予選
大会のルールは簡単。
5人一チームでの参加。予選は参加するチーム、150組を5つに分け、分けられたチームは一斉に同じフィールドで争う。制限時間は30分。ちなみにフィールドは少し段差になっており、そこから落ちれば失格。もちろん立てなくなっても失格だ。
最後に残っていた人数が多いチームが決勝進出。したがって決勝は150組の中の5組へ絞られる。決勝は一組一人ずつ選出し、負ければ次の奴が出てくる、要は勝ち抜き戦。
最後に残ったチームが優勝となり、次が準優勝だが・・・・
(さて、どうするかな。)
幸いにも予選はクレスタと別の組になれたが、第一戦目の30分で体力を削るのはあまりにも惜しい。そう考えていると、会場全体がざわつき始める。同時に、アナウンスが天井から流れた。
〔そ、早急に敬礼ッ!!!こ、国王、ロード=セルティ・シアナ様からお言葉をいただけます!全員、高台に注目ッ!!〕
予定に無かった事なのだろう、アナウンスですら慌てているのがわかり、周りの連中もそわそわと浮き足立っていた。それでも、一人、また一人と男たちは敬礼し、深々と頭を下げて片膝を地面に付ける。
これは、敬うものへの服従を現す戦士の姿だ。ぽつり、ぽつりだったものが、やがて広場全体に広がり、頭を下げず突っ立っているのは私だけになってしまった。
ここで、目を付けられるのは得策では無いし、特に反抗心を見せつけたい訳ではない。
それなのに、体が動こうとしない。国王に敬礼をするだけなのに、足が、曲がらないのだ。高台に居るアイツが、私を嘲笑った奴ではない。私の全てを奪おうとした奴では、ない。わかっているのに、心が、体が、その服従を拒否してしまう。
(・・・・はは、感情で動くなんて・・・もうあれ以来やめたんだがな・・・)
気づいていなかっただけで、私は王という役職が死ぬほど憎いのだと、今になって悟った。
「だ、団長ッ!?何をしているんですか・・!?」
ラルが隣から小声で注意してくるが、それに従う事もできそうになかった。すっと高台の影から白地に金の装飾を施した軍の正装を着込んだ人物が現れる。きっとこの優雅な姿をこの中で見ているのは、私だけだろう。跪いている連中の中に、一人だけ立っていれば嫌でも目が行く。私は王とやらと視線が交じり合った。
(・・・言われてみれば・・・ラルに似てないこともないな)
呑気にそんなことを考えていた私は、ラルとは違う黒髪で、ラルとは同じの薄いグリーンの瞳の男の顔をまじまじと見ていた。その時、ふわっと顔が笑う。そして、深々と、王とあろう人物が頭をゆったりと頭を下げた。
ドクッ・・!
私のの全身の血がまるで逆流したかの様に体が驚く。
「・・な、」
何故、どうして。
ぐっと握った拳で、その笑みの理由を頭の下げた理由を、問い詰めてやろうと足を踏み出そうとしたところで、高台の男の声が、会場中に響いた。
『皆、顔をあげなさい』
その言葉に、周りの奴らも顔を上げて普段は滅多にみれない王を見ようと、動きだす。私の一歩はそれによって阻まれてしまった。
『今日という日を私も待ちに待っていた。日々の成果を存分に披露し、昇りつめよ。この場に居る全員に期待している』
神の御告か、と思う程輝く視線を向ける周りの奴らにため息を漏らして、隣をちらっとみれば、同じように目を輝かせてラルも王を見つめていた。
(・・・・お前の兄貴だろうが。・・・・そういや、兄の力になりてぇんだっけか・・・尊敬・・してんだろうな)
納得の眼差しに呆れてしまう。コイツはどこまでいっても忠実で素直だな。
『さらなる精進の一日となるよう一層努力に務める事を今日の司令としよう。皆、懸命に励むよう勤めよ』
そう言って、去っていった王に周りは拍手をし始めた。一人、腕を組んでふんぞり返っていた私にラルがついに不機嫌を通り越して怒りを露にしそうだったが、何とか次のアナウンスによってそれは回避出来たようだ。
〔それでは、第一組、予選を始めます。対象者はフィールド内へお入りください〕
最初にマロンが引いてきたクジで、決められた番号。私たちのチームは一組目だった。
フィールドは柵で仕切りが作られているので、中へ入るための入口へと騎士団全員で歩いて行くと、マロンが横からボソリと話しかけてくる。
「シーナ。どうせアイツとやり合うんだろ?一戦目は任せておけ。頼られてこその仲間だ」
