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ゴロツキ騎士団  作者: ころ太
第二章 不穏な風
25/62

憧れの内側



 パタン、酒場の扉を締めて少し歩けば虫の小さな声まで聞こえる程静かだった。周りの音がなくなると、酒場の女が言った言葉が頭の中へと響く。


(屋敷の・・・魔女か・・・・)


 冷たく顔を撫でる風に思考も酔いも冷めてきて、自分の感覚が研ぎ澄まされていく。


(・・・リジュがこの事件に関わっているかはわからない・・・が、関わっていないとは言い切れない・・・・か)


近くにあった太めの木に背を預けて、はぁっと一息つくと扉を開く音が後ろから聞こえた。私は体を少し捻って扉を開けた人物を確認する。


「・・・マロンじゃねぇか、何かあったのか?」


 眩しい酒場の光から出てきたのはマロンだった。中では村の連中と中々楽しそうに酒を煽っていたが、誰か騒ぎでも起こしたのだろうか。


「いや、特に何もない。」


 ゆっくりと首を横に振ったマロンが私の隣まで歩いてくると、同じ様に木へ背を預けて一息ついた。そして小さく、私に問いかける様に言葉を紡ぐ。


「・・・・ラルがな・・・。・・・・シーナが軍に居ないことを不思議がっていた」


 予想していなかった言葉に、少し心臓がドキッと荒く波打つ。飛竜に乗っていた時も同じことをラルに聞かれた事を思い出した。


「そうか・・・」


(・・・・ラルには・・・言えねぇよ・・・)


 本当の事を言ったら、ラルはどうするのだろう。兄の、皇族の行動が、やはり正しいと言うのだろうか。私の行動が・・・間違っていると言うのだろうか。

 そんなことを考えて、深く溜息をつくとマロンが重々しく話を続けた。


「・・・シーナ、あの時の事・・・」


 恐る恐る、聞いてきた言葉に考えるまでもなく体が反応を示した。額に妙な汗をかいて、目を見開く、力を入れているつもりは無いのに拳がぎゅっと引き締まった。


・・・・思い出すだけで、コレだ。


「・・・はっ、・・・・昔よりは・・・落ち着いただろ?今の私には現状が、精一杯なんだ・・・」


 風が冷やした額の汗を拭う様に私は頭に手を置いて視界を同時に遮った。


「・・・何もかもぶっ壊して、皇族の連中を斬ろうとしたりしてさ・・・マロンを、リリアを、クレスタを・・・昔みたいに誰かを巻き込む様な行動はやらねぇよ。・・・って言っても、マロンはもう巻き込んじまったな」


 乾いた笑いを零して頭に置いていた手を外し、マロンの顔をチラッと見たが相変わらず硬い顔でまっすぐと星空を見上げていた。


「俺は、あの二人に任されて、自分で選んで、ここに居る。軍で働くよりも、この騎士団に居る方が性に合ってるんだ」


 マロンは優しい。リリアと同じ立場に居たのに、こんな小さな騎士団で満足だと言ってくれる。その優しさに甘えて、私の心の中で黒い、暗い、醜い思いが溢れ出していく。


「・・・皇族が・・・憎いんだ。仲間も、環境も、功績も、信頼も、全部・・・全部奪っていった奴等が私は憎い・・・!・・・あの時の絶望も・・悔しさも・・哀しさも・・・何一つ忘れられねぇんだよ・・・!」


 クレスタから大会で教えて貰った、今を大事にするってこと。わかったはずなのに、そうしようと思ってるはずなのに・・・過去を忘れる事がどうしても出来ない。


「・・・皇族を忘れて何もなかったなんて言える程・・・出来た人間じゃねぇんだ。受け止めて笑える程・・・いい奴なんかじゃねぇんだよ・・・」



 何が憧れだ、何が尊敬だ。


 私はこんなにも汚くて、不安定で、脆い。震えそうになる自分の肩を片方の手で抱いて、悔しさで滲みそうになる瞳を再び手で覆う。私は自分でもわかる程動揺していた。ラルが皇族の存在を考えさせるのか、私の押さえ込んでいた気持ちが膨らんで来たのかはわからない。


(どうしたら・・・いいんだ・・・)


 溜息に、黒い暗い感情と終わりのない螺旋への諦めを混ぜて外へと吐き出す。考える事が嫌になって、吐き出した感情と重たい話に再び分厚い蓋をした。同時に取り乱していた言葉を元に戻して、意識を過去から引き戻せば元通り・・・にしてはくれないだろうか。


「・・・なんてな、珍しい事言っちまったな」


 顔を上げてマロンと同じように星空を見上げた。もう瞳が揺らぐ事はしない。そんな私をマロンは相変わらず堅い顔をして見ていた。弱く、脆く、助けて、と言いたい。けれど、言ってしまうとまた全てが崩れてしまうのではないかと、不安で・・・怖い。


