皇族の男、企に加わる
明るかった空は照らす光を失って暗くなり、その暗闇を少しでも晴らそうと小さな星達が煌きを放ち始めて随分と時間が過ぎた頃、軍の敷地近くにある城の一室にその男は予告通りに現れた。
男は綺麗な身なりに重ね、黒い艶のある髪をなびかせながら薄い碧色の瞳を細めて部屋へと入ってきた。
その容姿には見覚えがある。
「・・・ロード家の権力者が、こんな時間に従者も付けずにいいのかな」
現れた男の名前は皇族ならもちろん、城の人間ならばほとんどが知っているものだった。その名はロード=セルティ・シアナ。何度か見かけた事がある彼はロード家の中でもやり手と評判な人間で、現国王にも気に入られ、次期国王候補とも呼ばれるほどの地位に上り詰めている彼に、僕を利用したい理由はなんだろうか。
後ろにいたリリアも少し驚いていたが、思い出した様にロード=セルティ・シアナを出迎えて部屋の中央にある椅子に座らせた。それに合わせて、僕も正面に座る。
「話をするのは初めてだな。ライア=フォード・クレスタ、私の名前は知っているかもしれないが、ロード=セルティ・シアナだ。まぁ、その腰の帯びている剣を引き抜かないで聞いてくれるとありがたいのだが・・・・私には、ライア=フォード・クレスタの名を持つ者に敵う腕はない」
そう言って、懐にあった護身用のナイフ体から離して机の端に置き、元の椅子に座り直したロード=セルティ・シアナを不可解な思いで見つめてしまった。
「・・・それは、話の内容にもよるんだけどね。まずはロード=セルティ・シアナ、君のお話から聞こうか」
現れた人物の存在の大きさに、何があっても彼を殺すという選択肢は難しくなってしまった。ロード家の、しかも要となりつつある人間を理由もなく手をだしてはあらぬ敵を増やしてしまうだけだ。
話の内容で、このあとの事を決める必要がある。そう考えて、僕は彼の話に耳を傾けた。
「私がライア=フォード・クレスタに伝えたいことはいくつかある。まず一つ目は、香失草をどう思う?あれは、必要ないものだとは思わないか?」
飛び出したはじめの一言に、皇族の人間にしては直接な言い回しで少し驚いてしまった。香失草など、皇族では暗黙の了解を象徴しているものだ。僕はその問いに、彼が狂った皇族ではないかもしれないと期待が膨らんでいく。
「・・・僕を試しているのかはわからないけれど、正直に言うよ。あれはこの世から無くすべきだ」
これで敵だと見なされてしまっては元も子もないけれど、僕と同じような考えの人間はいくらでもいる。口にするかしないかだけで、思っている事が問題じゃない。
行動に移して否定しようとすることが問題なのだ。それを起こそうとしていない僕は、まだ敵にはならないだろう。
僕の答えが正解だったのか、彼は一度頷くと話を続けた。
「では、次は皇務怠慢について聞こう。先に言っておくが、これは咎める為に聞くのではない。私はライア=フォード・クレスタに与えられた皇務には気の毒だと思っている。ただ、近年になって皇務をしなくなったのは間違っていると思ったからではないのか?行動を起こすべきだと、思っているからではないのか?」
「・・・ずいぶんとまわりくどい言い方だね。何が言いたいんだ・・・僕をどう利用したい・・・?」
僕の行動について一つ一つ理由がある様に言ってくるロード=セルティ・シアナの言葉は答えを導き出させる様に仕向けている。はっきりしない言葉に、僕は要点をついて返すと碧色の瞳の鋭くなった。
「・・・簡単に肯定は貰えない様だな。・・・・正直に全て話そう、私は皇族の現状が耐えられない。知っているだろう?要人は香失草で娘や妻、家族を人質をとられた様な人間ばかりだ。その現状で国王に逆らえるものなどいない。このような集まりで出来るのは国の未来を考える政ではない・・・ただの国王のご機嫌とりだ。反乱の勢力で村や町を潰すなどありえない、怯えて従うものが正しいはずがない・・・!私は、香失草の存在を消したい。その計画にライア=フォード・クレスタ、並びに付き人のリリア、二人にも協力をして欲しい」
ロード=セルティ・シアナから出てきた言葉は、想定していたものよりも遥かに壮大な計画だった。まさか、皇族を変えようと行動を起こす人間がいるだなんて思わなかったからだ。
「・・・香失草を消してどうなる?奴等は・・・変わらないだろう」
これは、ずっと抱いていた気持ちだ。僕だってあんなもの無くなれば良いと思っている。けれど、なくなったって変わらないのだ。もう香失草に侵されてしまっていれば、戻す術など現時点ではありえない。人質はいつまでたっても人質のままだ。
「それはどうだろうか。・・・ライア=フォード・クレスタは考えた事があるか?大切な人間が香失草に侵されている現状を」
その言葉を聞いて、頭にすっと浮かんで来たのはシーナだった。僕は、シーナが誰かの言いなりになってしまったらどうするのだろう。
