皇族の男、共犯者を得る
付き人には軽蔑された目で見られ、愛しの子にも捨てられた様な重苦しい気分で僕は二人が部屋を出ていった後、椅子の隅に体を丸めて座っていた。
(僕は、そんなつもりでシーナを見ていたわけ・・じゃないとは言い切れないけど、でもそんな、あぁ、もう!)
付き人からの言葉に悶々とした気持ちを抱いていると、扉の外からシーナの明るく楽しそうな声が聞こえてくる。声は徐々に大きくなり、少しすれば扉のノブがゆっくりと回った。
「きゃー!お湯であそぶの楽しい!」
「シーナ様、まだ髪が濡れたままですよ」
入ってきたのはホクホクと体を温めたシーナと慌てて大きな布でシーナを抱きとめる付き人。その楽しそうな場面に僕は目を見開いて拳に力が入ってしまう。
「っ、シーナ!」
一人仲間外れにされて、シーナと一緒にいることも出来なかった僕は耐え切れなくなってシーナの名前を呼ぶと嬉しそうに走って寄ってきてくれた。動揺して揺れる僕の目にシーナは不思議そうな顔をしたが、すぐに僕の手を引いて楽しそうに話し始める。
「あのね、お湯がね、ばしゃばしゃって!すっごくたのしかったよ!今度クレスタも一緒にしよーね!」
「・・・一緒に・・・うん、しよう」
シーナが喜んでいる様子に僕の悶々とした気持ちも消えていき、徐々に顔も緩んできたと思った時、また付き人の視線とかち合ってしまう。
なんというか、いつもいつもタイミングが悪い。
「・・・・シーナ様、ご一緒される場合はどなたか別の方もいらっしゃるとよろしいかと」
「そうなの?じゃあリリアも一緒にしよーね!」
「はい、喜んで」
付き人の冷めた視線が僕に突き刺さる。盛大に勘違いをされている、とも言い難いがそこまで邪に思っていたりはしない・・・・と思う。
(っていうか仲良くなりすぎじゃないかな・・・僕、最初剣を向けられたんだけど)
だんだんと自分と違う待遇をうけている付き人に苛立ちを覚え始めた僕は付き人から布を奪ってシーナの髪の毛を拭いてあげた。
勘違いをした付き人と視線の争いとばかりに無言で問答を繰り返しながら、なんとかそのままにしていた食事を終えると久々に味わった満腹感からか、シーナは直ぐに眠りについた。今度こそ起こさないようにそっと僕の部屋に運び、土とは違う柔らかいベッドの上へと寝かせると、後ろにある扉からノックの音が響く。
「・・・クレスタ軍士、少しよろしいですか」
部屋の明かりを消していた為、開いた扉から漏れる光が眩しくて付き人の表情は伺えなかったが、その声色はシーナが起きている時とは違い、酷く冷たい印象をうける。
「・・・穏な話じゃなさそうだね。まぁ、それは僕もだけれど・・・ここから一番遠い部屋で待っていて」
それだけ伝えると、付き人は直ぐに姿を消した。シーナが眠ると同時に先程までの明るい雰囲気は消え、ここからはシーナの未来を左右する大事な駆け引きが待っている。シーナの頬を一度だけ撫でて柔らかい肌の感触を味わうと僕も決意してその部屋を後にした。
シーナが寝ている部屋から一番遠い部屋に入ると、先に中にいた付き人が僕を鋭い目で睨んできた。
「単刀直入にお伺い致します。何故、連れてきたのですか」
今まで必要以上に発言をしなかった真面目な印象の付き人は、珍しく強気で僕に問いかけてくる。僕は扉を閉めて開かない様に寄りかかり、付き人の鋭い視線を同じように捕らえた。
「・・・僕の為だね」
「っ、貴方は・・・!もっと、もっと現状を理解している方だと思っていました!・・・あんなに小さな子供まで、何故・・・!」
付き人は強く拳を握り、自分の中で処理しきれない反動を近くにあった机へと叩きつけた。大きな音を立てて感情を露にする理由を検討するのはとても簡単な事だった。
「知っているのでしょう!?内乱で・・・しかも身寄りがない子供・・・そんな好都合な人材を皇族の方々がどうしているかなんて・・・!貴方は、香失草を肯定していない人だと思っていました。私は反対です、あの子が実験に使われるなんて、どうかしています!!」
皇族への反抗。それがどんな意味かをわかっていて投げかけてきた付き人はきっと覚悟を決めている。シーナの為もあるだろうが、きっとそれ以上に自分の意思に反する行為が許せないのだろう。
道徳心に反した行為である皇族の勝手な決り事は、内乱により見つかった孤児は更なる皇族発展の為、香失草の実験を行う事。その事実を知っているからこそ、目の前の付き人は必死に抗っている。
(シーナを連れて来たのは別の目的・・・って言っても、昨日までの僕じゃ思わなかった事だしね)
「貴方は、もっと皇族の事には無頓着な方だと思っていました・・・貴方が今までしてきた事を貴方自身が良くない事だと・・・理解していると・・・・っ、買い被っていた様です」
言いたいことをここぞとばかりに言ってくる付き人の評価が過大評価だと僕自身でも思った。
(どう思っていた所で、やっていた事に変わりなんてないんだからね・・・それでも、僕はあの子をあきらめない)
「・・・君がなんと言おうと僕はシーナを王都へ連れて行く。それに」
「あの子が、貴方に期待を抱いてると知ってもですか!?貴方に良心というものは無いのか!!!」
