新米騎士の新たな一面。
「シーナ!いい加減僕と剣を交えてくださいよ!」
バンッ!!!
机に両掌を叩きつけて声を荒立てたラルは本当に入ってきた当初とは比べ物にならない程変わった。主に言えば、騎士団への馴染み様が。
「うるせぇなぁ・・・いつかやってやるって、ほら、まだ背中痛ぇし」
椅子にだらりと座った私にあーだこーだと文句を付けるラルに、不機嫌な私はちらっと書類を整理するマロンを見るが目を逸らされてしまった。それを見かねたアクリアとヴィスタが私の隣から話しかけてくる。
「何?ラルってば痛い事されるの嬉しいわけ?えー、変態だな」
「うわぁ、さいてー。シーナをそういう目で見ないでよ」
にやり、口を歪める二人は確信犯だろう。ラルの顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
「なっ!!!何をっ!!!ヴィスタはともかく・・アクリアに言われたくありません!それに痛い事が嬉しい訳でなく、僕はシーナに剣術を教えていただきたいとですねッ、」
そう、ラルが声を荒立てる程、あの大会からは時間が経っている・・・・といっても数ヶ月だが。私の傷も、クレスタの傷も、軍の奴等の傷だって完治しているのが現状だ。
なぜ、相手をしてやらないのか。そう問われれば答えなど決まっている。
(・・・・面倒だ)
あの時は大会もあったし、ラルの実力を知るために訓練など昼間っからしていたが騎士団の普段はのらりくらりが基本、穏やかが一番だ。特に今、目立った内乱も反発組織も敵対国すらいない平和な日常で、ピリピリするほうが間違っている。
「シーナ!聞いてますか!?」
顔をのぞき込んでくるラルがだんだん鬱陶しくなってきて、だらりと体重を預けていた椅子から立ち上がった。
「わかったよ、外行け」
その一言で瞳を輝かせたラルへ、私も剣を持って続く。あの大会から、怠慢な騎士団が少し真面目になりつつあるのはラルの賜物だ。
古びた屯所のドアを開けば、ラルは直ぐ様剣を構えるが、今の私は助言をいちいち口に出してやる程やる気ではない。
「シーナ!お願いします!!」
「・・・・とりあえず、撃ってこい」
腰から剣を引き抜き、手招きをすれば喜々としてラルは飛びかかってくる。アイツらしい、正面からの真っ直ぐ振り下ろす上段だ。そんな素直で真っ直ぐな刃は私には当たらない。
スッと肩を引いて横に避ければ、当てようとしていたラルの重心が前に傾き、見えてきた背中に肘で一発、軽目に衝撃を与えてやる。
「っ、うわっ!!」
傾きに加わった私の力で見事に転んだラルはその体を土で汚した。軽目のひじ打ちだ、痛みでどうにかになることはないだろう。これは“お前の攻撃が私に届く事はない”という牽制に過ぎないのだから。
「次は二発目が直ぐに撃てるようになってからな」
剣を納めて、屯所へと踵を返すが、最初に負けたとき、ボロボロに泣いたラルを思い出した。
(・・・・今回は、大丈夫だよな・・・?)
少し心配になり、そろっと様子を伺ってみるとラルは勢い良く立ち上がる。そしてキラキラとした笑顔に、思わず私の顔は引きつってしまった。
「すごい・・・!!!僕はこんなにも、無力だなんて・・!!!シーナ、もう一度・・!もう一度させてください!!!」
輝きを増したラルに、逃げ腰になる。
「おい、ラル・・・話聞いてたか?」
屯所から見ていたアクリアが、可哀想な視線と溜息をくれた。
「ラルはホントの変態決定だな」
言い逃げるようにして中へ戻ったアクリアの言葉に、確かに。と思ったのは騎士団全員だと言える。いつか夢にまで見るほど追いかけられそうな気がして、全身がフルリと震えた。
「っ勘弁・・してくれ!!」
ラルが手を伸ばしてくる前に、屯所とは違う方向へと足を向けて走り出す。
「シーナ。僕はまだ、ちょっ・・・シーナ!」
ラルの興奮した声を途中で振り切る様に私はその場から走り逃げていた・・・・。