屋敷の娘:リジュ
机を囲ってのんびりした後、オーリンに一人ずつ部屋に案内してもらう事にした。荷物を置いて一息つきながら日が暮れるのを待つことにしたのだ。ラル、アクリア、ヴィスタを部屋へと見送り、私とマロンは明日の打ち合わせを入念にしていた。
「・・・・よし、大体は決まりだな。後は何か見つかる事を祈るとするか」
二つのルートを決めた地図の線を見ながら言えば、マロンは苦笑していた。
「そうだな。さすがにこれで見つからなければ俺もお手上げだ」
当てられた部屋へ行こうか、と椅子から立ち上がれば不意に扉からコンコン、とノック音が聞こえてきた。扉にに近かった私が歩いて行くと、取っ手に手を置く前にゆっくりと扉が勝手に開いていく。それに乗じて、相手の顔も見えるようになった。
「なんだ、リジュ、だったよな。どうした?」
扉の先に居たのは嬉しそうに笑ったリジュ。何度見てもその笑顔や輝く瞳、なびく髪が可愛らしい。
「オーリンに、まだこちらでお話をしてるって聞いたの。その、シーナさんと・・・・私、お話してみたくて・・・」
視線をさ迷わせながら手を頬に当てるリジュを見ると、どうも自分の口元が緩んでしまう気がする。
(こんな妹がいたら・・・そりゃあ可愛がるよなぁ・・・)
サラサラの金髪を片手で一回梳かして、頭を優しく撫でてやる。リジュは少し驚いて大きい瞳をさらに大きくしていたけれど、構わずに言葉を続けた。
「そうか、こっちの話も終わったんだ。マロンも居るぞ、入るか?」
廊下に居るリジュに中の様子を見せればマロンが机や椅子を片付けて綺麗にしている事がわかる。知らない私と二人っきりよりも、マロンも居て三人になった方が話も弾みやすいだろう。そう思ったのだが、マロンが後ろから書類や地図を持ってやってきた。
「俺じゃなくて、用があるのはシーナだろう。俺は部屋にいく、また夜にな」
そう言って横をすり抜けて行くマロンに、いつもだったら気を利かせて一緒に居るのにな・・・と不思議に思ったのだが、彼が起こす行動だ、女二人の方が気楽だろうと言う意志かもしれない。
「・・・二人になっちまったな。いいか?」
リジュへと視線を戻せば嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「はい、あの・・・シーナさんと二人の方が、嬉しい・・・」
返って来た言葉にやはり女二人の方が良かったのか、とマロンの判断力に納得してしまう。マロンと入れ替われりで部屋に入ってきたリジュを椅子に座らせて隣に私も座ると、話したい、と言っていたリジュから話を振ってくれた。
「あの・・シーナさんは・・・・シーナさんは、騎士に就いてから長いの?」
机にだるく頬杖をつき、リジュの顔が綺麗だなぁ・・と見つめていたのが悪かったのか、もじもじしながら聞いてきた質問に考えながら応えていく。
「そうだな・・・剣で働く様になったのは・・・10年前、だな」
思い出せば笑えてくる、あの時は幼かった。
「随分早く、騎士になられたのね。剣は働く前も・・・?」
こてん、と傾げた仕草もいいな。なんて思いながら頬杖を外し、背もたれにベッタリと体重を任せて今度は天井を向いてみた。そうすればどんどん昔の映像が繊細に甦る。
「・・・昔、住んでた町が内乱でやられてな。それから一人だったんだ、森でサバイバルしたり、時には町に降りてみたりとかな。・・・・一人になった時から剣は振ってたよ」
突然言ってしまったから、驚いたかな、と思ったがリジュは親身に受け止めた様な、少し張り詰めた顔をしていた。
(余計な事言っちまったか・・・・)
忘れてくれ、そう言おうと口を開きかけたが、リジュは眉を歪めたまま私の言葉を遮った。
「・・・そうだったの。シーナさんは、内乱を起こした人達が・・・町を傷つけた人達が・・・憎くは・・・ないの?」
言われて・・・・憎い、その言葉にぴくりと体が反応した。けれど、リジュの言う方面に、私のその感情は働いていない。もっと別の、もっと違う所に働いている。
「どうだろうな・・・幼かったし、あんまり覚えてねぇ。そいつらが出てきても、今は何も思わねぇだろうな」
「・・・そう・・・・」
うつむいたリジュの頭をもう一撫でしてみる。
「悪かったな、暗い話して。聞きたい事はこれか?」
そう笑えば、リジュはゆるく首を横へ振った。次に顔を上げた時はニコリと笑い直して。
「酒場へ行くと聞いたの。ご案内しようと思って」
「それは助かる、もう少ししたらまたみんな集まるだろ。そしたらリジュのところを訪ねるよ」
椅子から立ち上がればリジュも自然と立ち上がり、二人で部屋を後にする。
「ではまた、シーナさん」
「あぁ、またな」
そう見送った背中が寂しそうに見えたのは、気の所為なのかそうでないのか、今の私にはわからなかった・・・・・