皇族の男:ロード=ラル・シアン
ギィ・・・。
ゆっくりと扉を開くと少しずつ中が露になっていく。応接用だと友人が用意してくれた部屋は騎士団の屯所とは比べ物にならないほど豪華で綺麗だ。整えられた座り心地の良さそうなソファ、そして背の高い椅子とテーブルがセットで置かれている部屋だった。
ドアが開いたと同時に、真新しい鎧を身に付けた男が背の高い椅子から立ち上がりこちらに体と視線を向けた。
「はじめまして、シーナ団長。今日より期間限定で入団となりますロード=ラル・シアンです」
浅く腰を折った男の第一印象は好青年。私より顔一つ分程高い背に、ブロンドの透けるような短い髪に薄いグリーンの瞳。笑顔、とまではいかないが、そこそこ愛想は良い方の顔だろう。
(・・・こんなチンケな騎士団に、礼儀正しいこった)
姿勢を崩さず綺麗に告げる言葉は、育ちの良さを表しているが・・・この見上げて挨拶をした男はその相手を間違えている。
隣のマロンを見ながら団長と告げる彼は、まさか私が団長だとは思わないのだろう。友人から聞いて女だと言うことも知っているだろうし、余計に眼中にはなさそうだ。マロンもマロンで、間違われるのは慣れているはずなのに相手が皇族だからか、オドオドしてるのが丸見えだった。
(・・・だらしねぇな)
はっ、とため息をつき、握手を交わすために右手を差し出した。
「はじめまして、私がシーナだ。ロード=ラル・シアンだな?一先ず、どこが名前だ。まさか全部呼べとは言わないでくれよ」
「・・・えっ!?・・・・あ、えと、」
わたわたと慌て出した好青年に、もう一度告げる。私は部屋に入る前から、苛立ちを隠している優しさを見せれるものなら見させてやりたいものだ。
「よく間違えられるが私が特別騎士団、団長のシーナだ。で?名前は?」
「あ・・・・・申し訳ありません、てっきり、その・・・」
謝罪まで礼儀正しいのは良いことだが、後の言葉がハッキリしない所為でちっとも話が進まない。いろんなことでイライラとしていた私は心配そうにするマロンを他所に声を荒らげてしまう。
「だぁー!!ハッキリ言え!団長っつーのはマロンがよく間違えられてるって言っただろ!?何度も言わせんじゃねぇ!!それから名前だよ、名前!何回聴いてると思ってんだ、長くてどこが名前かわからねぇっつーの!」
マロンは頭に手をあてて呆れた息を漏らし、好青年は驚いて口がぱくぱくなっている。
(魚か、お前)
心の中でびっしりとツッコミながらも帰ってこない言葉にいい加減飽きてきた。
「もういい、お前は新入り、な」
指をさして言えば爽やかだった好青年の顔が真っ赤になる。ちなみにマロンは真っ青だ、二人揃って百面相しやがって、似たもの同士だな。
「はっ!?ふざけないでください!!僕は、名前を短くされたことなんてないし、新入りってなんですか、ロード家に対し――――」
最後一言を言いかけた所で、腰に帯びていた剣の柄をぐっと握り、続きを言わせないとばかりに思いっきり引き抜いていた。
切っ先を新入りの首元に向け、私の視線は今までよりも更に鋭くなった。奴の言葉はピタリとまり・・・・・・案の定、マロンは白目をむいている。
「・・・・ロード家に対し・・・?・・・だからどうした。ここは身分がどうの言ってる場所じゃねぇんだよ。私に対して敬語も敬称もいらねぇ、それは自分も同じだと思え。・・・・理解できないなら、この話は無しだ。消えろ」
最後に坊っちゃんのチャキッと金属音を鳴らして刃を動かし皮膚に沿わせば、震える唇が開いた。
「そ、そそんなの・・っ!だ、誰かが上に立たなければ、団として成り立たないじゃないですかっ、」
こんな状況に陥った事などないのだろう、刃の感触で生死を味わっている新入りは拳を握り締め、震えようとする体を必死に我慢していた。
(そこそこ根性はあるじゃねーか)
妙な所で感心を得た私は、ゆっくりだが剣を引いてやった。
「・・・んなことわかってんだよ、ばーか。上に立つ奴が、権力と怪力ばっかでどうするっつー話だよ。頭を使え」
「なっ、馬鹿って、貴女、!」
馬鹿の言葉に赤い顔を更に赤くさせるものだから、「ばーか、ばーか」って罵ってやろうと思ったけど、マロンが膝をついて胃を抑え始めるのを見て、少しだけ申し訳ない気持ちが出てきてしまった。
引いた剣を鞘に収めれば、マロンの不調を訴えていた胃を抑える手は何とか頭へと戻る。
「・・・、その、なんだ・・・ここに居たくねぇなら出ていってくれて構わねぇぞ。って言いたかったんだよ」
チラチラとマロンの様子を伺っていたのが知れたのか、先程からマロンの瞳がおかしい。あいつはこんなにも捨て犬の様な、助けてくれと訴えれる瞳だっただろうか。その心苦しい視線を感じ、そわそわとし始めた私を良いことに新入りときたら、またもや爆弾発言をしてくれる。
「・・・できません・・!軍とは別にあるから・・どんなところかと思えば・・・こんなめちゃくちゃな言い分の所、無くすべきだ!」
「はぁっ!?」
あぁ、またマロンが床に伏せてしまった。
「てめぇ、ふざけんなよ!!何がめちゃくちゃな言い分だ、ゴラ!」
だけどそんなマロンより、無くす発言に私の苛立ちは最高潮へ達し、新入りの胸ぐらをつかみあげる。新入りが息を詰める顔をしたが、そんなのかまっちゃいられない。
ここは坊っちゃんが勝手に無くして良い場所じゃないんだ。
(また・・皇族が私から取り上げるのかよ・・・!!!)
「貴女の考えを押し付けるなんて、間違ってるって言ってるんですよ!」
「誰が・・!くそ、埒があかねぇ!!じゃあここで約束の三ヶ月、働いてからにしろ。そうすりゃ文句も言わねぇし、十分上への報告書でも用意出来るだろ!」
過去を思い出して血が頭に一気に登り、ついそんなことを言ってしまったが、どうやら・・・・結構なピンチを招いてしまった。と後悔してももう遅い。
すっと横目で確認すれば、マロンはもはやその場から消えていた。
「・・・わかりました。良いですよ、三ヶ月は契約でしたものね。・・・では、今日はこれで!」
妙に納得するから、こっちも引くに引けなくなってしまう。新入りは胸ぐらを掴んでいた私の手を勢い良く振り解いた。
「あと三ヶ月、有意義にお過ごしください!!!」
荒らげた声を捨て台詞の様にして扉の向こうへと消えていく。
部屋に残された私が思う事はただ一つ。
(あー・・・・マロン・・どうすっかなぁ・・・。)