気の優しいマロンが、にやりと笑って親指をたてたその姿に、じわりと心が暖かくなった。
「・・・・・マロン。悪いな・・・ありがとう。」
「はは、気にするな。アイツと対等なのは、シーナしかいない。・・・・決勝を楽しみにしてる」
マロンは早速作戦をたてる、と騎士団を集めて手順を説明していった。
「・・・いいか、シーナに剣を振るわせるな。シーナは決勝まで取っておく。4人で全滅させるぞ」
普段の胃痛持ちなマロンはどこへいったのか、頼もしいその姿に思わず感動しそうになったのは私だけの秘密だ。
騎士団の面々も、
「りょうかーい。まぁ、決勝も一回戦も俺にまかせろって」
気楽に返事をするアクリアと
「そうだね。そのくれすた?って奴のチームもいないんだし、僕達だけで大丈夫でしょ」
腰に手を当てて考えるヴィスタ。
「はぁ、まぁ別に団長を宛にしていないので構いませんが」
加えて不信な顔をするラル、だ。それに苦笑いを漏らして、一言だけ告げた。
「悪いな。だが辛い訓練に耐えてきたお前らならやれる。負ける事、それは戦場で死だ」
腰に携えていた剣を引き抜き、すっとそれをフィールドに向けて前にゆっくりと倒す。
「騎士団での命令だ。必ず全員
生き残れ。」
その言葉を合図に、それぞれ騎士団はフィールド内に散らばり、開始の合図を待った。私も一応剣を構えて辺りを見渡せば、柵の外にクレスタとリリアの姿が見えた。そのクレスタの横に、フードを深く被った奴がクレスタと話しているのが目に入る。
(5人のチームメンバー・・・ではないな。鎧は身に付けていない様だし・・・・)
気にしながらも、再びフィールドへと視界を移せば、この不思議な環境に思わず笑いそうになった。
(仮面で好奇の目を向けられ、柵の中で暴る・・・まるで見世物だ)
だがそれの考えも、アナウンスによって直ぐに逸らされる事となった。
〔それでは、第一組、予選を開始致します。はじめっ!!!〕
掛け声と共に始まった会場はまさに戦場だ。雄叫びや、剣、鎧のぶつかる音、騒音を大きくした150人の中に味方は5人しかいない。
(中々いい訓練になりそうな予選だな)
周りでは色んな死闘が繰り広げられているが、案外避けていれば巻き込まれる事もなさそうだった。のらりくらりと半分程の時間を過ごしていれば、ひと振り、斜め右上からヒュンッと剣を降り下ろされる。
「考えごと?集中してないと、やられるぞ?」
軍の男だろう、古びた鎧に黒髪短髪の男はニカッと笑って、得意げに話しかけてきた。剣を構え直し、親切に忠告してくるのはいいが体の軸がぶれているし剣の速度も遅い。まだ、ラルの方が上を行く。
「・・・・忠告どうも。だが、あそこのチビの方が狙いやすいと思うぞ」
どうやら鎧と仮面のおかげで女とはバレないと確信を得て、ヴィスタを指させば、男は勧められた事に驚き、指をさされたヴィスタは声を荒らげた。
「ちょっと、シーナ!チビってなにさ!っていうか、そこの男!何うちのシーナ狙ってんの!?バカ!?どうしようもないバカ!?」
興奮してるのか、面白いほど声を荒らげるヴィスタにポカンと口を開けてしまった男の背をポンッと押してバランスを崩してやれば、隅にいた事もあって、ものの見事にその男はフィールドの下へと落ちた。
「あーあぁ、残念だったな。・・・・そのまま返そう。集中してないと、やられるぞ?」
手を振ってその場を後にすれば、遠くで腹を抱えて笑うクレスタが目に入ってしまった。
(アイツ・・・・)
フードを深く被った男クレスタの隣でフィールドに釘付けになっていた。奇妙な光景だと不思議だと思ったが、それを追求しようにも今は自分の事を終わらせないと何も出来そうにない。
私は引き抜いた剣を終い、散歩の様にフィールド内を飛んでくる剣や物を避けながら歩いていると騎士団の面々の頑張りがよく見えてくる。頼れといったマロンは既に半数を拳で伸していた。さすがと言うか、見た目通りと言うか約束通りというか。ラルもラルで、あれ程実践は初心者だったのに、相手に攻撃されながらも足や腕、体を使って相手の意表を突き、剣を交えて攻撃を仕掛けているし、アクリアの方も数はだいぶ減っている。ヴィスタも体格差とフィールドを利用して失格者を増やしているようだ。
(良好だな、特にラル。最初とは見違える程だ)
