仮定の会議
修正しました。内容は特に変わってません。
コンコン。
木質の扉を叩く音が室内に響く。
あの後ベッドで大人しくしていたのが効いたのか、立ち眩や頭痛等の体の異常は何一つ感じなくなっていた。扉を叩いた連中に予想を付けて、軽目の返事を返す。
「いるぞ」
返事はなく扉がゆっくり開くと、頭に思い描いた通りマロンを筆頭にした騎士団の面々がぞろぞろと部屋へ入ってきた。
「シーナ大丈夫か?」
一番に入ってきたマロンが、早々に私の横に立ってそう告げれば、他の奴等もベッドの側へと寄ってきてくれる。予定とは違う形で別行動になってしまった事を心配してくれているのだろう。
「それがな、一時は立ち眩や頭痛がしてたんだが・・・もうすっかりだ。心配かけたな」
気優しいマロンや騎士団の奴等に一声かけて寝ていた体制から起き上がり、体を伸ばせば皆安心した表情を浮かべてくれた。
「なーんだ、良かった良かった。シーナが体調崩すなんて珍しいし、しかも任務中にさ。いっつも気ぃ張ってるだろ?」
アクリアがホッと息を付きながら言い、隣のヴィスタが私の横に腰掛けて、顔をのぞき込む。
「そうそう、いっつも機械見たいに健康なのに、心配しちゃったよ。・・・・うん、顔色も大丈夫そうだね」
満足そうに微笑んだヴィスタに続いて、ラルもそっと近寄ってきた。
「あまりご無理をなさらない方が良いと思います。人数もいることですし」
普段は嫌味の一つでも付けそうなラルも、悪戯をしてきそうなアクリアやヴィスタも、真剣に私の事を心配してくれている。普段は見せないその優しさに、あたたかいモノを感じて嬉しさから顔が緩んでしまう。
「ありがとな。大丈夫だ・・・」
そんな雰囲気が少しだけ気恥しく思えてきて、空気を壊すように私は立ち上がって机へと場所を移した。備え付けの椅子に腰掛けると他の奴等も各々に色んなところへと腰掛る。ヴィスタはベッドの上のまま、その横にアクリアが座り、ラルは私と一緒に机の備え付けられた椅子に、マロンは近くの壁に寄りかかっていた。
「・・・外の案内は中々充実していた。・・・・シーナはどうだ、ベッドでいい夢が見れたか?」
マロンが少し笑いを零しながら聞いてきたその問いに、全員が聞き耳をたてた。マロンがオーリンに容疑がかかっているということも話していたのだろう、何も本当に夢の話を聞いている訳じゃないという事は誰もがわかっていた。
「予想通りの夢だった、とでも言っておこうか。・・・・書斎の様な部屋の引き出しに酒場で見た袋がはいってた・・・中に小枝や木の皮付きでな。ご丁寧に火付けの道具も一緒だ」
良くしてくれたオーリンが犯人、なんてあまり考えたくはない。皆が視線を下に向けて考えこんでいた中、マロンが再び問いかけてくる。
「他には何かあったか?」
聞かれて、本に不自然に挟んであった紙切れの事を思い出した。私は一枚の紙切れを服から取り出し、机の上に置くと全員が机の周り集まって紙をのぞき込んだ。
「そういえば、妙な走り書きした紙を見つけた。・・・消えた13人の名前と、脳や神経、そんな事が書かれてた紙を何枚もな。13人の名前が書いてある一部分だけだが、写してみた」
書いてあることはあの紙と同じ、証拠・・・とまではいかないかもしれないが問い詰めるには十分な材料だ。
「“香失草”って言葉が他の紙によく出てきてた・・・恐らくこの数字、発症までの回数って書いてあるだろ?“香失草”ってのが、何かの病気を発症させる基で、その実験に村人を使ってた・・・とは考えられねぇか?」
私は想像していた仮定を紙切れを指しながら伝えると、皆の顔が何とも言えない・・・複雑な顔になる。
「・・・確かに・・な。この紙を見る限りでは、その可能性が高いかもしれん。・・・・だが、何故オーリンがこんな実験をする必要があるんだ?」
マロンが顎を押さえながら問いかけてきた。私も一番引っかかっていたのはソコだ。
「なーんか、難しくなってきたなぁこの行方不明事件。っつーかこの“香失草”ってどうなっちゃうわけ?なんの病気になっちゃうんだ?」
アクリアが、不思議そうに問いかけると隣のヴィスタが紙の二重線を書かれた名前を指さす。
