想は上手くいかなかった様だ。
(・・・・少し違う事をしただけじゃ、ダメか。)
と思っていたが、起き上がって剣を構え直そうとした時に団長がやめる合図をした。アクリアは「痛ぇ」と言いながら屯所前のヴィスタの所へお茶を貰いに行ってしまう。
「上出来だ。考えたな?」
歩いてきた団長に、何故わかったのかと不思議に思ったが一先ず頷いておいた。
「いつもと違う動きだ、咄嗟の判断にしては勇気のいる行動だが、良くやった。あれでお前は斬られず、倒れた所に剣をたてることも出来た訳だ。次への選択肢が広がっただろ?」
・・・言われて見れば、確かにそう思える。
あそこで力負けすることもなく一からに持ち込めただけでも実は結構良い条件なのかもしれない。あの時の行動を思い出し、他の手を考え込んでいれば、団長が突然、腰の剣を鞘から引き抜いた。
「頑張った褒美だ、いいこと教えてやろう。アクリア!上から一発撃ってこい」
そう言ってお茶を飲んでいたアクリアがブッと勢い良く吹き出した。
「嫌だよ!だって絶対反撃すんだろ!?」
「当たり前だろ。何ふざけたこと言ってんだ」
平然と告げる団長だが、それはいくらなんても嫌だろう。女性に、しかもわざと攻撃を受けなきゃいけないのだ、それは屈辱と言っても過言ではない。
それほど女と男の差は違うのだから。
「いいです、口で教えてください。そのあと実践してみますから」
僕の言葉にホッと胸をおろしたアクリアにはいくら良い印象がないからって、同情してしまう。だが、アクリアとは逆に団長はムッと顔をしかめてしまった。
「・・・・まぁいい。お前、剣だけが力じゃねぇぞ。さっきの場面だが、あの時は足で腹を蹴れ。後ろへ力を倒すと同時にだ。そうすれば踏ん張りもあり、速さも出る。相手はどうなるかわかるだろ?」
想像するのは簡単だ。
「蹴る力が強ければ・・・相手に決定的な隙を作れます・・。ですが・・それは理想論だ!あなたは、身分がどうのとか・・理想論ばかり・・!!」
「・・・じゃあ、お前さ。・・・・その理想論とやら、実現してみようとは思わねぇのか?論だかなんだか知らねぇけどよ、理想なんだろ。それが現実に出来るように頑張るもんじゃねぇのかよ、理想論、理想論で全部諦めるのか、お前は」
言われた事にも苛立つが、それよりも言い返すことの出来ない自分にショックだった。
「ッ、やればいいんでしょう!」
団長の合図で、アクリアが戻ってくるともう一度訓練が始められる。数回撃ち合えば、次は下段での競り合いになった。今度は僕が上から抑え、下から上げようとするのがアクリアだ。
(今度は、いける・・・!!)
そう、確信した瞬間に、目の前にフッ影が出来た。慌てて避けると、重心のバランスが崩れて剣を弾かれ、後ろに尻餅をついてしまう。
影は、アクリアによる頭突き。
出来ない、理想論だ。と言っていた体を使う実践が簡単に目の前の男によって実現されてしまったのだ。アクリアは剣を振り上げ、にやりと口角を上げて笑った。
「どう?理想論をやってのけられるのって。俺、口ばっかりの奴は嫌いでね。ちょっとはやってやろうとか思わねぇの?」
剣を降り下ろされれば、腰を床に付けたままの体制だと受けることしか出来ない。
(・・・なんでッ、どうして・・!!この男はいつも僕より上をいく・・・!)
悔しい、この男に劣っていることも悔しい・・・それ以前に何も出来ない自分が、悔しい。
「足でアクリアの足を払え!たとえ座っていても諦めるな!」
団長の声に、ビクっと反応してしまう。僕は競り合いと悔しさで思考がぐちゃぐちゃになっている所為か、考える事もなく突然聞こえた声に従ってしまった。指示通り支えに使っていない自由な片足で思いっきりアクリアの足を蹴飛ばせば、痛みで後ろへと体は下がり、剣も引いていく。
「いってぇ・・!!シーナぁ!助言しすぎだって!」
文句を言うアクリアだが、それよりも剣ではない、足を使った戦いに体がグっと興奮した。
(・・・足でも・・頭突きでも・・・戦いは、剣だけじゃ・・・ない・・・)
感覚を噛み締めながら、立ち上がって構え直す。と、またも団長から止めの合図だ。あれだけ反論しておいてなんだが、この体を使った戦い方をもう少し実感して深めたい思いがある。
だが、団長が告げたのは止め、の合図だけではなかった。
「アクリア、気が済むまで付き合ってやれ。私は少し抜ける、マロン後は頼んだ。ヴィスタ、後でみんなに茶を配ってやれよ。じゃあな、新入り。思う存分自分のモノにしていけ」
それだけ言って、団長は振り返ることもなく歩いて行ってしまった。
「はっ?うそ、嘘だろー!?ちょっと、シーナぁ!くっそ、おい新入り!」
突然去った団長を全員の目でポカンと追った後、気がついた様にアクリアが声を大きくする。
「は、はい。なんでしょうか」
慌てて返事をするが、もはや新入りが定着している事に、自分で虚しさを感じてしまった。
「もっとやりてぇの?何?感覚つかめてきたーみたいな感じかよ」
砕けた言葉だが的を得ていて、首を縦に振ればアクリアは少しがっかりしたように肩を落とした。
「ちぇー、今日は街に行って女の子に囲まれようと思ったのに・・・」
残念そうにするアクリアだが、別に街に行かなくとも女性はすぐ側にいるのではないだろうか。
「女の子って・・・団長が近くにいるじゃないですか」
何の意味もなく平然と告げてみたのだが、アクリアは訓練中に見せる程真剣な視線を返してきた。
「シーナは違う」
はっきりとした口調で言った言葉は、何故か僕の内側に強く響く。
「・・・・団長としても、人間としても、騎士としても、シーナを尊敬してんだ。・・・まぁ、シーナが遊んで欲しいって言ってくれたら大歓迎だけど・・・・。ほら、早く帰りてぇからやるぞ。」
最後には真剣な表情もどこへいったのか、いつも通りヘラッとして屯所へと戻って言った。
(何なんだ・・・団長の何がそんなに尊敬出来るって言うんだ。)
確かに、的確な指示はくれた。だけどそれはいつも理想論で、そう出来たらいいなって言われているようにしか思えない。そんなこと、誰でも言えるのではないのだろうか。
(・・・なんだろう、イライラする・・・・)
なんとも言えない感情を心うちに残し、訓練を再開させたのだった・・・・・