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ゴロツキ騎士団  作者: ころ太
第三章 懐かしの風
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歪んだ歯車



 リリアと色んな意味で意気投合をした僕は当初の目的通りに王都へと場所を移した。

 初めて乗る馬車に興奮するシーナに色々な物を見せて喜ばせれば僕の気分も自然と同じものへと変わっていった。

 僕はシーナの反応が嬉しくて、空には星が輝き、太陽の光もすっかりと沈んだ頃にはぐったりと疲れ果てる程シーナを連れ回してしまっていた。


「シーナ、眠いかい?」

「んー・・大丈夫だよ。シーナねぇ・・・たのしいんだ・・・」


 馬車の中で、こくり、こくりと首を前後に振りながら意識を手放しかけているシーナの頬をそっと撫でた。


「おやすみ、シーナ」


 そのまま眠りに入ったシーナの寝顔を見つめると、心臓の辺りが熱くなる。耐え切れない熱に顔が緩むと馬車の動きが止まった。


「到着しました・・・おや、寝てしまったのですね」


 控えめに開いた馬車の扉から出てきたのは、今まで馬を扱っていたリリアの姿。もう少し可愛らしい寝顔を眺めていたかったけれど、僕は入ってきた邪魔者へと視線を変えた。


「・・・可愛いだろう?もう寝顔が天使だよね。ちょっと気を利かせてくれても良いのに」


 シーナの自慢とリリアへの毒を吐きながらシーナを抱きかかえて馬車から降りると返って来たのは同じように毒付いた言葉だった。


「貴方が間違えた行動を起こさない様、引き止めれた事を誇りに思います。私はそれが何よりの不安でしたよ」


 荷物を解きながら刺々しい言葉を投げてくるリリアの存在にうんざりしながら、抱きかかえたシーナの腕を強くした。

 帰ってきた屋敷はライア家の中でも比較的小さく、少しの使用人しか住んでいない僕の静かな家だった。荷物を降して、起こさないようにシーナを寝室に寝かせ、使用人に大事な客だと伝えて、念の為にリリアを置いて僕は屋敷を後にする。

 シーナともっと一緒に時を過ごしたかったけれど、それよりも先に早く終わらせてしまいたい事が僕にはあった。


 あの町に行った目的は香失草の栽培地の監査。

 その任務が終わった事と状況の報告を大きなライア家の屋敷、親族がいる所へと行かなければならない。


(・・・憂鬱だなあ)


 シーナと過ごす楽しさを感じてしまえば、何も考えないようにしていた頃と比べると屋敷の存在が嫌で嫌で仕方がない。それでも、早く済ませた方が良いことなのは確かだった。 

 シーナの存在を隠す為にもなるべく今屋敷には近寄らせたくはない。向こうから訪ねてくる前に、こっちから出向いて行く方が安全に決まっている。


 嫌な気持ちを抑えて馬をゆっくり走らせるが、嫌なもの程早く来てしまうものだ。あっという間に大きな屋敷へと着いてしまった。

 敷地内に入れてもらうと、馬を預けて屋敷の中へと通される。「何もなかった」と伝えるだけなのだから、案内をしている使用人に伝えてもらえないだろうか。などと勝手なことを思いながら長い廊下を歩いていると、大きな叫び声とぶつかった。


「いやあああ!返して!!!みんなを返して!!」


 歩いていた廊下から少し先の扉が大きな音を立てて開き、聞こえてきた甲高い叫び声の持ち主はシーナと同じくらいの女の子だった。親族と思われる中年の男に金色の長い髪を引っ張られながら暴れまわっているその姿は誰が見ても気持ちの良いものではない。


「黙れ!くそ、厄介なものを拾ってしまった」


 前を歩く案内人が止めることなど出来ない相手なのだろう、顔を歪めながらも歩調を緩ませずに進むその姿は少し前の僕に似ていた。おかしいとわかっているのに、何もしなかったあの頃の自分に。


「いや!痛い!離して!!」

「おとなしくしろ!」


 女の子の髪を引っ張る強さが強くなると幼い顔が痛みで歪んだ。その悲痛な声と表情に耐えられなくなった僕は、気が付いた時には開いていた扉を二回叩いていた。


「失礼。どうかなさいましたか?」


 僕の声を合図に鳴り止んだ言い争いに安堵しながら、疑問が含まれた二つの視線に答える様に名前を教える。見たことがないライア家の男でも僕の名前くらいはきっと知っているだろう。


「僕の名前はライア=フォード・クレスタ。と言えばお解りだろうか?」


 案内人は知らないであろう僕の名前は、ライア家では恐ろしく効果の高いものだった。ライア家の番人、執行人、権力の象徴、そして冷酷な惨殺人など色んな名に変わって僕の名前は一人で歩いていたのだから。