存外、駆け引きなどをする手間も無かった様だ。僕の話を遮ってまで僕を通して皇族の決り事を否定する付き人はきっと僕の思い通りに動いてくれる事だろう。シーナを連れて帰る上で必要な事はこの付き人を黙らせる事だったけれど、それも難なく済みそうだとこの否定ぶりで想像がつく。
「・・・良心が有るか無いかで聞かれると、きっと僕に良心なんてものは無いけどね。そんな僕でも、シーナを皇族の奴等に引き渡す気はないよ」
事を荒立てないように簡潔に聞きたいことを教えて、僕はひとつの提案を伝える。
「そこで君に相談があるんだ。共に、シーナを隠す共犯者にならないかい?・・・と言っても、選択権はあまりないけれど。言った通り、僕には良心なんてないからね」
扉に寄りかかっていた体を離し、地面にしっかり体重を預けてと安定をとる。腰に付いていた剣を左手で支えて、右手を柄に添えた臨戦体勢の僕を見れば、嫌でも側に居た人間ならばわかるだろう。僕が相談と言いながらも、答えは一つしかないことに。
僕が斬ったと知られても皇族の奴等は皇族に仇をなしたのだと勝手に予測してくれるという後処理まで付いてくる。
(斬ることに肯定していい事など一つも無いのにね。皇族って、本当狂ってる)
それでも今の僕は、付き人を斬る気持ちは欠片も無い。ただの脅迫に変わりはないが、斬らないという決心はきっと、人殺しを抜け出しても幸せをくれる存在に出会えたから。
(誰にも、邪魔はさせないよ)
やっと見つけた、やっと変われそうなこの切欠を誰にも邪魔はさせない。
視線が交わると付き人の視線が生半可な気持ちで僕に楯突いていないと知れる。丸腰のはずなのに命乞いなど考えてはいない強気な瞳は少しだけシーナの輝きに似ていた。
「・・・・・差し出すつもりは、ない・・・では、どうするおつもりですか?」
ぶつかる視線を逸らすこと無く、付き人は自分の中で僕の言葉の意味を考えるが、答えが見つからずに問いかけて来る。確かに、今までの僕では想像を超える行動だと僕自身理解しているつもりだ。
「最初に言ったんだけどな。僕の為、僕の・・・幸せの為だよ」
剣の柄に置いていた右手を降して緊迫した空気を少しだけ鈍らせた。
「・・・僕、最初は両親に笑って欲しかったんだ。今思うと笑える話だよね、人を殺して笑って欲しいなんて」
唐突に始めた僕の話を、付き人は不思議そうに眉を歪めながらも聞いてくれている。この先協力者になってもらう為だ真実を話しておくのは妥当だろう。
「皇族が狂ってるともわかっていたし、自分が狂ってるのもわかってた。・・・・でも、どうしたらいいかなんてわからなかったんだ、どうしたらこんなに苦しい想いはしないんだろうって考えて、また苦しくなったりしたよ」
笑いながら話せるのは、きっと今がそうでは無いから。僕の自嘲的な話に、初めて付き人の視線が逸れて、下を向いた。
「・・・でもね・・・シーナが教えてくれたんだ。・・・嬉しいって感情、久しぶりに感じた内側の温もり、心臓が燃えそうな程昂る決意。僕はこの切欠を誰にも邪魔させるつもりはないんだ、僕が今の僕である為に、シーナには笑っていてもらわないと困るんだよ」
なんて勝手な話だろう。そう思いながらも自然と緩む顔は止められない。
(こんなふうに思えるなんて、こんなに大事にしたいって思えるなんて)
ふわっと内側が軽くなる気持ちになった瞬間、複雑な顔をした付き人と視線が絡む。本当、毎度毎度タイミングが悪い。
「・・・・・そういう訳だから、シーナは連れていく」
付き人の妙な表情に気不味さを感じて視線を逸すが、付き人はその話題を逃さない様に言葉を繋げた。
「その・・・なんと言えばいいかわかりませんが・・・・その件に関しては、納得しました。クレスタ軍士は・・・意外と」
「・・・・意外と何・・・あー!もう、何が言いたいの?ダメなの?僕がシーナを好きじゃダメなのかい!?別にやましい事ばっかり考えてるわけじゃないけど、好きなんだから仕方ないだろう!触れたいんだ、声をかけられたいんだ、僕に注目して欲しいんだよ、君も男ならわかるだろう!?」
これ以上続けられる事が恥ずかしくて、僕は心の中を曝け出すと付き人は我慢するように唇をきゅっと噛み締め震えて笑いを耐えている。
(・・・むかつく・・・)
「・・っくく、貴方もただの男だったとわかって安心しました」
「・・・それは何より。じゃあ、悪いけど、君は立派な共犯者だからね」
まるで嫌味の様に笑いながら言う付き人に少し顔を歪めて不機嫌を表すが、僕の心情を知った付き人はそんな事で態度は変わらなかった。
「はい、あの子を守ります。あの子の為に・・・そして貴方の為に、ですね」
「・・・君に言われると、すっごく嫌だね・・・と、君の名前、そういえば何だったかな」
これから関わるのならば、名前を覚えとく必要もあるだろうと問いかけると、付き人は先程の不機嫌な顔をした僕と同じ顔で答えた。
「私の名前はリリアです。因みに、名前をお伝えするのはこれが五度目ですよ」
「・・・それは失礼したね、でももう忘れないよ。シーナの存在を知る君を逃すわけにはいかないからね」
「・・・貴方は極端な方だと言うことが、新たにわかりましたよ・・・」
奇妙な始まりではあったが、後にこれが総司令官とその側近として関係を築く様になったのは言うまでもない。