「シーナ、」

「何も、・・・・今は、何も聞きたくねぇ」


 固く締めた心の蓋が、壊れそうな気がして続きを聞いてなんていられなかった。


(いつかは・・・決着をつけなきゃいけないのは・・・わかってるんだ)


 心配そうにするマロンに申し訳ない気持ちが募って、私は安心させる為にマロンの肩に拳をぶつけた。


「大丈夫だよ、心配すんな」


 そう笑えば、少しだけ呆れてマロンも笑ってくれた。


「大丈夫じゃない顔をするな。・・・いつでも頼れよ」


 頼もしいその言葉にさえ私は支えられながら、自分の心を落ち着かせる為に虫の音、風の音、そして少しの酒場の漏れ音。静寂の中に流れるその音を私はずっと聴き続けていた。心地良く聞いていると、横にいたマロンが動き出す。


「・・・そろそろ、屋敷へ戻らないか。明日からは動き回る」


 こうして、いつも人の為に動けるマロンを私は尊敬する。本来憧れを浴びるのはこういう奴のはずだ。


「そうだな。・・・・あ、ラルを置いてきちまった、女に喰われてないか心配だな」

「はは、そりゃあ心配だ」


 木に預けたままで固まった足や背中を解すように体を軽く伸ばすと、ほんの少しだけスッキリとした。腕や足をぶんぶん振り回して準備万端の意を表すとマロンはゆっくりと酒場の扉を開く。外とは比べ物にならないくらい賑やかになった空気を感じて、私は心の中で何故かホッと安心した。暗闇に居ると、何かと考えてしまうからだろうか。

 入ってきた時と同様に歩いていけば、すぐそばにアクリアが席を陣取っていた。見事に女ばかりを両手に侍らせて嬉しそうに笑ってやがる。


(全く・・・どう言ってやるかな)


 マロンの顔をチラっと見れば、ふいっと逸らされてしまった。どうやら、呼び掛け係は私なのだろう。俺は行かない、と行動で示したマロンをジッと睨みながらも、私はずかずかと女達が集まる中へ足を勧めて行く。


「え~!じゃあアクリア様はぁ、すごーく強いのね!」

「ねぇ、今度王都へ連れていって!私、見たい!」

「アクリア様ぁ」


(様呼びなんて、言い御身分じゃねぇか)


 女の甘ったるい声が飛び交い、鼻の下を伸ばしたアクリアの顔に呆れて、真後ろから軽く小突いてやった。


「・・・アクリア。やり過ぎるなっていっつも言ってるだろ?そろそろ帰るぞ。・・・悪いな、あんたらもこれ位で勘弁してやってくれ」


 周りにいた女に言えば渋々と身を引いてアクリアを立たせてくれた。だらだらと酒で伸びたアクリアの腕を引っ張り、思いっきり捻りながらマロンへと投げつける。


「ッ!いってぇーー!!!シーナ、今本気でやったろ!帰りたくねぇー、俺ここにいてぇーよー」


 痛みで意識をはっきりさせた所で、次へと進む。アクリアの小言など右から左だ。いちいち付き合ってなんかいられない。人を掻き分けて進んでいくと、今度はでっかい皿を小さい奴が抱え込んでモグモグと口を動かしてるのが見えた。


「・・・・ヴィスタ。食い過ぎるなって言っただろ。揉め事を起こさなかった事は良いが・・・食い過ぎだ」


 そのでっかい皿が抱え込んでる分だけなら別に文句は言わない。でっかい皿は他にもすぐ側に十枚以上は重なっている。小さい体の何処に入ってるのかはわからないが、食べ物が吸い込まれていくヴィスタの顔はこれ以上なく幸せそうだった。


「だってシーナ、美味しいんだもん。帰るの?もうひと皿食べようと思ったんだけどなぁ・・・残念」


 言うことを聞いてくれるのはありがたいが、その皿を見るだけで食欲が消え失せるのは私だけでは無いと思う。その辺にあった布切れでヴィスタの口元を拭って綺麗にしてやれば、何も言わずにヴィスタは付いてきた。

 そして最奥、カウンターのある照明の暗い所へ行けばラルがいるはずだ。ぞろぞろと騎士団を引き連れて行けば、小さくではあるが、二人の姿が見える。良く良く目を凝らして見ると、カウンターの中に居た女はラルの隣へと座っていた。その二人の距離はかなり近くなっており、傍から見れば親密な関係に見えた。


(・・・本当に喰われちまったか・・・?)


 そっと近づいていくと二人の話し声が聞こえてくる。


「わかってるのかって、僕は聞いているのだけれど」

「き・・・聞いてるわ。その・・・・ごめんなさい」

「態度が変わっていない、さっきも同じこと言っただろう?」


 違和感のある会話に、思わず足が止まってしまった。


(あれ・・・ラルって、いつも敬語じゃなかったか・・・・?)


