小さな村の大きな屋敷
何とか村にたどり着いた私達は、外れに繋がれていた飛竜達を目印に、ゆっくりと高度を落としていった。衝撃もなく地面に足を付けた飛竜の背を一撫でしてやり、飛び降りる。遅れてラルも、フラフラしながらではあるが飛竜から降りていた。
飛竜の首に繋いだ縄を木に括りつけ、周りを見渡せばマロンが何やら村の人物と話をしているのが見えた。近寄ろうと思ったが会話は終わったらしい、マロンが私達の方へと歩いてくる。
「シーナ。ラルを後ろに乗せてやったんだな、置いてこなくて良かった」
「・・・・まぁな。だが、余計なことを言うもんだから・・・」
空での会話を思い出し、耳まで赤くなりそうなのを抑えて溜息を漏らせばマロンはどんな想像をしたのかわからないが、苦笑いを浮かべていた。
「お疲れ、だな。そういえばシーナ、俺たちの事を屋敷の奴が知っていてな。恐らくクレスタが言っていたんじゃないか?泊まる所も、そこを使って良いと言われた」
先程の村の人物はその話をしていたのか、と納得するがクレスタには呆れてしまう。
(あいつ・・・後は任せろって言ったのに・・・世話焼きやがって)
「そうか。じゃあ一先ずその屋敷に行こう。アクリア、女と酒場は夜にしろよ。ヴィスタも焼き菓子は明日にしてくれ」
アクリアとヴィスタはラルと話をしていたらしい、少し笑いながら纏まっている三人組に言えば、手を振りながら返事を返してくれた。
「シーナ、お疲れ。っつーか当たり前だろー?酒場は夜に行かねぇと何にも面白くないってーの。ラルもいこうぜ!」
その疲れの原因にもあるアクリアの顔を少し睨んでみたが、特に気づきもしないようだった。いつもより浮かれたアクリアがラルの肩に腕を回し楽しそうに誘う。
(ラルが行くか・・・?あんな場所、行くわけありません!・・・とかいいそうだがな)
浮かれた場所をあまり好みそうにないな、と思っていたのだが、予想外にもラルは頭を勢い良く縦に振った。
「そうですね、是非行ってみたいです」
騎士団全員が少しばかり驚きながらも、ヴィスタが気を使って勧め直す。
「ラルさ、無理しなくってもいいんだよ」
遠慮がちに言った言葉だったが、ラルは気にもしてないように笑った。
「まさか。無理だなんてしていません。酒場とは交流の場だと聞いています。階級も出身も性別もこだわらない場所だと、アクリアがそれ程楽しみするなんて、どういった所か楽しみですね」
その発言に全員の視線がアクリアへと突き刺さる。
「あぁ・・はは、お、俺はすっげぇ楽しいぜ。きっとラルも楽しいと俺は思う!」
女の子が積極的だし!とか、酒が入ると楽しいし!とか色々言い始めたアクリアには溜息が出たが、ラルだけが真剣に聞いていた。
そんな会話をしながらマロンに案内をしてもらい、言っていた屋敷へと歩いて行くと遠くからでも確認出来る程、村にしては珍しい大きな屋敷が見えた。時間もあまり掛からずに着いたその屋敷は、城下にあっても豪邸の部類だろう。大きさに驚きながら近づくと、入口の前で迎えてくれたのは目尻に皺を寄せて笑う優しそうな爺さんだった。
「ようこそ、特別騎士の皆様。お話はお伺いしております。私、この屋敷で使用人をさせていただいております、オーリンと申します。さぁさ、中へどうぞ」
そう言って扉の中へ案内するオーリンは暗めの服を身に付け、誰かに仕えているのだと見ただけでもわかる。緩やかな動作で私たちを先導し、歩きながら屋敷の中へと迎え入れてくれるオーリンは、見た目は爺さんなのにちっとも歳を感じない程機敏だった。
「大部屋がございますので、一先ずそちらにご案内させていただきます」
ふわり、とする絨毯を踏みしめながら進む廊下には所狭しと扉が並んでいる。小さな村でこの豪華さ、ここの主人は相当の金持ちなのだろう。
感心しながら進めば、オーリンは屋敷の事も説明しようとしてくれた。
