皇族の男、果ての強さを知る。
ラル視点です
団長が、妙な言葉を残してフィールドへと登っていく。一番手がクレスタ様だった事、団長が弱く、守るべき女性だと言うこと。クレスタ様の段上での発言や団長が残していった言葉。
何もかもが頭を混乱させて、答えがなんなのか全くわからなくなってしまった。無意識に僕は、団長へと手を伸ばす。
「・・・、クレスタ様が相手では、・・・」
もう声が届かないところまで団長は歩いて行っているのに、混乱した頭は女性の団長が無残な姿になるのを想像したらしい。引き止めようとしたところを、マロンに声をかけられて止められた。
「ラル、止めなくて良い」
「し、しかし団長は女性で、」
言ってしまった後で、ここが身を隠している場所だと思い出す。慌てて口を閉じればマロンは楽しそうに笑った。
「シーナの事、知っているか?」
「・・・いいえ・・・何も、知りません」
そう問われて、良く考えて見るが名前と団長という事以外何も知らないと思い知る。全く世話になっていない訳ではないし、される助言に最近では助けられて来たと言うのに感情だけで何も知ろうとしなかった自分が酷く情けないと感じた。
マロンはそれを責める訳ではなく、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「少しだけ、俺から教えてやろう」
そう言って得意げに笑うマロンの視線はフィールドに向いたままだ。まるで、これから始まる戦いが楽しみだと、昂揚していると見えてしまう。力の差は歴然のはずなのに・・・
マロンが一時もフィールドから視線を逸らそうとしない為、僕も同じようにフィールドを見下ろせば、丁度良いタイミングでアナウンスは流れる。
〔それでは決勝戦、開始します。〕
ざわつく会場がそのアナウンスによってピタッと止まり、息をクッと詰める。その張り詰めた緊張感を破るように団長以外の3人が、クレスタ様へと一斉に斬りにかかった。
一人ではまず相手にならない。当然の行動だと、見張っていればマロンは再び口を開いた。
「これは知っているかもしれないが、クレスタの強さは通常じゃない」
言葉に合わせて視線を戻せば、斬りかかってくる相手にクレスタ様は剣先を左下の床に付くかつかないかまで下げ、その位置から勢い良く刃を右に振り払った。
「っ・・!」
その一撃は、一瞬。
クレスタ様の剣先は床から一気に天へとその向きを変える。ただそれだけの行動なのに、それだけ、とは言えない威力に興奮で体に力が入った。
三人で襲いかかった内の一番左に居た男への一発が最も強く刀身が当たり、鎧が無意味と思えるほど脇腹に筋が入っている。それを確認するに、体への衝撃は大きい。受けて転がった男は呼吸すらままならなく、もはや剣など握れる状況ではないのだろう。
そして、その剣道は乱れる事なく、正面の男にも襲いかかる。
首筋を遠目では斬ったのではないか、と思える程の距離を光の速さで走った刃に男は息を詰めた。何も守るものが無い首の部分に、死の恐怖を感じ男は一歩震えながら後ろへ下がってしまう。
更に続いた剣道は一番右に居た男の頭部へと直撃する。脇腹の衝撃よりは小さいものの、一撃で意識を失わせる様な威力。そんな衝撃を頭部へ受けた男は脳震盪を起こし、頭を守る鎧を吹き飛ばすとともに意識を手放し、最初の男と同様に床へと転がった。
一歩も動かす、振るった一筋の剣でクレスタ様は、3人の男の戦意を失わせてしまったのだ。
思いも寄らない結果に、誰しもが唖然としてしまう。力の差があるのは知っていた、だがそれを頭で思うのと、現実を突きつけられるのは、こうも差があるものだろうか。
どうやったってこんな一撃に敵う相手など居ない。
「・・そ、そんな・・・」
僕は言葉も発することが出来なくなってしまったのに、隣のマロンは悠長にそれでも言葉を繋げていく。
「・・・いつ見ても思うが・・・奴の強さは異常だ」
クレスタ様の正面に居た男が、両隣に居たはずの男たちを確認するとその表情を更に青く変える。呼吸を乱して震える男は、自分の運命も同じだと悟ったのだろう。
剣を当ててもいないのに恐怖を与え、一人で二人もの相手を瞬時に倒してしまうこの現状、自分が味わっている訳でもいないのに手足の震えが止まらない。
純粋に怖い。そう考えた所で、あの恐怖を感じるなど想像もつかない人物が思い浮かんだ。
「・・あ・・だ、団長が・・・・!!こんなの、盾も持っていないのに、耐えれるはずがありません!」
ただでさえ女性で、鎧を付けていても斬りかかっていった男達に比べればずいぶんと軽く、力だって弱いのに、残された未来など決まりきっている。
そのはずなのに、マロンは何時になく落ち着いていた。
(・・ッ、この騎士団はどうしてそんなに団長へ信頼を寄せているんだ!?)
