新米騎士、謎を解けず。
ラル視点です
僕はマロンやシーナよりも早めに部屋へと案内された。やれる事と言えばゆっくり体を休めて明日、そして今夜に備えるということ。
(酒場・・・・か)
案内された部屋は少し小さめだが、騎士団の屯所に比べれば百倍も良いように思える。ベッドに机、それから少し物の置ける戸棚類。僕は荷物を机を置いた後、セットの椅子ではなくベッドへとおもいっきり腰掛けた。
「はぁ・・・・疲れた」
思わず漏れる溜息が表す疲労はもちろん慣れない環境というのもあるだろうが、それより空の旅の方がよっぽど体力を使ったと思う。思い出せば楽しいと思えるが、やはり筋肉は使うし、なによりもシーナ・・・・女性との距離をどこまで詰めていいかと言うのに気をすり減らした。
同乗する上で仕方ないとわかっていても、近すぎだったと今も顔に熱が集まりそうになる。
(・・・・僕は、何を考えているんだ)
頬をパンッと叩いて、熱を飛ばし、一先ず体が密着したことを忘れようと思った。けど、それと同時に思い出してしまうシーナの言葉。
『・・・・・色々・・・あったんだよ』
軍の皆が何故知らなかったのか、そう問いかけた時に見せたいつもに無い曇った顔。てっきりシーナの事だから面倒になって抜け出した、とか事件を起こしたとかであんな小さい騎士団所属になった、とかだと思っていた。なのにシーナに冗談でも笑って・・・何やってるんですか、なんて言えそうにない顔だった。
(彼女に一体何が・・・・)
自分も最初は、女性が騎士だなんて何を馬鹿な、と思っていたが彼女の戦いは、女性とか、地位とか、全部関係ないと思い知る事が出来た。そんな彼女があんな暗い顔をする事件・・・よっぽどの事があったのだろう。
(騎士団の誰かにでも聞いてみよう)
座っていた状態からフッと力を抜いて上半身をベッドへ倒す。シーツにシワが寄ったが特に深く気にすることもなかった。体は思っていたよりも疲れていたらしい、横にした途端瞼が重くなり、僕の意識は奥深くまで落ちていった・・・・・
コンコン、コン。
コン・・・・ガチャッ。
扉を叩く音、そして開く音が室内に響く。
(・・・・開く・・・音ッ!?)
僕はどうやらあのまま寝てしまっていたらしい。勢いに任せて体を飛び起こすと、目の前に呆れたアクリアの顔があった。
「ラル~、そろそろ時間だぜ。起きろー」
起き上がった僕の頭を掌で軽く叩きながら軽口を言うアクリアをじとっとした目で見ながら、僕も立って準備をする。
「・・・わかってます。けど、返事もする前に扉を開けるのはどうかと思うんですが」
ガッチリと着込んでいた武装を軽くし、上着を羽織る。そうすればここの村の人々と同じくらいの厚みだろう。
「お!いいねいいねぇ、男前じゃん。男前はいいぜ、女の子が寄ってくる」
僕の着替えた格好を見ながらそう告げるアクリアも薄手の服に着替えている。僕が男前かどうかはわからないが、もしそうならアクリアはもっと男前だろう、と思う程ピシッと服を着こなしていた。元より僕より身長も高ければ、体だって筋肉がしっかりと付いている。
「僕より、アクリアの方が女性も好みだと思うのですが・・・」
一応、腰に剣を装着し、身支度が完成すればアクリアは僕を廊下へと促した。
「はは、どうだかな。女の子っつーのは難しいんだよ、ラルがいいって子も居るだろうし、俺がいいって子も居るさ。気があるか無いか、探る駆け引きが楽しいんだよ」
嬉しそうに言うアクリアに付いて行けば、廊下にズラリと騎士団の面々、そしてこの屋敷の娘、リジュ嬢が待っていた。皆もやっぱり軽装にしていたが、しっかりと剣は腰に付けていたし、風貌は村人と言うよりもやっぱり兵士だろう。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「ラルったらお寝坊さんだねぇ」
ヴィスタが笑っていたが、特に気にしているという様子もないのできっとこれも挨拶・・なのだろう。すみません、と笑えば皆一歩ずつ足を動かし始めた。どうやら、リジュ嬢が案内をしてくれるらしい。先頭をシーナと二人で歩き、その後ろにマロンとヴィスタ。更に後ろに僕とアクリアが並んでいる。
丁度いいタイミングだ、と疑問に思ってた事を小声で聞いてみる事にした。
「アクリア、少し気になる事があるのですが」
シーナはリジュ嬢と話しているし、きっとこの話が聞こえる事は無いだろう。アクリアが視線を僕に向けた事を、了承の意味ととらえて僕は話を続ける。
