新米騎士と騎士団の戸惑い
ラル side
「はぁ、はぁ・・!誰か・・!!」
居ても経っても居られなくなった僕は騎士団の誰かに事実を伝えようと森を必死に走り続けた。次第に森を抜けることが出来、少し広がった草原を超えてやっと屯所へと辿り着く事が出来た。
知っている場所に戻ってきた事で安心するのも束の間、慌てて屯所の扉を開き誰か居ないかと声をかけた。
「誰かっ、シーナが、・・・」
誰かは居るだろうと予測していたがまさか全員、しかも剣幕な顔をしているだなんて思いもしなかった僕は言葉を失ってしまった。尻すぼみになってしまった僕の言葉は誰にも伝わらなかったらしく、何事も無かった様に部屋の状況は進んでいってしまった。
「てめぇら・・シーナに何したんだよ!」
急に怒鳴り始めたアクリアは驚く事に、こんな騎士団の屯所には居ないはずの人達に向けたものだった。壁に寄りかかり、腹を抑えて俯いたクレスタ様、床で倒れ込んでしまっているリリア様、そして、一番存在に違和感を感じてしまう優雅に椅子に腰掛けた陛下の姿。
すぐにでもリリア様やクレスタ様を手当をしなければと思う僕だったが、アクリアはそれどころか急にクレスタ様の胸ぐらを掴みあげた。
「なななっ、何をしてるんですかっ!」
予想外の行動に慌ててアクリアの腕を引っ張って止めるとアクリアや騎士団の面々、そしてクレスタ様やリリア様、陛下もやっと僕の存在に気づいたらしい。
「あぁ!?・・・ラル・・・?っ、てめー邪魔すんじゃねぇ!今大事な時なんだよ!!!」
僕を振りほどいてクレスタ様に再び突っかかろうとするアクリアを必死に止めるが、側にいるヴィスタもマロンも手伝おうとはしてくれない。それどころかこの二人まで拳を握り締めて、まるで突っかかって行くのを我慢している様にも見えてしまった。
「ちょっと、落ち着いてください!何があったんですか、シーナは・・・そう、シーナが!大変なんです!!!!」
「んな事はわかってんだよっ!シーナが何も無くこんな事する訳ねぇだろ!!」
「わっ!」
必死にアクリアの腕を捕まえていたが、一度に集中された力には敵わず言葉と同時に振りほどかれてしまった。しかしアクリアはクレスタ様へと向かうのではなく、僕に視線を向けた。
「・・・ラル、お前ここで何があったか知らねぇだろ?・・・そこの壁に刺さってる剣、見てみろ。血が付いてる」
アクリアが唐突に指した先には陛下の横にフードを止めるようにして刺さっている折れた刀身があった。その刃にはベットリと血が付いている。
けれど、この現場に手を怪我している人や刃で怪我をしたような人は居ない。クレスタ様もリリア様も打撲の様で切れている様子はひとつも見つからない。・・・導かれる結論は一つだった。
「・・・・これは、シーナが・・・・?」
僕は驚きで震えなかった喉を何とか震わせるとアクリアが頷いてくれた。倒れている人達だけではない、転がっている椅子や散らばってしまった書類。この惨状を作ってしまったのが、シーナ。
「・・・俺が入ってきた時はもう訳わかんなかった」
そっぽを向いてしまったアクリアだが、急にキッとクレスタ様を睨むと一歩踏み出す。僕は再びクレスタ様に暴力を振るいに行くんだと予測し、慌てて引き止めた。
「アクリア!何をしようとしてるんですか!?手を下ろしてください!」
「あぁ!?うるせーな!!俺は、シーナが訳もなくこんな事する奴じゃねぇって知ってんだよ!!いつでも味方でいてくれたシーナが・・・傷ついてんだ・・・苦しんでんだ!ほっとくなんて出来ねぇんだよ!!」
その言葉に、止めていた腕の力が少し緩んでしまう。
「俺は、あの時から・・・!仲間と思われいようが、手足や小間使いと思われていようが関係ねぇ・・・俺はシーナを支えていくって決めてるんだ!」
アクリアが軍で蔑ろにされた時、助けてくれたシーナに憧れていたのは知っていた。けれども憧れが、そこまで覚悟のあるものだとは思っていなかった。
