空の旅
朝、屯所前につながれた5匹の飛竜を見て一番反応を示したのはもちろんラルだ。
「こ、これに・・・乗るのですか・・・・」
顔を真っ青にしているが、なんてことはない。馬と同じくらいのサイズだし、少し尻尾と翼が生えて、顔と爪が凶暴なだけだ。
「慣れればコイツらも可愛いぞ、ほら」
一番端に居た飛竜の顔をよしよしと撫でてやれば喜んでぶわっと小さく炎を吐いた。顔スレスレにその熱を感じたラルは青い顔を真っ白にしてしまう。
「・・・・シーナ、あまりいじめてやるな」
マロンが一匹の背中に荷物を乗せて翼の付け根の直ぐ後ろに足をかけ、乗り込んだ。片足でトンっと胴に衝撃を入れれば閉じていた翼を大きく広げ、声を上げて飛竜は飛び立つ。
「先に行くぞ!」
飛竜の首に腕を添えて飛び上がったマロンはそのまま上をぐるっと旋回して目的の村の方向へと飛び立っていった。
「ヴィスタ、アクリア。マロンに付いて行け、私はラルと行こう」
荷物を乗せて私の指示を待っていたヴィスタとアクリアがコクリ、と頷き返す。
「りょーかい。んじゃな、ラル!無事に村まで追いついて来いよ!」
ひらりと片手を上げてアクリアが飛び立ち、
「じゃあ先に行ってるね、あ、待ってよ!アクリアっ!!」
飛竜の首にぎゅっとしがみついたヴィスタがアクリアを追った。
どんどん飛び出して行く仲間達に、ラルの緊張も少しはほぐれただろうと、顔色を伺ったが・・・・・どうやら先程と何も変わらない様に見える。
「・・・飛べる気はしないか?」
血が一滴でも通ってないかの様に顔は真っ白。ちなみに手は震えている。
(そんなに怖いもんなのか・・・?)
恐る恐る出した声は小さく、それもまた震えていた。
「・・・お、落ちたら・・・命はないのでしょう・・・?」
「お前なぁ・・・ダメな方ばっかり考えるなよ。落ちたらじゃねぇ、飛んだら、だ」
悪い方向にばかり考えているラルの頭を掴んで、無理やり上を向かせる。そうすれば視界に広がる世界は一面の青。
爽快な空色だ。
「こんな空から見える景色がどれほど綺麗かお前は知らねぇ。感じる風がどれだけ気持ちいいかお前は知らねぇだろ。・・・・体験、してみたくねぇか?」
「そ・・・それは・・・・その・・・・」
視線を彷徨わせておろおろとし始めたラルに、短気な私は苛立ちが募ってくる。待つ、なんてのはあまり好きじゃない。
「あー!!決断が遅ぇ!そっちの飛竜に荷物を乗せろ!」
「っ、は・・はいっ!」
ラルの荷物を乗せた飛竜に、私の荷物も乗せて飛竜に括りつける。飛竜は頭も良い、荷物を二つ乗せただけで、自分の役割を理解してくれるのはありがたい。もう一つの飛竜に私は乗り込んで、呆然と突っ立ってるラルに後ろを指さした。
「乗れ、今回だけ特別だ。帰りは一人で乗れよ、そうしねぇと置いて帰るからな」
不安そうにしていたラルの顔が少しだけ安らぐ。
「あ・・・ありがとうございます・・・」
深々と礼をするのは坊っちゃんっぽいが、これはまぁ良い所だろう。乗った所で、余りにも距離を置いて座るものだから、手をぐっと引っ張って私の腰に回した。
「っわ、あのっ、シーナ・・・!」
「・・・?何だ?お前、しがみついてねぇと本当に落ちるぞ。いいな、何があっても力を弱めるなよ」
そう告げれば、また落ちる、の予想をしたのか顔を固くして腕の力を強めていた。それを確認して、飛竜の胴に衝撃を入れればふわっと大きな体が宙に浮く。
何度か衝撃を入れて、一気に空高くまで飛び上がれば後ろから荷物を乗せた飛竜も付いてきた。ほぼ垂直に上がっていたので、ラルもしがみつくのに必死なのだろう、後ろから悲鳴すら聞こえる事はなかった。
山の頂上くらいの高さまで登った飛竜にもう一度衝撃を当てれば、翼を大きく開き速度が弱まる。ぐるりと辺りを旋回しながら私の指示を待っている飛竜を他所に、ラルへと言葉をかけてみた。
「よし、ラル・・・おい。・・・・・・ちょっとは目を開けとけよ」
昇る時の風と怖さで目を瞑っていたのだろう、ぎゅっと固く閉じた目を恐る恐る開けて真下を見た瞬間、再び手が震え始めていた。
「馬鹿、そんな真下見るより、ほら、遠くを見てみろ。城下も山も・・・綺麗だろ?」
閉じようとしていた瞳に指をさして方向を変えさせる。普段見ることの出来ない位置からの城下に、ラルは感嘆を漏らしていた。
「あ・・・・」
言葉こそ無いものの、先程とはガラリと変わった輝く瞳の素直な反応に、私の頬はゆるむ。きっと次は、一人で空を飛べるだろう。
「飛竜から見る景色ってのは最高だろ?」
「は・・はい・・・!わっ、」
顔色が戻ってきたのを確認して、飛竜を前に進めれば強くなった風にラルの腕が強まった。それを良いことに、私は高く高く昇っていく。
空は本当に気持ちが良い。
森とか街とか川とか、見渡しながら話をしつつラルと村へ向かっていれば空に慣れてきたラルが、思い出した様に聞いてきた。
