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ゴロツキ騎士団  作者: ころ太
第二章 不穏な風
34/62

幸せの裏に悲しい嘘



 不安で、苦しくて、怖くて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 真っ白になって、またぐちゃぐちゃになって。


 空を飛んでいる間、考えているのはクレスタの名前の事ばかりだった。


(人違い、人違いだろ・・・・)


 来る時はあれ程綺麗に見えた景色も、心地よく感じた風も、今は私の答えを邪魔する道のりにしか思えない。皇族のはずがない、ありえないとわかっていても、任務に来る前・・・クレスタは私に思っている事を隠していた。


もしかして・・・本当は、本当は、


・・・クレスタも、私を“恥”だと・・・思って、いた・・?



騎士団を作ったのは、他に・・“恥”を見せない為?

騎士団を公にしないのは、“恥”を隠す・・為?

本当は、本当は・・・早く、“恥”など消えてしまえと・・・・思っているのか・・?


(嘘だと、勘違いだと笑ってくれ・・・)


普段は浮かばない弱気な考えばかり頭に浮かぶ。逃れられない過去が、私を弱く、脆く、小さくさせていった。


(こんな不安、もうたくさんだ)


 風を切りながら空を走り、飛竜の背中をそっと撫でた。私の思いを知ってか知らずか、頭の良い飛竜は一気に風を煽って速度を上げていく。小さく見えていた王都が徐々に大きくなり、見慣れた景色になる頃にはもう頭の中は皇族のこと以外何も頭に浮かばなかった。


 ゆっくりと高度を下げて屯所の小屋の近くへ飛竜を降ろすと、マロンが乗っていた飛竜の横へ縄を括りつけていく。大人しく座り込んだ飛竜の背から荷物を手早に剥ぎ取り、その足でクレスタの執務室にいこうと一歩踏み出した。


「・・・っ・・・クレ、スタ・・・」


 もう一歩踏み出す事は無く、そこには会おうとしていた男、クレスタ。そして後ろにはリリアと、フードを深く被った男が歩いてきていた。顔が見えない男は恐らくだが、大会の時にクレスタと話していた人物・・・だと思う。


「やぁ、シーナ。おかえり。先程マロンが来てね、無事で良かった」

「・・・・あ・・あぁ・・」


 片手を上げて軽く挨拶を交わしてくるクレスタに、私は少しだけ安堵する。いつもと何ら変わりのない彼はきっと人違いだ、と笑ってくれる。そう自分に言い聞かせて、クレスタへと声をかけた。


「わざわざ・・・こっちに来るなんて珍しいな」


 震えそうになる指先を強く握り、一歩近付いていくとクレスタは再びニコリと笑った。


「屯所で話を聞かせてもらおうと思ってね。マロンが連れてきたオーリンだったかな、早く詳しく聴きたくてこっちに来たんだ」


 そう言って屯所へ足を向け、そのまま入っていくクレスタにリリアとフードの男は続いて行った。リリアは私に会釈して、フードの男は何かしたのかもしれないが、大きなローブが邪魔をしてわからなかった。


(大丈夫だ、ちょっと・・・聞いてみるだけだ・・・)


 もし・・・という恐怖に負けそうになる自分の背を押すつもりで、ゆっくり私も扉を開いて中へと入る。入ったすぐの椅子に腰掛けたクレスタ、そして置くの壁際に座っているフードの男。リリアは後ろで書類をパラパラと捲っていた。


「シーナ?どうしたんだい、何か元気ないね?君も座ろうよ」


 扉の側で動こうとしない私を不思議に思ったクレスタが立ち上がって近付いて来る。チャンスだ、と思い、私はグっと拳に力を入れて声を大きくした。


「クレスタ・・!その、変な話を、聞いてな・・・。お前・・・・」


 私の切羽詰った顔が相当おかしかったのだろうか、クレスタは不思議そうに目を開いて顔を覗き込んでくる。


「お前の・・・・名前・・・・」


 そう、言葉にした所で、疑問に思って欲しかった。「何の話?」とか「名前がどうかした?」って言って欲しかった。そうすれば、もう聞かなくてもよかったのかもしれないのに。笑って誤魔化せたかもしれないのに。


「・・・・まさか・・・!あの娘、が・・・・僕の名前を・・・?」


 クレスタから出てきた否定ではない言葉が私の脳内に、皇族の二文字が走らせ体が強張る。


「・・・・ライア=フォード・クレスタ・・・なのか・・・?」


 俯いていた頭を振り上げて入ってきた視界には、視線を逸して眉を歪めるクレスタの姿はまるで、嘘がバレた・・・とでも言いたげだ。クレスタの表情に、行動に、私の中の不安が一気に膨らんでいく。