「そうそう、発症してない人も居るみたいだしねぇ・・・その人達も見つかってないんでしょ?二重線と一緒で、この世からも消されちゃってたりして」
冗談にならないような言葉に少し息を詰めて、ラルの意見も聞こうと横へ視線を移す。ラルは難しい顔をして、思案したような溜息を漏らしていた。
「どうした?何か知ってるのか?」
ラルの顔をのぞき込んで聞けば、視線をさ迷わせながらも弱々しく、ラルは口を開いた。
「・・・・僕は、“香失草”という名を知っています。」
その言葉に、騎士団の面々は皆驚いた。
「マジかよ、やっぱりお坊っちゃんは博識だなー」
「どんな物なんだ?」
アクリアのふざけた感想をサラっと流して、マロンが問いかける。ラルが伝えようと口を開くが、妙に渋い顔をして視線を下へ向けた。
「・・・皇族に伝わる・・・医学の書で読んだのですが・・・」
「なんだよ、勿体ぶんなって。読んで?どうだったんだ?」
言葉を詰めるラルにしびれを切らしたアクリアが続きを催促すると、ラルは覚悟を決めたように視線を上へ向け、先程とは違うハッキリとした声で続きを告げ始めた。
「・・・・・昔、“香失草”の効力を示すために実験を行われたという文献でした。・・・・・結果は・・・・悲惨と言う言葉がふさわしいと思います。“香失草”とはまさに名の通り、草花の甘く蕩ける様な香りを嗅いで、最初は体の自由が、次には思考の自由がなくなり・・・ついには自我、と言うものを失う。香りを嗅いだ時・・・要は草花の成分が体に巡る時に聞こえた声に反応を示すようになるらしく、実験の為に身を捧げた研究者の方は・・・もはや奴隷の様な扱いを平気で受け入れる様に・・・」
顔を青くして口元を手で抑えたラルに、騎士団は何も言えなかった。その“香失草”についても、想像以上の症状でただただ、驚くしかない。
こうなることは予想内だったのか、ラルは困った様な顔で顔から手を離す。
「・・・・声に反応して、最期は自らの命を絶ったと記してありました。症状が証明されたのには変わりありませんが、僕は・・・この様な実験・・・二度と起こしてはいけないと思います。もし・・・もしもこの村で同じ事が起きているのなら・・・・僕は、僕は・・・・止めたい・・・」
皇族の文献とやらの内容が余程非道かったのだろう、ラルはぐっと拳を握って思いを伝えてくれた。素より正義感の強い、真面目な奴だ。仮定の話であってもここまで強く主張するというところにラルの本気が見えた気がした。
「もちろんだ、そんな事やってんならやめさせるのが一番だが・・・理由がわからねぇな。誰か・・・従えたい奴でもオーリンにいるのか?」
内容が分かったとしても理由はわからない。オーリンが従えたい奴など・・・
「・・・まさか」
思い立った一人の人物に、私はハッと息を飲む。今の現状ですら、危険だ。私の様子をおかしく思ったアクリアがベッドから立ち上がる。
「どうしたよ、シーナ。オーリンが恨むような奴なんて・・・まさか・・リジュちゃん!?」
そう、オーリンに関係が深い人物など今のところ一人しか居ない。過去に何があったかは知らないが、もしそれが老夫婦の事が絡まっているなら理由が納得出来るものもあるだろう。
「リジュ嬢を従わせる為・・・ですか?何か利益がありますかね」
不思議に思うラルに、マロンは色んな可能性を突きつける。
「別に、従わせる事が目的ではないと思う。お前だって文献を読んで感じただろう?不快感だ。相手にそれを思わせる事が目的な時だってあるんだ」
被害者が13名も出ている今、いつリジュに魔の手が伸びてもおかしくはない。危険だと判断した私たちは、指示を口で出すわけでは無かったが剣を片手にとり、椅子やベッドから立ち上がった。
その瞬間。
「いやあああああああああああああああああああああ!!!!」
甲高い叫び声が屋敷内を圧倒する。それは、事件が起きてしまった、という合図だと判断するのにはぴったりだった。聞き覚えのある可愛らしい声の主は恐らくリジュ。
「ッ、行くぞ!」
私はなりふり構わず走り出していた・・・