 

「その少女がどうかしました?僕が出来る事があればと思いまして」


 口の端を上げて言ったその言葉は、男にはどう映っただろうか。

 きっと「殺しておいてあげましょう?」そう、聞こえたに違いない。男は少女を一目見た後に、口元を緩ませると気持ち悪い程の笑顔で僕に笑いかけてきた。


「まさか、ライア=フォード・クレスタ様にお会い出来るなんて、光栄です。実は、孤児を拾いましてね。実験へと連れ込むまでは順調だったのですが、この娘、あの効果が現れないのです。使い物にはならない上に、人の部屋を探って資料まで散らかしていて処理に困っていたのです」


 髪の毛を引っ張られながら口を閉ざした少女の姿が、少しだけシーナの影と重なった。長い髪、幼い顔、そしてどこか影のある憂いの表情。この子だって、何か切欠があればシーナの様にその憂いた顔を太陽の様に輝かせるのかもしれない。


「・・・・そうですか。では僕にお任せを。後は引き受けましょう」

「あぁ、なんと心強い言葉でしょうか」

 

 気持ち悪い笑みを貼り付けたまま、ずっと少女の髪の毛を引っ張っていた男から奪う様に少女の手をとった。唖然としていた案内人に視線を向けて僕はここぞとばかりに伝言を告げる。


「悪いんだけど、用事が出来てしまったから部屋で待っている人に伝えておいてくれないかい?任務に抜かりはない。・・・とね」


 その言葉を最後に、僕は廊下の来た道を歩き出し始める。屋敷から出る口実が出来て嬉しい僕は、少女と足早に部屋を後にした。何も言わずに付いてきた少女を確認するように顔を覗くと、少女は笑を浮かべた男の顔を視線を逸らすことなく睨みつけていた。その瞳は見ているだけでも憎悪が込められているとわかり、僕は何故か胸が苦しくなった。


「君にお礼を言わないとね。ありがとう、早く帰りたかったんだ」


 屋敷を出て、乗ってきた馬に少女を乗せた後に自分もその後ろへと跨りながら伝えたその言葉に少女は何も言わなかった。部屋で男に怒鳴られたばかりだし、今はそこまで頭が回らないのかもしれない。そんな事を考えながら、僕は同じ環境にいたシーナの事を話せば少女の瞳に少しでも温もりが感じられるのかもしれない。そんな事を考えながら馬を進めながら僕は口を開く。


「・・・今日君に会う前にね、僕も内乱で故郷を無くした孤児の女の子に会ったんだ。とっても可愛くって、それでいてとっても強い女の子だったんだよ。ちょうど同い年くらいかな」


 聞いていないかもしれない、そう思いながらもこの少女にも輝かしい笑顔で笑って欲しいとシーナの顔を思い出しながら一人でに口を動かしていた。

 そして想いが通じたのか、少女が前を向いたまま無機質な声ではあるが僕に言葉を返してくれた。


「その女の子の・・・なまえは?」

「あ、シーナっていうんだ。可愛いけど凛としててしっかりした女の子だよ」


 前を向いているからどんな表情をしているかはわからないけれど、この子にも僕にとってシーナの様な切欠があるといい。心から温まる様な、そんな切欠が出来ればいい。そう思って話を続けていると、シーナに相当興味が湧いたらしく先程までの無口は考えられない程聞き返してくれた。


「わたしも会える?」

「そうだね、今僕の家に居るから会えると思うよ。楽しみかい?」


 悲しい環境を作ってしまった皇族の僕が思うのはおかしいかもしれないが、そんな環境を共有出来る人に出会えるなら、きっと心強い友人になれるだろう。

 僕はきっと僕と同じ様にシーナが切欠になるだろうと、早く会わせてあげたくて馬の足を速めさせた。


 そう考えていた僕の前で、少女がどんな顔をしていたかも知らずに。


 互いにそれからは言葉を交わすことなく住んでいる屋敷へと向かった。距離も余り無い為に時間も屋敷に到着した僕は、直ぐにリリアを呼びつけた。最初にシーナを呼ぼうとしたが、まだ眠っているらしく、今すぐ起こすのがかわいそうだと思った僕は、起きてから紹介しようと一先ず玄関近くの一室へ少女を招いた。


「リリア、僕はこの子を安全なところへ預けようと思う。どこか良い所がないか調べてくれないかい?」

「・・・そうですね、かしこまりました。いくつか候補はあるので、すぐに見つかるでしょう」


 部屋の中で椅子の上に少女を座らせて僕も向かいに座り、リリアに事情を話すと、リリアは僕の意見に同意してくれた。殺すつもりなどもちろん無い僕は、ここにシーナと共に留める事も考えたが、それは賢い選択ではない。この少女がどこまで知れ渡っているかは知らないが、ライア家の屋敷に居たのだ。あの屋敷に居た人間には知られていると考えても間違いはないだろう。おまけに実験も行われたと言っていたので、香失草が近くにある皇族の側には居るべきではない。

