愛しさの成長
少女を村へと無事届けた報告を受け、これからはシーナとの穏な日々が続くだろうと気持ちを昂らせていた僕は、シーナが戦えると言うことをすっかり忘れていたのだと思う。
シーナを僕の屋敷で住まわせて、軍の宿舎から帰ってきた時の癒やしにしたいという安易な考えは可愛いシーナの言葉によって打ち砕かれてしまった。
シーナは屋敷で使用人達に服や髪飾りで綺麗に着飾っても、着飾った自分、というよりは着飾る装飾品にばかり興味を示して遊ぶような生活をしていた。それが一変したのは、僕が軍という訓練するところへ行っていると知ってからだ。
ずっと体を動かしたいと思っていたらしいシーナは、自分も軍へ行きたいとばかり言ってきた。女の子が入れるわけがない、と思うと同時に、シーナの獣を蹴散らした剣の腕がふと頭に浮かんだ。
あの戦い方なら軍でも十分にやっていける程、シーナは強くて軍の現状は生ぬるい。軍で過ごして行くに実力派あるが、シーナが孤児だと知れてしまうかもしれない。
それが僕にとっては一番の問題だった。
しかし、どれ程言っても僕が宿舎へ戻る時に後を付いてこようとするシーナに、知らない所で来るよりも手に取る範囲内でわかっていたほうがまだマシだろうと、城下の一般家庭からの紹介という形にして特別に話を通して軍試験を受けれる様にした。
入れる機会を与えて、もし落ちたりでもすれば早々に諦めてくれるかもしれない。そんな期待ものせて、僕は試験をする試験官に厳しめに見て欲しいとお願いまでしてシーナを落とそうとしていた。
試験当日、試験官は始める前に「長い髪の女の子が来るところではない」と突き返す様にシーナへ向かって言った。女の子にとって髪の毛は自分を着飾る大事な一部。悩んで、迷っている間に不合格、が一番理想的で、言葉で諦めてくれるなら、それが一番いいと思っていたのだがシーナは僕の予想を簡単に超えてしまった。
与えられていた身長に対しては大きい大人用の剣を鞘から引き抜くと左手で髪を束ねて自らの長い髪の毛をその場で斬ってしまったのだ。
僕はその時に感じた衝撃は言葉に出来そうも無いほどで、絶対にもう二度と体験したくはない。
それ以来髪を伸ばすことを止めてしまったシーナは試験官に気に入られて僕とは違う班に配属されしまった。何度も顔を見に行っていたが、あまりに不自然に通う訳にもいかず、気が付けばシーナの成長は僕だけではなく近くに居た班の男達が助けていた。
そして出会ってから数年経った今、男達によって与えられた教育の結果がこれだ。
「女の子、女の子ってうるせぇなぁ、クレスタは」
あの可愛らしい言葉使いはどこへいってしまったのだろうか。日に日に逞しい顔つきになっているとは思っていたが、今日この言葉を聞いて僕は髪をばっさり斬ってしまった時と同じくらいの衝撃を受けている。
もう、二度と体験したくはなかったのに。
「シーナ・・・あんなに出会った頃はクレスタ、クレスタって僕の名前を呼んで、可愛かったのに・・・!」
「っばーか、昔の事ばっかり引っ張り出すな。今の自分に私は満足してるんだ、それでいいんだよ」
シーナの言う事はもっともだ。それでも、ぎゅっと抱きついてきてくれたシーナを忘れる事なんてない。あわよくば今でもして欲しいと思っている。
昔は昔に不満はないけれど、大人になってすらっと成長したシーナに、あまり構ってもらえなくなった事実が少しだけ寂しかったのだ。
「私は嬉しいけどな。クレスタと今じゃ肩並べて歩ける様になったし、それを周りに認められてる」
目の前で笑うシーナは、身長も伸びて幼いシーナとは言えなくなってしまったが、愛らしい姿を大人へと変えたシーナに僕は出会った時よりも鼓動を荒くさせてしまう。
笑って細める瞳も、その瞳の輝きも、弧を描く愛らしい唇も、全てが僕を照らしてくれる太陽だから。眩しさにぎゅっと心臓が痛くなって、その痛みに体が熱くなる。言葉使いが変わっても、姿が大人になったとしても、僕に切欠を与えてくれたシーナになんの変わりもないのだとその熱が教えてくれていた。
「そうだね。僕も嬉しいよ、君とこうしていることが夢みたいだ」
昔の自分に言ってやりたい。今の僕は幸せだ。好きな人がいて、好きな人が笑っていて、嬉しくなって自分も笑ってる。
皇族の役割が無くなった訳ではないが、あの時村へと逃がした少女を初めに僕は無差別に執行する事をやめた。頼まれても対象者を王都よりなるべく遠くへ逃がし、見つかる事なくうまくやっている。きっとそれは、リリアという協力者がいるからだろうけれど、感謝なんて言葉はむず痒いから口にすることはないのだと思う。
「おぉ、こんなところで最強コンビがなにしてるんだ?」
僕がシーナと廊下の真ん中で話しを続けていた時、シーナの後ろから声をかけてきたのは筋肉のしっかりついたシーナと同じ班のマロンという男。
「おう、マロン。私も成長しただろって話をしてたんだよ。なぁ、クレスタ」
マロンへ親しげに笑うシーナに嬉しさと少しの寂しさを混じえて僕も笑った。やっぱり、シーナを笑わせるのは僕がいい。
「そうだね。あぁ、そういえば今度も一緒に任務だろう?僕とシーナ、それからマロン、君とリリアも一緒だったね」
噂をしていれば、廊下の向こうからリリアが歩いてくるのが見えた。集まっている面々がよく知っている人間だからか、リリアも視線が合うとこちらに合流してきた。
「皆さんお揃いで、こんなところでどうしたのですか?」
マロンと同じ言葉で近付いてきたリリアに三人揃って笑いながら、シーナももう一度同じ言葉をリリアへと返して、今度は四人で笑った。
くだらない事で笑い、その時の流れに幸せを感じて過ごしていたこの日々が永遠に続けばいいと願ったのはきっと僕だけではないだろう。
任務の事を確認したり、昔話を掘り返したり、シーナとマロンの仲の良さに少し嫉妬したり、穏な時間を過ごしていたが、マロンとシーナが任務で用事があると離れていった後、リリアが小さな声で僕に告げてきた。
リリアが小さな声で話を進める時は、大抵が皇族の事だ。気分が重くなりながらも耳を傾けるとその内容は今までと違っていた。
「・・・貴方にお会いしたいとおっしゃる方がいらっしゃいます。お会いしたいとはおっしゃっていましたが、お会い出来ない場合は皇務怠慢を誰かに話してしまうかもしれないと」
皇務怠慢、その言葉に瞳孔がきゅっと開いたのが自分でもわかった。逃がしている事が知れている。否、もしかしたらシーナが孤児という事が知れてしまっているのかもしれない。僕は拳に力をいれて握り締め、溢れ出た唾を飲み込んだ。
「わかった。拒否権はないってことだね・・・まったく、どこの誰なんだか」
「私も人伝にお伺いしたので、わかりかねます。ライア家の方でないことを願うばかりですね」
力なく笑うリリアに、僕は溜息で返すと指定してきた場所と時間を確認した。日時は今日の夜更けだ。気を引き締めて、もしもシーナを危険に晒す事になるなら僕はもう一度腰に帯びた剣を皇族の駒として振るおうと決心して、日が暮れるのを待った。




