残された形跡
「申し訳・・・・ありません・・・」
朝集まって、挨拶よりも先に聞いた言葉がそれだった。ラルは昨晩の記憶があるらしく、顔を異常なくらい真っ赤にさせて頭を下げている。
もちろん、それにいい顔をするのは例の二人だ。
「ラルってばぁ、酔うとこわーい」
「本当、本当、俺まで説教されるとはなー」
にやにやと笑うアクリアとヴィスタに普段ならチマチマした文句を言い始めるラルだが、今回ばかりは何一つも言えないらしい。ぐっと口を結んで拳を握りながら我慢する様がなんとも言えない。そんな三人を放って置いて、マロンと二人でルートの確認をした私は靴を鳴らして歩き始めた。
「よし、じゃあ二手に別れて村の外を一回りするぞ。マロン、ヴィスタ、そっちは任せた」
屋敷の入口に集まっていた私たちはそれぞれに別れて屋敷を後にする。一日も掛からず歩いて回れる範囲の村だ、今日中に辺りを確認するのは終わるだろう。
いつ賊が現れても良いように、何が起こっても対応出来るように、準備も全員しっかりとしている。
それを互いで確認した後、私たちは屋敷の直ぐ側から村の裏山に入った。
「何かあるかなー」
森に入って早々、野生の生き物が出る、と言われるのがわかるほど木々が生い茂っていた。アクリアが周りをキョロキョロとしながら拾った小枝で辺りを触りながらそう呟く。
「どうでしょうね。・・・・何か、すらわからないのが辛いですが・・・」
人を探す、武器を探す、動物を探す。目的がはっきりとしていればしている程捜し物は見つかりやすい。現状の様に、何かっていう方が見つけにくかったり、見落としてしまう可能性がある。ラルが言った様に、私達の捜索は上手くはいっていなかった。
「とにかく、異常な部分を見つけろ。おかしいと思ったら言えよ」
草を掻き分けてみたり、木に昇ってみたりと、色々な事をしてみたのは良いが一向にその何かが見つかる訳では無い。もう少しで登っていた太陽も傾き、マロン達との合流地点まで近付いてもそれは変わらなかった。
ダラダラと三人で歩いて居ると、不意にラルが頭を押さえながら上を向いた。粗方、昨日の酒がまだ続いてるんだろう。
「ラル、どうしたんだよ。あ、昨日の酒が残って頭痛ぇんだろ」
アクリアがトントン、とラルの頭を小突くと嫌そうにその手を払っていた。
「わかっているのなら叩かないでくださいよ。あれだけお酒を飲んだのも初めてだったので・・・・す・・・・」
アクリアの方に視線を向けたラルだったが、アクリアを見る前に再び空を見たまま止まった。突然言葉も小さくなった事を不思議に思った私とアクリアは、ラルへと近付いていった。
「何だ?突然・・・どうした?」
私が尋ねれば、一点を見つめたままラルは口を開く。
「・・・シーナ、こういった山の中で火を炊く事はよくある事なのですか?」
「火・・・?村が近くにあるし・・・ここらで野宿ってのはおかしいかもしれねぇな。木も結構あるし、燃え移ったらかなり危険だが・・・」
言いたいことが分からず、ラルの視線にスッと自分の視線を合わせていく。目を凝らして見ていれば、ラルが木と木の間を指さした。
そこには、一本の白い筋。
何かを燃やしてなければ出てこないその白い筋。つまりは燃やしている奴が居るって事だ。
「ラル、でかしたな」
ラルの肩にポンッと手を置いた後、その手を口に持って行き人差し指を立てて、喋るな、と合図する。
「私が先頭を行く。足音をなるべく消してアクリア、ラルの順番に付いてこい。ラル、後ろに足音や物音が聞こえたら一先ず逃げろ。そうなればアクリアはラルを追って援護しろ。残りは私が叩き潰す」
指示を出して、コクリ、と頷いた二人を確認した私は一歩一歩、その白い煙へと向かって行く。近付いて行けばその場所は明確になってくるが・・・今の所、物音も足音も話し声も聞こえない。
(賊・・・・か・・・?)
木の影に隠れて、間近まで迫った煙の発生場所をそっと覗く。・・・が、やはり誰もいない。集められた木々だけがパチパチと燃え続けていた。
後ろの二人に来い、と手招きをして呼び、現状を見せて顔を見合わせた。
「・・・人が居るようには、見えねぇな」
「じゃあ何で火付けてんだ?これじゃあ気づいてくれって言ってる様なもんじゃん?」
確かに、日が傾いたと言っても暗くなる程じゃない。灯りが必要な訳でもない状態で、身を潜めているのなら尚更火は使いたく無いだろう。私は誰かが居る、という考えを捨てて足音を立てて歩きだした。
後ろの二人が驚いていたが、気にせず石や落ち葉を踏み鳴らして前へと進む。
「ちょ、シーナ!」
アクリアの呼び掛けを気にせず、私は火を目の前にして足を止めた。
「・・・・何か、おかしくねぇか・・・?」
火が大分移り、炭になっている木やなりかけの太い木。周りには何も無く、座るのに丁度良い大きな石だけが置いてあった。パタパタと後ろから付いてきた二人も周りを確認するが、同じように首を傾げて疑問を示す。
「・・・何が?火を調節するのにここ座ってさぁ、ぴったりじゃん」
アクリアが石に座り、持っていた小枝で火をつつく。その様はまさに想像した通りの光景だ。
「そうですね。誰かが居たのでしょう、特に不思議な点は見当たりませんが・・・」
肯定している二人は周りを更にキョロキョロと見ていたが、おかしなモノっていうのは物がそのまま置いてある訳じゃない。
「見つかりたくない奴が・・・・火を炭になるまで朝から、いやこの長さだと夜からだな。そんな長い間焚いてた・・・てか。今まで見つからずに行方不明者を出してる人間がそんな基本的ミスをしていたんならここの奴等はよっぽど抜けてるぞ。それに予備の木が一本も見当たらねぇ、食べ物も、飲み物も・・・残骸すらねぇ。生活しにくい場所だと思わねぇか?」
ここに人が居た事は事実だが、生活していた可能性は無いに等しい。まるで、昨日の内に即席で作った様な“誰かが居た”という形跡。
(昨日か・・・。・・・・いや、まさか・・・な)
昨日、という言葉で頭をよぎったのは、夜遅く窓の外で見かけたオーリンの後ろ姿。賊の可能性が消えた訳じゃないし、他の可能性だって十分有り得る状況だとわかっているつもりだが無条件で無いと言い切れるものではない。
もっと決定的な何かが欲しい。
「どうすんの?もうちょっと仕掛けてみる?」
ここに居た人物が戻ってくるかもしれない、と考えているアクリアはそう問いかけて来た。だが、これほどまで見つけてください、と言ってる場所に誰かが帰ってくるとは思えない。
「いや、マロン達と合流しよう。向こうも何かあったかもしれない」
「ここはどうしますか?火は付けたままで?」
燃え移る事を考えたのだろう、ラルが火の心配をしていたが少し開けたこの場所はそういうことも計算してあるみたいだ。長時間、火を燃やしていても周りには移らない様になっていた。
「・・・・いや、このままでいい。恐らく火は自然に消える・・・」
人が居ないのに燃え尽きる程焚かれている火。違和感ばかりの場所に、私は妙な不安を覚えてその場所を後にした。