 不思議に思いながらも、ずっと止まっていてもラルは気付きそうにない。恐る恐る近付いて、後ろから肩を叩いた。


「・・・ラル?・・・そろそろ帰ろうかと思うんだが」


 振り返ったラルはブスッと不機嫌そうな顔で、女は救いが来たとばかりに瞳を輝かせて私に反応を示した。どうやら喰う喰われるの話でない事がわかる。


「シーナ。・・・少し待って」


 ラルの敬語がとれた言葉に違和感を覚えすぎて体に鳥肌を作っていると、ラルは輝いた女の顔を一気に青くさせて女へと向き直した。私はラルの変わりっぷりに何も言えず、二人の様子を伺う様に待っていると・・・ラルの敬語がとれていたことが、変貌の序章だった事を知る。


「いいか?先程も言ったけれど、女性が軽々しい言葉を簡単に口にしてはいけない。服装の乱れ、頭髪は纏まっているけれど、化粧も少し濃いし、その胸元は何?婚姻もしていない娘が、はしたないとは思わないのか。水知らずの男に言い寄るなど、」

「ラ、ラル・・・ッ!」


 これは、ダメだ。


 続けさせてはいけない。


 きっとこの数倍の嫌味と説教を女は私のいない間ずっと受けていたのだろう。出ていった時には無かった空の酒瓶がカウンターにズラリと並んでいるのを見て、ラルの顔色は変わっていないが酔っているのだろうと予測出来る。


「シーナ、待ってって言っただろう。まだ言葉の途中なんだ」


 酔うと強気になるのか、それとも説教をし始めるのかはわからないが、顔を青くしている女には同情する。


「そ、そろそろ時間がな。なぁ、マロン?」


 少し後ろで唖然としていたマロン、アクリア、そして自分には降りかかって欲しくないと視線を逸らしたヴィスタ。そいつらに同意を求めれば何も言わずに頷いていた。


「・・・・仕方ない」


 そう言って、ほぼ無表情で立ち上がったラルは、他には何も言わず堂々と歩いて出口へと向かっていく。その後ろ姿に、酒場に入ってきた当初の面影は欠片もない。

 マロンが心配そうに後を追いかけ、アクリアとヴィスタもそれに続く。私は皆を追いかける前に、青ざめて座っていた女へ近づいていった。


「騒いで・・・っつーか、まぁ色々と悪かったな。店主に渡しといてくれよ、あと・・・アンタも少しとっときな」


 多めに金を入れた袋と、それとは別にチャリンと数枚のコインを手渡せば女の顔色は血の気のある赤色へと戻っていった。大会で優勝していて本当に良かったと心底安心した。女の表情を見届けて納得をした私は、今度はラルの様子が気になって酒場の出口まで足を早める。扉を開ければ騎士団四人が私を待っていてくれたのだが、それぞれの表情の違いに私の足は止まった。


「・・・・ど、どうした」


 私の問いに答えたのは、クレスタの話をした時程饒舌になったラルだ。


「どうもこうもない。全く、アクリア、聞いているのか?ヴィスタもだ」


 どうやら第二次被害が起こってしまったらしい。マロンの後ろに隠れ始めた二人に溜息を付いて、私はサクサクと外へ歩きだした。


「ラル、お前の小言は私が聞いてやるから、屋敷に帰るぞ」

「小言とは僕の話の事を言っているのか?僕は皆の事を思って・・・そう、シーナもだ」


 隣に歩いて来たラルに誘導作戦は上手く成功したと確信を得て屋敷へと歩き出す。後ろから恐る恐る三人も付いて来ているのが視界の隅に見えた。


「おう、何だ。お前の鬱憤を聞かせてくれよ」

「・・・鬱憤ではない。シーナの為を思って言っているのが気付かないのか?まず、女性としての自覚がシーナ、君にはあるか?平気で男に腰をつかませるとは何事だ」


・・・・これは、もしかして飛竜に乗せた時の事を言っているのだろうか。


「もう少し慎みを持って行動した方が良い。それから・・・・シーナ?何を笑っている」


 出会った頃でもこんなにズバズバと言っては来なかったし、何しろ敬語を使わないラルが珍しくて、偉そうに言ってくるわりに、内容はいちいち可愛い事で笑えてくる。


「悪い悪い、何だ?聞かせてくれよ」

「良い心がけだ、それから・・・・」


 自分の鬱憤も混じえてその人の為に説教するラルは、本当不器用で面白い奴だ。ラルの小言を聞きながら、普段はそんな事思ってたのか、とかラルの知らない部分を知れた気がして、徐々に小言が楽しくなってきた。


後ろから「すげぇ、シーナ楽しそうに聞いてるぜ」とか、「僕にはマネできないね」とか「・・・・まぁ、助かるな」とか聞こえてきたが、今は何も言わずに黙っておこうと心に決めておく事にした。




余談ですが・・・ヴィスタの口を拭いたのは台拭きだと思われますね(笑)

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