「そうだ、シーナ。ずっと気になっていたのですが、何故・・・クレスタ様とパートナーまでしていた貴女の事を・・・皆知らなかったのでしょう・・あれ程近くに居たのに、貴女は遠くへと行かれていたのでは?」
見えていた風景が、一瞬・・・暗くなった気がした。
「・・・・・色々・・・あったんだよ」
お前たちに消された。記録も存在も希望も・・・・未来も。そう・・・ラルに告げるのは、何か違う様に思えた。コイツは本当に何も知らないんだと思ったから。
「・・・お前こそ、何で軍に留まらず騎士団に来んだ?クレスタに勧められたってのは知ってるが・・・」
「あぁ・・・今思えばどうしてでしょう。不思議ですね、でも・・・強いて言うなら居心地が悪かったからでしょうか」
ラルにしては珍しく陰った声色で、弱々しくそう告げた。
「普通は皇族は、王都を拠点としているのです。ロード家の方々もそうしています・・・ただ、僕は・・・その、母親が皇族の方々に認めてもらえなかった様で・・・。母が数年前に亡くなった時に、陛下が王都へ来ないかと誘ってくださったんです。僕は陛下のお力になりたくて来たのですが、軍に所属していても、腫れ物の様な気分は変わりませんでした」
言葉を濁したが、言いたいことは何となくわかった。皇族とはめんどくさい一族だと昔ながらに思っていたがその中でコイツもコイツなりに頑張っていたと知れる。
「そうか。・・・あ?でもお前、兄に誘われたって兄は王都に居たのか?」
兄弟だとは聞いていたが、なぜ兄だけは王都にいることが出来たのだろうか少し気になる部分ではある。
「陛下とは母親が違います。陛下のお母様は既に亡くなられていて、僕の母がその後に。しかし、陛下のお母様とは違って、僕の母は体も弱く・・出身も良いものではありませんでしたから」
そう言って乾いた笑いを漏らしたラルの頭を後ろ手で思いっきり殴ってやった。
「っいッ!!!な、何するんですかっ!」
「お前のその悪い方に聞こえる言い方は嫌いだな。お前の母親はどんな奴だ」
殴られた部分を擦りながら、少し涙目になったラルが昔を思い出した様に言葉にする。
「・・・母は、優しい人・・・です。僕が剣を持つことも、頑張ってと応援してくれて・・・王都に住めず、陛下や父様に会えなくてもただ、幸せそうにいつも笑っていました」
親の話をするラルの顔が、幸せそうで、優しい顔をしていたから、その生活が苦しいものばかりじゃなかったのだと伝わってくる。
「・・・・自慢の母親じゃねぇか。さっきの言葉は訂正しとけ。体は弱いのかもしれねぇが、会えない辛さにも耐えた、心の強い優しい母親だってな」
チラッと後ろを見て、頭をガシガシと掻き回してやればラルは目玉を落としそうなくらい見開いて、驚いていた。
「どうした、気に触れたか?まぁあんまり知らねぇ奴に言われるのも嫌だろうが・・・・」
「いえ、あ・・・その、う・・・・嬉しくて・・」
戸惑っているラルの顔は、確かに困惑と、嬉しさが入り交じっている様なきがしなくもない。
「・・・・母様を良く言ってくれるのは・・・陛下、だけでしたから・・・」
ラルがボソリと呟いた言葉に、私の言葉がラルにとって特別だったのだと知れた。その特別は、自分が作り上げてしまっているものだと・・・きっとコイツは気付かないのだろう。自分の世界の狭さは、気づくことが難しい。それは私に言える。
「・・・お前が、良く言ってないからだろ?自信持ってろよ、そうすりゃあお前の母親を認めてくれる奴は沢山いる。」
「ぼ・・・僕が・・・?・・・・そうかも・・・しれませんね。貴女の言葉の方が、より母様を知っていただける気がします。・・・今度からは、心の強い優しい母だと、紹介出来ます。・・・・ありがとう、シーナ」
コイツはいつも急に素直になるものだから困る。特になにもしていないのに、こんなに澄みきった瞳で言われてはどう答えていいのかわからない。
「・・・気にするな。礼を言われることなんてしてねーよ」
「ははは・・・・アクリアが言っていたんです。貴女の事を騎士としても、人としても、尊敬してるって、その気持ちが徐々にわかって来た様に思います」
「はあっ!?あ、あいつそんな事言ってやがったのかっ!?」
ラルから出てくる言葉に驚いて危うく飛竜の胴体を叩きそうになってしまった。
「えぇ、それからヴィスタも、」
「い、言わなくていい!!!お前はどうしてそう平然とそんな小っ恥ずかしい事が言えるんだ!」
「は?」
不思議そうにラルは首をかしげたが、これ以上聞いてられないと思った私は村まで一気に速度を上げた。おかげで静かになったラルを良いことに、そのまま無言を村まで貫く事にする。
これ以上聞いてしまっては、次からアクリアやヴィスタの顔をまともに見れなくなるような気がしてしまったから。