訓練の成果に嬉しくなりながら、一人、また一人と倒していくラルに小動物から忠犬に格上げか?なんて考えていたのは私だけの秘密だ。
〔時間、終了です。〕
そう、告げられる時には5人の騎士団しかフィールドに立っていなかった。終わると同時に地響きの様に鳴り響いたフィールド外の観客の雄叫びにラルだけが驚いていた。
「あのチームすげぇぞ。」とか、「あのデカイ男強いな。」「いや、他の奴らも・・・」とか、まぁあれだけの数が居て、1チームが全滅させるとは思わなかったのだろう。横で歩くラルが、騒がれるのにも慣れていない為に、そわそわしているのが何とも不格好で、やはり小動物は抜けられそうにない。
「ラル、お前が強くなった成果だ。恥じるような訓練はしていないし、堂々としてろ」
安心させるつもりで言ってみたのだが、どうやら効果は薄いらしい。
「だ、団長と違って試合に参加していたんですっ!緊張とか、そういうのもあるんですよ!!」
そう返されてしまった。
(難しい野郎だな・・・)
はっとため息を付いて、柵の外、観客席に戻れば、すぐにクレスタのチームの勝負が始まった。ラルは食い入る様に見ており、マロンも参考の為かしっかりと視線を向けている。アクリアとヴィスタは少々どうでも良さそうだな。
(まぁ、結果は見えてる)
クレスタのチームの奴等はリリア以外の奴も中々の手練なのは剣筋を見ていてもわかる。だがリリアの方がよっぽど強いし、やはりクレスタはそれを上回る。と、あのフードの男が居ないことに少し違和感を覚えた。参加者でないとは思っていたが、会場を見渡しても見当たらない。
(まぁ・・・考えても仕方ないか)
そうそうに諦めれば、クレスタは手を抜いて、リリアにほとんど任せる様にしているのが見えた。私と同じように、体力温存ってとこだろう。
(まぁ・・・数年振りだしな。私だって楽しみだ・・・)
決勝の勝ち抜きで、最後にあいつが出てくるのならリリアを倒さなければクレスタまで辿りつくことは出来ない。マロンとリリアなら、どちらが勝つかわからない・・・・といえるが、そこで負けてしまえば、リリアとやり合わなければならなくなる。
(剣を交えたいとは思ったが、今回は回避してぇな)
そこまで色々考えて、後はなるようにしかならないか。と、まとめることにする。そうこうしている間にリリアの一人勝ちの様な状況で場は収まっていた。
そして、第五組も無事に終り、残るところ決勝だけとなった。ひとり、一人とチームから決勝への第一選手が選ばれる中、誰を一番手にするか少し悩んでしまう。
(やはり・・・ラルか・・・?)
アクリア、ヴィスタ、ラルの3人には経験を積ませるにも、負けを知るにも、丁度良いチャンスだと思ったがワァッと沸いた会場にその考えは消え失せてしまった。
「ク、クレスタ様が一番手ッ!?」
ラルの言葉にフィールドへ視線をあげれば、クレスタは勢い良く剣を鞘から引き抜き、切っ先をこちらへと向けてきた。ぴたッと刃を止めれば、隠しもせず、誰にでも聞こえる様な声で言葉を紡ぐ。
「上がって来なよ!」
ブンッ、ひと振り薙ぎ払った剣はただ空気を斬っただけなのに、その速さに、クレスタの本気が伺えた。残りチームの代表の顔が可哀想な事に真っ青に顔色を染めている。
(全くアイツはいつも何がしたいんだ・・・・)
スッと立ち上がる私に騎士団の周りが驚いて声をかけてきた。
「シーナッ!?行くのかよ、挑発とかじゃねぇの!?っつーか、何、アイツ!?」
アクリアに左手をつかまれ、もう一方の右手はヴィスタが掴む。
「罠だよ!アイツがくれすたって奴だろ?シーナが強いのは知ってるけどさ、アイツを僕らで疲れさせてからの方が効率的だよ!!」
心配してくれる二人に顔を緩ませながらそっと腕を解いた。
「大丈夫だ。・・・昔からの友人でな・・・・・・いや、戦いの面では、元パートナーと言った方が正しいか」
私の言葉に驚いた二人は顔を見合わせた。
否、驚いたのはもう一人居る。
「安心しろ、負けるつもりはない。アイツとは真っ向勝負で挑みたいんだ」
そう言って剣を持ち、もう一度フィールドへと踏み出して頭が混乱しているラルへと一目、視線を向けた。
「ラル」
「あ、え、」
ラルの狼狽える声をそのままにニヤリ、笑ってみせる。
夢を壊すつもりは、なかったんだがな。
「お前の憧れた戦い・・・・見せてやる」
言葉を残して、私は戦場へと視線を戻した―――――