「お前は、皇族っ・・・なのか・・・?」


 名前に付いて答えようとしないクレスタに、もう一度言葉を変えて聞けば諦めたように溜息をつかれた。膨らんだ不安が、一気に恐怖へと変わっていく。


(・・・いやだ、違うと・・・言ってくれ・・・)


 世界中でたった一人になった気分だった。

 誰も助けてなんてくれない、誰も味方になんてなってくれない。

 誰も、私を認めてなんてくれない。


 抑えが効かなくなるほど体が震え、怖くなった。クレスタに肯定されてしまうと、今までの私は・・・・今までの騎士団が、今までの親友が全て消えてしまう気がして、怖くて怖くて、たまらなかった。

 その恐怖から逃れたくて、断ち切りたくて、ただ私を唯一守ってくれると、裏切らないと知っている剣の柄を・・・無意識にゆっくりと握り締めた。昔からの本能かもしれない。この剣があったからこそ私は守られて、戦えて、生きている。


(・・・助けて・・くれ・・!!)


 柄を握り締めた私の行動に驚いたクレスタは、黙りを止めて慌てて言葉を投げかけてきた。


「シーナ!落ち着いて、話をしよう!」

「ッ!来るな・・・!!!」


 剣を引き抜かせないと、伸ばしてくるクレスタの手が怖くて、気がついた時にはもう柄を握った腕を横へと振り切っていた。クレスタを守るために間に入ってきたリリアの剣とぶつかり合う音が部屋中に響き渡ると、私の思考は停止した。


「シーナ様、落ち着いてくださいッ!」


 クレスタと同じことをリリアにも言われてしまうが、今の私には到底無理な言葉だ。構え直したリリアの剣に素早くもう一度真横から打ち付け、衝撃で緩んだ所に柄を使ってリリアの手に近い部分の刃を砕く。折れて支えを無くした刃を床に落ちる前に切れるのも気にせず素手で掴み、折れた剣に驚いたリリアの腹に蹴りを入れると同時にクレスタに掴んでいた刃を投げつけた。


「ッ!」


 キンッ、と軽い金属音がした、ということはクレスタは剣を引き抜いて折れた刃を弾き飛ばしたのだろう。続いて聞こえた木に刺さる音で、刃がそのまま壁に突き刺さったのだと知る。

 その刃を確認する様に視線を壁に移したその先。フードの丁度布の部分を貫通させて壁に貼り付け、隠れていた男の顔を露にしていた。




 急に視界が開いて驚いた男の顔は、深く印象深い、見たことのある男の顔。


 その印象深い顔をみた時、私を占めていた恐怖が絶望に変わっていった。凍りついた私の表情を見て、クレスタが視線の先を辿ると困ったように笑う。


「・・・・はは、今・・・連れてくるんじゃなかったよ」


 苦顔に歪めたクレスタの言葉は私の嫌な予想を確定するのに十分だった。壁に張り付けられたフードの男は、ラルとは違う髪色で、ラルと似た顔の・・・・この国の“王”の顔だったから。


「・・・っ、あ、・・・」


 やはり、私は皇族に対して憎い、というよりは恐怖。が大きかったのかもしれない。もしくは、親友に裏切られた・・・ということが、恐ろしく感じたのかもしれない。

 見開く瞳孔と上手く出来ない呼吸で、私はついに声もでなくなってしまう。そんな私の様子など、気にする様子もない王は悠々とクレスタへと文句を言い始めた。


「・・・私を殺す気か、ライア=フォード・クレスタ・・・。それにしても・・・これ程まで磨かれた戦闘力とはな・・・お前が危険だと判断したのも理解出来る。上手くいけば側近を足蹴に総司令官の喉を砕いた刃で一突きか・・・恐ろしいものだ」


 首の部分で止めていたフード付きのローブを解くと、椅子から立ち上がって淡々と喋り始めた。その言葉が、存在が、私の体を震えることしか出来ない役たたずへと変えていく。


「可哀想な戦士に・・・一つの真実を教えよう。君を軍から追い出したのは他でもない、ロード家だ。だが、君が軍に居ない方が良いと進言してきたのは・・・他でもない、ライア家・・・・いや、ライア家のライア=フォード・クレスタ・・・が正しいか」