誰も動かないならば、自分が行かなければ。決死の思いで立ち上がるが、マロンの言葉は終わっていなかった。
「・・・シーナが盾を持っていても意味はないだろうな。こんな言葉を知ってるか?攻撃は最大の防御。あの強烈な一撃を返すには・・・・・同じく強烈な一撃だけだ」
同じものが撃てたのなら誰も困りはしない。団長と同じで、マロンも理想論をぶつけてくるだけなのか。と思ったその時。
団長がコツ、コツ、と独特の鎧の金属音を静まり返った会場に響かせて進んでいく。
その異様な光景に、僕も、僕以外の人間も引き込まれていく。ゆっくり歩いていく団長に気付かないクレスタ様の正面に居た震えている男は、クレスタ様に剣の刃を肩に置かれ、すーっと滑らせ首にピタッとくっつけられると、恐怖で震えを更に大きくした。
恐らくではあるが、その剣の刃は・・・男を震えさせる為に置いたものではない。
(あれは・・・もしかして、団長に向けている・・・・?)
クレスタ様が楽しそうに口角を上げると、団長は震える男のすぐ後ろまで歩いて来ていた。そしてゆっくり男の首を挟んだ逆の肩に団長が刃を滑らせる。
「相変わらず、趣味が悪い」
そう、団長の声が響いた。
「えー。せっかく邪魔が入らないようにしたのになぁ。まぁ君は少し怖がらせ過ぎたかな」
にこりと笑ったクレスタ様の笑顔は首を刃で挟まれた男に向けられた。男は恐怖が限界値に達したのか、カシャンッと音を鳴らして震えた手から唯一の武器を落とす。
「可哀想にな、真ん中に立っていた事を後悔してくれ」
そう団長が言った言葉が合図の様に一気に首に置かれていた二つの刃が離れ、まるで磁力が効いているかの様に再び引き合う。剣と剣がぶつかり合う音が響いた時、間に居たはずの男は白目を向いて床に倒れ込んでいた。
クレスタ様から向けられる威圧は、それ程まで人を追い込んでしまうのかもしれない。僕はそんなことを思いながらも、二人のぶつけた剣から目がそらせないでいる。
「・・・・そんな・・・・」
気が付けば、そう呟いていた。一度ぶつけ合った剣は直ぐに離れた。その後、クレスタ様の剣が団長の首へと切っ先が向く。
・・・・・それと同時に、団長の剣もまたクレスタ様の喉元へと向いていた。
「シーナにクレスタ程の腕力はない。けどな、シーナにはクレスタには無いほどの身軽さがある。アイツはそれに磨きをかけて、相手の腕力に勝るほどの威力を作り出すんだ」
まるでマロンの言葉を全て肯定している様に立ち、クレスタ様と同じに振舞う団長の姿を異常だと判断しているのは僕だけではない。この静まり返った会場が、それを表している。
互いに首元へ剣を向けていた状況から、クレスタ様が嬉しそうに笑って一気に体を後ろに傾ける。団長の剣は届かなくなり、無意味になると団長も剣を引いて今度は縦に剣を振り下ろす。ヒュンッ、と風の抜ける音で、クレスタ様がそれを避けたのだと知れた。
ヒュッ、と繰り返される音は、当たってはいないのだと思う反面その凄まじい音に剣速が異常だと、わかる。ギリギリで避けてふわっと浮くクレスタ様の髪の毛や、地面に薄らと広がる砂埃が剣筋と共に斬れてしまい起こる空気の渦を見て、団長の剣が、まるで風を起こしているのではないかと錯覚しそうになってしまった。
クレスタ様が向かってきた上部からの剣を弾いて横から振り払ったが、いつのまにか低い体制に居た団長から足を回され、クレスタ様は片足を床から離し、足場を崩されてしまう。
バランスをとる為に後ろに一本腕をつき、無駄に終わると思われた団長の足払いが遠心力でさらに力を付け、腕を払った時にはさすがのクレスタ様も床に腰を付けていた。
目の前で繰り広げられる夢のような光景に、リリア様の仰っていた言葉が頭に響く。
“剣を交えても劣る事がなく”
床に腰を付けたクレスタ様に容赦なく振るう剣は体を反らせ、最大限に筋力を使う動きは、目を惹きつけるほど美しい。
それこそ、“大きく振るう剣技はまるで舞の様に美しい”。
思考がそこまでたどり着いて、答えが漸く、見つかる。
「まさ、か・・・・団長は・・・クレスタ様の、」
言いかけた所で、マロンは団長の情報を嬉しそうに口にする。
「シーナの強さは底知らずだ。クレスタと仕事してた時からな。」
会場へ広がる衝撃音に、僕はもう目が離せなくなっていた――――