「シーナの事ですが、あれだけの実力を持って・・・しかも総司令官様とパートナーまでしていたのに・・・どうして今、軍にいないのでしょう」
アクリアは少しだけ考えて、フッと溜息をついた。
「俺も知らねぇ。俺が騎士団に誘われた時には、もうシーナが団長で、マロンがその横に居たよ。軍で働いてた時も、すげぇ奴が居るってのは聞いたが、クレスタって奴もシーナも、当時は役職についてた訳じゃないだろうしな。名前まで聞くことは無かったんだよ」
「なるほど・・・誘われた時の事を、聞いても良いですか?」
何となく気になって言えば、ヴィスタを少しチラっと見てから「まぁいいか」と独り言を呟いて続けてくれた。
「あんまり楽しい話じゃねぇぜ。俺とヴィスタは軍の同じブロックに所属しててな。俺は何ヶ月か居て・・・ヴィスタが入ってきたばっかりの時だ。あいつって、小柄だろ?小せぇし、言葉も男らしくねぇ。それで随分いじられてな、まぁ上手くいってない奴とか色々いるからさ、要は・・・ストレス発散によくボコられてた」
平然と言ってのけた言葉に、僕は目を見開いて驚いた。
「・・・そ、そんな事が・・?」
「軍じゃよくある話だ。シーナも昔は外で寝かされたとか、飯をとられたとか言ってたし。・・・まぁ、お前には無縁の話だろうけどよ。そんな事があってさ、わかってはいたんだけど俺もずっと見てみぬふりしてたんだ」
「なっ!」
思わず声を大きくしそうになって、アクリアに頭を叩かれた。
「うるせーよ。・・・・まぁ、胸糞悪いってずっと思ってたぜ?それで・・・ある日、ヴィスタがついに気を失っちまったんだよ。顔も体もボロ雑巾みたいになってさ。それでも殴ろうとしてた奴等に、俺もさすがにムカついて勇気を出して止めてみたわけ」
「・・・・それで・・・?」
続きが気になってしまって催促すれば、アクリアは自嘲して笑った。
「俺・・・ヴィスタもだけど、昔はすっげぇ弱くてな。俺もヴィスタと一緒でボロ雑巾だ。意識も切れかけて、あの時はもうダメだって思った。もう軍にもいれなくなっちまうなぁ・・・なんて勝手なこと考えてたらさ・・・・急に一人、目の前の男が消えたんだよ。びっくりして上を向いたらさ、細くて小さい女みたいな奴が俺等をボコッた連中を次々と薙ぎ倒していってた」
そう言い放ったアクリアの瞳が、キラリと輝いた。
「俺はその時の弱い自分が一番嫌いで、その時の小さい奴・・・まぁ、シーナなんだけどさ。その時のシーナが俺にとっては英雄なんだよ、何よりも憧れてんだ。・・・・って話がズレたな。シーナには、その時に誘われたんだ。誘う、なんて良い言葉じゃ無かったけど。何だったっけなぁ・・・・あ、確か・・」
「殴られたいなら、私に殴られろ。だ!」
「殴られたいなら、私に殴られろ。だよ」
不意に重なった声に驚いた。少し高めのその声は、先を歩いていたヴィスタの声。
「・・・わりぃ、ヴィスタ。喋っちまったぜ」
両手を合わせて謝るアクリアに、ヴィスタは特に気にしてはいない様だった。それに、僕もホッと胸を撫でる。
「いいよ、別に。・・・あの時のシーナは怖かったね、痛くて起きたら、突然剣の切っ先を向けられてさ、頷かないと斬られるかと思ったくらいだよ。・・・そんなシーナに、僕はもう何を言われても恥ずかしくないくらい強くしてもらったから、文句は言えないけどね」
にこっと笑ったその顔には、そんな過去の面影すら見えない。そんなヴィスタの頭をぐしゃりと撫でた男らしい手はマロンのものだった。
「恥ずかしいものなんて何もない。アクリアもヴィスタもラルも立派な騎士だ。・・・・しかし、懐かしい話をしていたんだな」
いつの間にかヴィスタとマロンを交えて進み、アクリアが僕の問いをそのままマロンに聞いてくれた。
「ラルがさ、シーナが何で軍にいねぇんだろうなって気になってた話からいつの間にか俺等の馴れ初め話になったんだよ。そうだ、マロンは何か知らねぇの?」
その言葉を聞いて、マロンもシーナと同じくらい・・・暗い顔をした。
「・・・・シーナが話すまで・・・待った方がいい。あいつはまだ・・・いや、何でもない」
チラッと僕を見た気がしたけれど、それは気の所為なのかもしれない。とにかく、ヴィスタもアクリアも、そして僕も、頷くことしか出来ないくらいマロンの表情は硬くて言葉がずしりと重かった。
(・・・本当に、何があったのだろう・・・・。功績もかなりのものを上げていたはず・・・軍に居れば総司令官様と同じ立場に居てもおかしくはないだろうに・・・。)
僕は疑問を残したまま、颯爽と歩くシーナを遠くから見ることしか出来なかった。