 目の前が一瞬で真っ暗になった。




 指先が、唇が全身が震える。


「解りやすく伝えよう。・・・軍からも、王都からも消えた存在となっている勇敢な戦士・・・シーナ。それを作り上げたのは、そこにいるライア家の人間に間違いはないのだ」

「・・・・やめろ・・・!」


 王の言葉が私の胸に突き刺さる。クレスタの止める声なんてもう、耳に入っていない様なものだった。


「シーナ・・・」


 クレスタが私の方を見ると目を大きく見開いた。ポタッ、と床に落ちた雫の音で初めて私の瞳から涙を流していたのだと気づく。クレスタもそれに驚いたのだろう。

 枯れ果てた涙など、もう流れないと思っていた。


 頬を伝う雫と比例するように剣を握る手に力が篭り、怒りか、恐怖かわからない震えでカタカタと金属が擦れあう音が、部屋に響いていく。


「シーナ、話を」


 クレスタに続けて欲しくなくて、恐怖に任せて強く剣を握ると右から一発、振るう。危機を感じて構え直したクレスタの剣にガンッ、と重い衝撃と金属音が響き、私を再び戦いの感覚に引き込んで行った。もう何も考える事が出来ない。

 ただ体に従って、ぶつかった剣を弾いて、右斜め下から一発、もう一度弾いて体を捻らせ左から更に一発ぶつければ、屯所のドアが勢い良く開いた。


「何やってんだ!!・・・・シーナ!?何やってんだよ!」


 入ってきたのは、血相を変えたアクリアだ。声に緩んだクレスタの力に私も剣を握っていた右手を緩めたが、本能は止まらなかった。すかさず左拳で思いっきりクレスタの顔面を殴った。


「ッぐぁ・・!」


 軽く飛んだクレスタに追い打ちを掛けるように腹を蹴る。


「かッ、はっ・・」


 クレスタの悲痛な息遣いが、苦しくそうで、でも悔しくて、悲しくて、蹴った後も涙は止まらなかった。


「止めろって、シーナ!何があったんだよ」


 唖然としていたアクリアが私の手を掴んだ事で、その場の空気さえもピタリと止まる。どうしたらいいのか、誰を信じたらいいのか。何もわからなかった。


「シー・・・ナ・・・」


 苦しそうに床に転がるクレスタが、小さく呟く。

 信じたい。そう願う気持ちと、嘘だ。そう伝えてくる気持ちがぐちゃぐちゃに混じり合う。私は声に反応を示すことなく、アクリアの手を払って、右手に握っていた剣を鞘へと収めた。


 私は・・・私は、皇族という奴等に・・・・次は何を与えられて・・・・何を失えばいいのだろう。


 そんなことしか、考えられなかった。


「待って・・・シーナ・・・」


 困惑するアクリアの横を通って扉へ向かうとクレスタの悲痛な声が脳に強く響く。一緒に駆け抜けた辛い任務でも、大怪我を負った後でも聞かなかった程弱々しいその声に、何故か鼻水も出て更には涙に濡れた顔が歪む。


「・・・っ、」


 怒りだって、恐怖だって、伝えたい事は沢山あったのに、私の口は呼吸音しか発することが出来ない。そのまま扉を開いて駆け抜ける。ただひたすらに広がる草原をかけて、奥に広がる森の中まで足を動かした。

 突然ポツ、ポツと陰り始めた空から振り始めた雨はまるで私の心を現している様で、強くなる雫が私の体に打ち付けられていく。雨に奪われていく体温が思い出すのは、皮肉にもあのあたたかい場所。あの、騎士団の場所、あの・・・友人の隣。

 

 昔の光景がよぎった瞬間、視界が雨とは違う雫で滲んだ。


 雨に濡れた土の所為で泥が足に絡まり、重くなった一歩がついに前に出せなくなる。やっと止まった私の足はその場で膝をおり、泥を周りに跳ねさせた。私は顔に泥が付くのも気にせず、片手で目を覆い、視界を消して・・・思考も消してしまいたかった。

 騙されていたとわかっているのに、どうしようも無い過去だと知っているのに、一人になって思い出すのはアイツらの顔ばっかりだ。


 楽しかった。嬉しかった。

 あの空間が、あの仲間達が、あの友人が



 好きだったんだ。


「うっ、ああああ・・・!!!」


 雨に、この想いも、流されてしまえばいい。

 あの楽しかった日々も、嬉しかった言葉も、優しい笑顔も、全部全部空っぽになってしまえばいい。



 そんな心の悲鳴が、私の叫びとなって雨と一緒に周りを響かせていった・・・・・・






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