「まだ大切な人に自我がある内はどうにかしようかと考え、対策を練ることだって出来る。だが、香失草の進行を止められなければ自我だって失っていくのだ。自我を失ってしまった人間はもはやただの大切な人の形をした屍。その様な姿・・・見ていられるものではない」
大切な人の形をした屍。シーナがあの輝く瞳を暗くして、太陽の様に笑う事もなくなってしまうのだろうか。それだけではない、僕の事だってわからなくなってしまうのかもしれない。そう考えただけで、不安になった。
「人質をとられて、もう後戻りの出来ない人間のほとんどは希望を無くしてこちら側についてくれている。後は香失草をなくせば、国王や従う人間は犠牲者を増やすことが出来なくなり、従える力を無くす。それには、畑の監査をしているライア家に協力者が必要なのだ。・・・・頼む、この様な皇族はあるべきではない」
「・・・香失草を無くせば、皇族は変わると言うこと?」
皇族が変わる。それは、僕の役割も無くなるのかもしれない。その意味も混ぜて問いかければ、ロード=セルティ・シアナはまた小さく頷いた。
「あぁ、もう国王を摘発する材料は整いつつある。気づかれずに畑を・・・・そうだな、果物や野菜の畑に変えてしまえばいい。そうすればそこに住まう者たちの食料や名産が出来、自然と住まう者も増えて行くだろう」
ぽろぽろと起点の利く発想をしていく事に、さすがはやり手と言われるだけはあるのかもしれない。などと考えながら、見つからない為の対策等の具体的な案が無いのも大きな不安要素ではある。
しかし簡単に捨て置いてしまうには勿体ない誘いだと考えながら、僕はロード=セルティ・シアナの真剣さに一つの疑問が浮かんだ。
「君の役割は起点を生かして政を真っ当することだろう?それなのに、わざわざ皇族を変えたいのかい?」
目の前に居る真面目そうな彼は現状に不満と言ってはいるが、僕に比べればその役割は羨ましい限りだ。問いに彼は少し考える素振りを見せると、今までの真剣さを忘れるほど優しい顔つきで顔を緩ませた。
「・・・私には腹違いの弟がいる。純粋で、真っ直ぐで、私に持っていないものを持っている大事な弟なのだ。私は弟と弟の母である継母を守りたい。家族として接してくれる弟も継母も何にも代える事のできない大切な人達なのだ。そんな家族を・・・・私は人質になどされるつもりはない。それが私の皇族を変えたい理由だ。期待通りの模範解答ではないだろうが、事実に間違いはない」
「・・・まぁ、模範解答よりも僕は納得が出来たよ」
要はこの男も同じ、守りたい人がいる。大事にしたい人がいるのだ。その理由を共感した僕は、少し絆されてしまった様だ。
「仕方がないね。・・・僕の為に、協力しようじゃないか」
あの狂った役割が終わるならば、それに越したことはない。そしてきっと皇族を変える事はシーナの危険分子を無くす事にも繋がるだろう。
「リリアもいいかい?」
後ろに控えていたリリアに向けて振り返ると、呆れたように溜息をつかれてしまった。かけていた眼鏡の位置を右手で丁寧に直すと、どこかスッキリとした顔で笑っていた。
「どうせ、私の意見など聞かずに巻き込まれるのでしょう?まぁ、私はロード=セルティ・シアナ様が訪れた時点で良い話だと思っていましたけれどね」
「・・・君は年々憎たらしい小言が増えていくよね」
シーナの成長を語ったばかりだからか、リリアは小言が成長したな、とあの頃を思い出してしまった。思えば、リリアはずっと巻き込んでしまっている様なものだ。
僕等が呆れた声の言い合いをしていると、向かいに座っていたロード=セルティ・シアナが小さく声をだして笑った。
「くくっ、随分と仲が良いのだな。まるで従者と言うよりは友人だ。羨ましい関係だな・・・あぁ、もうこんな時刻か。国王側に怪しまれてもいけないので、私は失礼する」
「あぁ、そうだね。詳しい事はまた教えてくれるのかい?」
優秀だと周りに言われている様な人間だ、きっと僕等は任務をこなしていく事がこれからは重要な事だろうと思っていたが、ロード=セルティ・シアナのすっとぼけた顔を見て、思わず同じ顔をしてしまった。
「ライア家一の切れ者と言われる人間に指図をする愚か者ではない。期待をしている。とだけ言っておこう」
それだけ言い残して部屋を出ていったロード=セルティ・シアナに、僕とリリアは顔を見合わせてしまった。
「・・・信頼されていらっしゃるのですね」
「ただの人任せじゃないか・・・。大変なのと、手を組んじゃったかなぁ・・・」
静かになった部屋で零した二人の言葉は、きっと嬉しそうに出ていった彼に届くことはないのだろう。僕達は二人で手分けをして任務を遂行して行く事に、彼からは次の内容の話等は一切なく、賞賛の言葉だけが告げられる事をまだ知らないでいた。