「ただいまお屋敷のご主人様と奥様は不在でございます。こちらにいらっしゃるのはお嬢様のみとなって・・・・」
歩きながら説明をしていたオーリンが足を止めて急にぺこり、と腰をおった。声が止まったことで不思議に思った騎士団が前を見れば、どうやら向こうから人が歩いて来たらしい。
「・・・・あら、オーリン。お客様かしら?」
長い金髪をなびかせて、優しく笑う娘の姿があった。光に当たって輝くその長い髪、瞳は薄く紅色を帯び宝石の様で、笑った唇も綺麗な肌も全てが女らしく、可愛らしい。一つ一つが造形の様で、彫刻、もしくは絵から出てきた人間かと思う程、綺麗な娘だ。
(・・・作りものみてぇな人間だな・・・アクリアが好きそうだ)
チラッと後ろのアクリアを見れば、もう恋に落ちました。とばかりに目をハートに変えていた。
「はい、お嬢様。こちら、村を調査しにこられた特別騎士の方々です」
オーリンの爺さんが紹介をしたところで、スッと片手を差し出した。泊まらせてもらう身ではあるし、挨拶をするに越したことはないだろう。
「世話になる、団長のシーナだ。後ろのデカイ男がマロン、横がアクリア、小さいのがヴィスタで、あんたと同じ金髪がラルだ。」
娘は急な挨拶に驚いたのか、目を少しだけ丸めた後嬉しそうに笑って私の手を握ろうと片手を差し出した。
「はじめまして、シーナさん。私はリジュ、気軽に呼んでいただけると嬉しいわ」
その言葉を待ってました、とばかりにリジュの手をとったのはアクリアだ。
「はーい。よろしく、リジュちゃん」
手の甲にキスをして挨拶をすると、男に慣れていなかったのかリジュは驚いて私にしがみついた。
「きゃっ、あ・・・その、ごめんなさい・・」
顔を赤くして謝る姿にデレデレし始めたアクリアの頭を軽く小突いて、リジュの体制を元通りにしてやる。
「気を付けな。・・・アクリア、大事な屋敷の娘だぞ、程々にしろよ」
アクリアが生返事を漏らしていたが、側にいたリジュは私の手に自分の手を重ねてお礼を告げてくれた。
「あの、ありがとう・・・シーナさん。その・・・ゆっくりしていって」
少し低い位置から見上げられて言われたその言葉、仕草、見上げられる顔が可愛い。こんな身内・・・姉妹が居たら可愛がっていただろうな。なんて妙な事を考えた。私より低い身長のリジュの頭を優しく撫で、そのままひらりと軽く手を振って別れの挨拶を告げておいた。
「ゆっくりさせてもらう。またな、リジュ」
「またねぇ、リジュちゃーん」
横に居たアクリアも何故か一緒に手を振っていた。女が本当に好きな奴だな、と半ば感心をしていれば、やり取りを見終えたオーリンが足を動かし始めたのを期に再び騎士団はぞろぞろと歩き出す。
長い廊下をオーリンを筆頭に進んで居れば、一番後ろに居たアクリアが拳でゴンゴンと私の横腹を叩いてきた。何かと思って後ろ振り向くと口を尖らせて拗ねたアクリアの顔があった。
「なんだ?その顔」
尖った口を手で叩けば思ったよりも衝撃が大きかったらしい、声を漏らして口元を抑えている。
「ぶっ、痛ってぇよ、シーナ。っつーかまじリジュちゃん可愛いんですけど!でもあれ、絶対シーナに惚れてるぜ」
「はぁ?女だぞ、私は」
「わかってるってーの。でも、シーナって言葉使いとかさー女の子って感じしないじゃん。大抵任務に行けば男って間違われてるし?今も鎧着込んでるだろ?リジュちゃんも絶対勘違いしてる、だってポーッとしてたし!!」
先ほどのリジュを思い出して見れば確かにポーッとしていたが、普段からそういう奴だったら酷い勘違いだ。
「シーナってば本当良い所持ってくよなー」
意味のわからない事言い始めたアクリアだが、私に何を言ってくる訳ではなく先へ進んで行った。突っかかってくるつもりがないなら、最初っからフッカケてこないで欲しいものだ。
(・・・わけわからん・・・)
任務の事だけ考えていよう、とアクリアの言葉は忘れる事にした・・・。