 ライア家の人間がここに来ることはないとは言い切れないし、見つかってしまえば僕はもちろん、少女だって何が起こるかわからない。早く王都から出して、ライア家の目の届かないところへと送り出すのが今は一番いい案だと思えた。


 そんな事をリリアと話していると、あの男が少女に資料を荒らされたと言っていた事を思い出した。


「・・・そういえば君、あの男の部屋の資料を見たのかい?あの男に返せ、とも言っていたね」


 そう問いかけると、少女はどこか冷めた瞳をこちらに向けた。その瞳はもう憎しみを表してはいなかったけれど、それは憎しみだけでなく嬉しさも哀しさも怒りすらも映さないように見えて、視線だけをこちらに向けた少女の姿は、人間味を失った人形の様にも見えた。

 その冷め切った表情に、つま先から悪寒が走った。


「・・・しらない」


 言葉は返ってきたが、少女は何も言うつもりはないらしい。もし皇族の秘密、香失草の存在を知って、言いふらすつもりで居るのならば自分を危険に晒す事だと教えておかなければいけない。


「・・・君が何を見たかはわからないけれど、誰にも言わないと約束出来るかい?そうでないと、君が危なくなってしまう」


 皇族は敵と判断したものに容赦はしない。それは、それが役割の僕が一番知っていることだ。


「・・・言わない。誰にも」


 唯一かみ合っていた視線を逸らされてしまった少女に仕方がない、と僕は溜息をついてこの質問を終えた。これ以上干渉すると、この少女の声すらも無くなっていくのではないのだろうか、そう考えてしまうほど少女から人間味が消えていく。


「・・・じゃあ最後に一つだけ教えて、君の名前は?」

「・・・・リジュ・・・」


 視線が合わさる事はなかったけれど、どこかでまたその名前を聞くことが出来たら、この少女が元気でいる証拠だろうと思うことにした。

 無言になった少女と二人でいる空気に耐えられず、僕は部屋を後にしようと立ち上がると同時に扉からノックの音が響いた。立ち上がった流れで扉へと向かって開くとそこには預け先を探していたリリアの姿があった。


「クレスタ軍士、たった今知らせが入ったのですが、王都への入出審査がちょうど明日からロード家からライア家に交代するらしいのです。王都から出るにはは今晩中が賢明かと思われます。預ける先の目星が付いていますので、私が共にその少女と参りましょう」


 告げられた内容は、事を早急に行わなければいけないものだった。入出検査は皇族が交代で行なっているのは昔からの決まり事だ。それが、明日、最悪な事にライア家に変わるとなると随分と少女を外に出すのが難しくなってしまう。リリアが準備をはじめ、少女に説明して手をひこうとした時、少女は再び口を開いた。


「・・・シーナにあいたい」


 淡々と発する人間味のない声とは違い、切実に聞こえるその願いを叶えてあげたい、そう思ったが夜明けまでに時間があるわけではない。僕は少女を抱き上げてシーナの眠る部屋に行くとそっと降してあげた。


「・・・ごめんね、起こしてしまうと別れる時間が必要になるだろう?でも、これから君が元気に過ごしていればきっとどこかでまた会えるよ」


 部屋の奥のベッドで小さな寝息をたてるシーナの横に立った少女は出会ってから初めて口元を緩めた。


「・・・そう・・・たのしみ」


 冷め切った瞳のままな浮かべる笑みは人間離れしていて綺麗に見えたけれど、暗闇に浮かぶ少女の表情は僕の心をざわつかせた。


「・・・もう、行こう。リリア、あとを頼む」


 後ろから付いてきたリリアに少女の事を任せるが、少女の瞳は扉で遮られるまで、いつまでも眠るシーナを映していた。


 「・・・・会えるだろうけど・・・その頃にはもう覚えていないといいな・・・」


 扉の閉まった音に、少女の冷えた瞳が消えたと思うと安堵の息が漏れた。そして、何か良くない事が起こりそうな、そんな予感のしてしまうあの人形の様な笑みが浮かぶ度に大きくなる不安を抑えようと眠るシーナの頬を撫でた。

 指先に感じる暖かい温もりに、緊張が解れる様に体の力が抜けていく。


 僕はこの時感じた心のざわつきは気の所為だろうと思い込む事と、これから起きていく様々な出来事のお陰で、騎士団長となったシーナに村に行って欲しいと任務を伝える時まで奥底に忘れていたのだった。







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