騎士団、新たな仲間を迎える。
ズキンッ、酷く痛む背中の衝撃に目が覚めた。
「・・っ、いってぇ・・・」
眩しく瞳に映る光が痛くて、目を細めれば誰かの顔が見える。
(誰だ・・?)
聞こうと、声を出そうとすれば、喉が乾いているのか、掠れて音にもならないことに自分でも驚いた。
「団長っ!団長が、目を覚ましました!!マロン、団長がッ!」
しかし、ぼやけた顔の正体は問わなくても教えてくれた。この声と慌てようは、ラルに違いない。唾をゴクリと飲み込んで喉を少し潤せば、聞き取りにくい小さい声だろうが伝える事が出来た。
「・・ラ、ラルか・・・?悪いが、水・・を・・」
手を上げれて言えば、先程まで団長が、団長が、と口を開いていたラルがドッタン、ガシャンと音を鳴らして部屋から出ていくのがわかった。その慌てっぷりに笑いそうになる。
光の眩しさにも徐々に慣れ、ゆっくり瞼を上げればどうやら軍の一室らしいと言うことがわかる。騎士団の場所ほどボロくはないし、クレスタの部屋の様に高級感もない。そんな部屋のベッドに寝かされている私だが、少し違和感を覚えた。
あの倒れた時は鎧を身に付けていたはず・・・だが、今は仮面はおろか、鎧も無ければ胸や背中には丁寧に布までまかれている、少しツンと香るこの匂いは恐らく布の下に薬を塗られているのだろう。
(・・・・・誰に・・?救護隊か?)
現状はありがたいが、軍に性別がバレてしまっては騒ぎになってしまうかもしれない。あそこまで隠し通したのに、こんなことでバレて、もし優勝が取り消されたら賞金がなくなってしまう。と、タイミングのいい時にラルが水差しとグラスを持って戻ってきた。準備された水を勢い良く飲み干し、ぷはーっと息を吐いたあと、調子が出てきた喉を震わせる。
「ラルっ、大会はどうなった!?っ私の手当は誰がした!?」
体を起こそうとしたが、激痛が走った為、ラルの服を引っ掴んでグラグラと揺さぶれば、ラルは戸惑いながらも経緯を話してくれた。
「お、落ち着いてください、大会は騎士団の優勝で終わったじゃないですか。それから、団長の手当は・・その、リリア様が気を利かせてくださって、軍には関係ない城下の医者が施しました」
「そうか・・・良かった。ラル、水ありがとな。助かった」
ホッと一息安堵を漏らし、ベッドを深く沈めてもう一眠りしようかと思ったが、ラルが一向に動く気配を見せない。
「ラル、どうした?騎士団に戻ってても・・・」
そこまで言って思い出す。どれだけ寝ていたのかは知らないが、大会の日にち自体がラルとの契約期間ギリギリだったのだ。数日寝ていたと仮定しても恐らく日にちは過ぎている。
「悪い、契約と・・・騎士団の意義の話か?・・あの時はあんな啖呵きっちまったが、あそこは無くしたくねぇんだ。団長の私が気に入らないなら、団長を変えたっていい。頼むから、あそこは無くさないでくれねぇか」
クレスタがくれた私の居場所。もう一度得た、暖かい場所。もう、失いたくはない。
ラルは、ゴクリと唾を飲み込んで真剣な表情で、腰を深く折り曲げた。突然の行動に、私は訳がわからず驚くことしか出来ない。
「急にどうし「す・・すみませんでした。」
ゆっくりと体を起こしたラルは、複雑そうに眉を寄せ、言葉を続ける。
「僕は・・・女性だからと、態度が悪いからと、騎士団の団長と知っていながら酷い態度をとってきました。」
その従順な姿には驚いてしまうが、別に私はそんなことをして欲しいわけではない。
「・・・・私がクレスタの元パートナーだからそんな事してんのか?」
むっと眉を寄せて聞けば、ラルは少し戸惑って首を横へ振った。
「おそらく・・ですが、僕は貴女が元パートナーではなかったとしても、貴女の戦いが、貴女の姿が、尊敬を抱くべき人物だと・・・」
「・・・・・えらく、素直に言うじゃねぇか」
そこまで褒められてしまうと、何と返して良いかわからなくなってしまう。少しでもラルが、私の戦いで何かを掴んでくれればいいなとは思っていたが・・・どうやら結果は予想以上だったらしい。
「団長。・・・もっと学びたいんです。遅いのはわかっていますが・・・もう一度、チャンスをいただけませんか。僕は・・軍より、騎士団で・・・学びたいと思える貴女の下で強くなりたい」
ラルの言葉は、この騎士団を無くす。という思いは微塵も感じられない。むしろ契約を交わしていた間柄だったが、一定期間という枠を超えてここにいたいと言うものに間違いないだろう。
それは、私にとって・・否、騎士団にとって喜ばしい事だ。
「はは、大歓迎だよ。まさか、そう言ってくれるだなんてな。・・・・・シーナだ、団長なんて・・・よそよそしい呼び方で呼ぶんじゃねぇよ。・・・仲間、だろ?」
右手を差し出せば、ラルも握り返してくれる。固く握手を交わして、やっとこさ少ない騎士団に新しい団員が増えたのだ。
「はい。よろしくお願いします・・・シーナ・・・!貴女の様に・・・いえ、いつかきっと、貴女よりも強くなってみせます」
ニコリ、笑った顔は爽やか青年の再来だった。清々しい笑顔にもう疑問も影もない。
「そりゃあ楽しみだな。クレスタと一緒に待ってるよっと、マロンッ!!いい加減その扉の影から出てこいよ。隠れきれねぇ体が見え隠れしてるぞ」
言った途端にドンッと盛大な音を立てて体を乗り出したのはマロンだけではなくアクリアとヴィスタも一緒だった。
「ラルがさぁ、シーナが起きたって言うから急いで来たのに、すっごい入り辛いんだもん。」
ぷくっと膨れるヴィスタは暖かいお茶を用意してくれていたらしい、手に持ったお盆に人数分の器が目に入り、それがこれからもずっと5つなのだと思うと新鮮な気分になる。
「だよなー。ラルが急に謝り始めるしよぉ、っつーかシーナ大丈夫かよ、もう3日も寝込んでるし、骨折れてるらしいじゃん」
アクリアの言葉に、ラルが居心地悪そうに顔を顰めるが、どうやらこの二人はこれが挨拶みたいなもんなのだろう。直ぐに気にする事もなくヴィスタのお茶に手を伸ばしていた。
「まぁ、何はともあれ嬉しい事だな。シーナ」
マロンが一際嬉しそうな顔をして頷くのに合わせて、私も頷く。
「あぁ、仲間が増えた事は嬉しい。それに、仲間が信じていてくれるって事もな」
クレスタが信じていてくれた事が、何より嬉しかった。あの頃に戻れない、と卑屈ばかり言っていたが、戻る必要など無いのだと教えてくれた。
今が、どれほど幸せなのか。
これから作っていくものこそ大事なものなのだと。
クレスタは教えてくれた。
お茶を飲むラルに、後ろから頭を押すアクリア、衝撃でお茶を吹き出すラルを笑うヴィスタ。仲間たちを遠目に見て、思い描く未来を楽しみにしている自分がわかる。
失ったモノを嘆くこともあるだろう。
けれど、信じて、新たなモノを築いていこう。
そして築いたモノを、大事に、大事にしていこう。
きっとそれが、明るい未来へ続くと信じて――――――
そう思うきっかけとなった大会が、これから起こる事件の序章だとは
まだ誰も知らない―――――――――