まるで、陛下を慕っている自分と同じではないか・・・・役に立ちたいと願う自分と同じではないか・・・そう重ねてしまった。僕の腕の力は無くなり、もう一度一歩を踏み出したアクリアを止める事が出来なかった。
「・・・同じ・・・なんだけど、な・・・」
そんなアクリアの勇ましい歩を止めたのは、弱々しいけれどしっかりと聞き取れたクレスタ様の声だった。
「・・・あぁ?何が同じだって?」
僕よりも近くに居たアクリアにはクレスタ様の声はよりハッキリと聞こえたのだろう、アクリアが喧嘩腰に聞き返すとずっと俯いていたクレスタ様の顔が急に上がった。
「・・・同じだって言ったんだよ・・・シーナを支える?僕だって、ずっとずっと我慢してきたんだ、君たちに何がわかる、君たちにっ」
「やめろ、ライア=フォード・クレスタ」
少し取り乱し始めたクレスタ様を宥めたのは落ち着いた陛下の一言だった。しかしそれよりも、クレスタ様の名前に僕は驚いてしまう。
「ライア・・クレスタ様は皇族の方なのですか・・・!?」
「ロード=ラル・シアン、君にも話をしなければいけないと思っていたところだ。ライア=フォード・クレスタ、そろそろ腹をくくれ。ここの人間には全てを伝える事が賢明だ」
不思議と陛下がお話をしている時は、誰も割って入ることが出来なかった。まるで言霊の様だと思っていると、陛下は続きを語られていく。
「一先ず現状を説明しよう。ここの惨状は予測は付いているだろうが、特別騎士団長シーナの要因で間違いはない。そして彼女が癇癪を起こした原因は私達にある」
「・・・シーナに、何をしたの」
陛下に続く様に声を響かせたのは、普段の声よりも1トーン程低くなったヴィスタの声だ。アクリア同様、きっとヴィスタもシーナの為を思えば陛下という存在だとわかっていても腰の剣を引き抜きそうで緊張感が走る。
そんな緊張感など感じていないかの様に、陛下はゆるりとお話を進められた。
「私達は・・・・彼女の全てを奪った」
「・・・違うッ!!」
陛下の言葉をクレスタ様が必死に否定した。その顔つきはシーナと戦っていた時にも見たことが無い程剣幕で、僕は少し手が震えてしまう。そんな顔をさせてしまう程、クレスタ様にとっては否定したい物事なのだろうか。
「私達は彼女の故郷を奪い・・・彼女の名声を奪い、彼女の居場所を奪い、彼女への信頼すらも奪った。そして先程、彼女の長年の親友と新たに築き上げた居場所すらも奪ったのだ」
「違うッ!!!僕は、」
「・・・ライア=フォード・クレスタ、彼女の中では・・・何も違わない」
声を荒らげて反論するクレスタ様だったが、陛下の告げた一言に、酷く哀しそうな顔をして何も言わなくなってしまった。そして、クレスタ様に更に追い打ちをかけるような低い声が後ろから聞こえる。
「・・俺にとっても・・・違わない。・・・クレスタ、お前が・・・皇族だと?俺達を騙してたのか、シーナを裏切ってたのか・・・!!」
マロンがここまで怒っているのを見るのも初めてだった。クレスタ様を睨みつけたマロンも、ヴィスタやアクリアと同様に拳を握って一歩踏み出すのを我慢しているのがわかる。
違う、そう否定したいクレスタ様は哀しく顔を歪めるだけで、もう反論など出来なくなってしまっていた。
「それについて、話をしようと提案しているのだ。この男が悪くないとも言い難いが、彼女を軍に留まらせる事はどの道出来なかった。・・・なんと言えば良いか・・・ライア=フォード・クレスタ、君から何か言いたくはないのか?」
そう問いかけた陛下に、クレスタ様は諦めた様に溜息を漏らすと瞳を閉じてゆっくりと開いた。
「・・・・そうやって君はすぐ人任せだよね。・・・マロン、ごめん。騙していたのには変わりはないよね・・・全部話そう、シーナの事、シーナが軍に居れない理由。これは随分前からの話になるけど、聞いてくれるかな」
いつもの調子に少し戻ったクレスタ様が語り始めたのは、僕の知らない昔の話。否、誰も知らない、昔の真実だった――――――




