怪話篇 第十二話 老人の家
1
「角の処の家、新しい人が引っ越して来たんですって?」
「ええ、そうなんですよ。前に住んでいたお爺さん達が引き払ってすぐに」
「道理で、奇麗になってるはずだわ。住む人達が若返ると、家まで若返ったみたいに見えるわねぇ」
「全くねぇ。でも、前に住んでた岡田さん、何の挨拶もなしに出てっちゃうなんてねえ。近頃の若い者は、なんて言わせておけないわねえ」
「全くその通りよ。今度来た北岡さんなんか、夫婦揃って御挨拶に来たのよ」
「意外と礼儀正しいのねぇ。わたしなんか、ほおりっぱなしだったけど」
「普通そうじゃない。家の団地だって、すぐ隣になのに、挨拶なしなんですからね」
「あらぁ、それはちょっと礼儀知らずじゃなあい?」
「ほんっと、最近の人達ったらないわねえ」
「だけど、羨ましいわねえ。今時庭付のお家なんて。家の亭主なんか、定年まで扱き使われてさえ、一個建てなんか購ってもらえそうもないもの」
「あらぁ、それは家だっておんなじよ。その癖、自分は一生懸命に働いてるんだぞっていう自己主張だけはしてるんだから。せめてもうちょい稼いでもらわないとねえ」
「あら、もうこんな時間。奥さん、早くしないと」
「そうそう、ダンス教室の先生って、素敵だけど時間に厳しいから」
「家の亭主ほどじゃないけどね。ちょっと朝が遅いと、もう、うるさいうるさい」
「そうそう、家も。その癖、自分は午前様でしょう」
「ほらほら。無駄口言ってないで急がなくちゃ」
2
「ねえねえ、奥さん。角のお家、未だ一年ちょいなのに、もう入れ替わっちゃったの、知ってます?」
「でも、表札は変わってなっかったわよ」
「ああ、あたし知ってるわよ。今度は、お翁ちゃん達でしょう。エアロビスクの帰りに、見たわよ」
「もう、近頃珍しく礼儀正しい人達だったと思ったのにねえ」
「そうそう。何の挨拶もなしに、出ていっちゃうなんて失礼ねえ」
「でも、夜逃げじゃぁあるまいし、いつの間に出てったのかしらねえ」
「本当。あのお爺ちゃん達も何か付き合い悪そうだしねぇ」
「ねえ、奥さん。今度入った方、どおいう方だか知ってます?」
「あら、田中さんの奥さん知ってらっしゃるの?」
「い~え。前田さんこそ、知ってらっしゃるものとばっかり」
「あら、変ねえ。今度、主人に訊いてもらうように言ってみましょうか?」
「そうそう、三田村さんのご主人は不動産関係の方でしたものねえ」
「やっぱり、変な方達だとねえ、気味が悪いから」
「子供達にも、教育上良くありませんものねえ」
「あらあら、もうこんな時間。ごめんなさい、ちょっと予約があって、もう行かなきゃならないの」
「あら、あたしも。明日は、参観日ですものねえ」
「そうそう、クリーニングもう届いてるかしら。ごめんなさいねえ」
「でも、変ねえ。あのお婆ちゃん、見た事ある気がするのよねぇ」
3
「角の処の家、新しい人が引っ越して来たんですって?」
「ええ、そうなんですよ。前に住んでいたお爺さん達がいなくなったと思ったら、もうすぐに」
「道理で、奇麗になってるはずだわ。住む人達が若返ると家まで若返ったみたいねぇ」
「全く。でも、いつ引っ越して行ったのかしら。奥さん、知ってます?」
「いいえぇ」
「でも、普通そんなもんじゃなぁい。家の団地だって、すぐ隣になのに、挨拶なしなんですからね」
「あらぁ、それはちょっと礼儀知らずじゃないの?」
「ほんっと、最近の人達ったらねえ」
「だけど、羨ましいわねえ。この御時世に庭付のお家なんて。家の亭主なんか、定年まで扱き使われてさえ、一個建てなんか購ってもらえそうもないもの。たとえローンにして貰ってもよ、ローンに」
「あらぁ、それは家だって。その癖、自分は一生懸命に働いてるんだぞって、いう自己主張だけはしてるんだから。せめて、もうちょい稼いでもらわないとねえ」
「今度の人達も、付き合い悪そうねぇ。まあ、町内会の分担の仕事さえ、しっかりやってくれれば、別に構わないけど」
「あらぁ、そう言う奥さんのところが、一番さぼってるんじゃなぁい?」
「まあ、失礼な。家はちゃんと主人に出てもらてますよ!」
「そうそう、そうでしたよねぇ。でもあんまりご主人苛めちゃ駄目よ。もう、来年で四十過ぎるんだから」
「家の亭主だって、もう大分擦り切れちゃってるもんねぇ。あのお家の住人みたいに、すげ替え効くと、ありがたいんだけどね」
「全くその通りねぇ」
4
「はい、こちら△△不動産でございます。はい、少々お待ち下さい。社長、大地さんからお電話です」
「判った。はい、武田です」
〈私だ。判るか〉
「……何の御用で」
〈そろそろ、新しいモノが欲しい。頼むぞ〉
「はあ。仕方ありませんなぁ」
〈いやか〉
「いえ! 滅相もない。ですが、まあ、何とかしましょう」
〈すまぬな〉
「私は、構いませぬが、周りの住人が気味悪がりませんでしょうか?」
〈ふむ、いや、お主は余計な心配はせずともよい〉
「はっ。では、手配しておきます」
〈待て〉
「はぁ?」
〈この前のような、紛いモノにて間に合わすのは止めよ〉
「あれは、あんなモノが、存在しているなんて知らなかったんですよ」
〈分かった。だが今度はしくじるな〉
「…………」
〈あんなモノでは、我が飢えは充たせぬ。若さがない。お主の祖父が、太古よりの約束を違えた時の事を、忘れた訳ではなかろう。九頭竜大神の力をみくびるな。あのような強大な力を封ずる結界を維持するには、もっと若さが要る〉
「承知しました。では、とり急ぎ」
〈頼むぞ〉
5
「角の処の家、また新しい人が引っ越して来たんですってぇ?」
「そうみたいねぇ。前に住んでいた、お爺さん達が、いつの間にか引き払ったと思ったらもう、すぐに」
「道理で、奇麗になってるはずだわ。住む人達が若返ると家まで若返ったみたいねぇ」
「まったくねぇ。でも、いつ直したのかしら。奥さん、知ってます?」
「いいえぇ」
「不思議ねぇ。でも、これだけのお家なんだから、手放すなんて勿体ない話ねえ」
「ほんっと。家の亭主なんか、定年まで扱き使われてさえ、一個建てなんか絶対に購ってもらえそうもないもの。たとえローンにして貰ってもよ、ローンに」
「あらぁ、それは家だって。その癖、自分は一生懸命に働いてるんだぞって、いう自己主張だけはしてるんだから。せめて、もうちょい稼いでもらわないとねえ」
「今度の人達も、付き合い悪そうねぇ。最近の若い人達って、皆こうなのかしら」
「こんなもんよぉ。家の長男だって、愛想ないない。その癖、一人前に、もう、彼女なんか作って。全く誰に似たのか」
「彼女ねぇ……まあ、知らない間に子供作るよりましじゃなぁい」
「ちょっと、物騒な事言わないでよ。心配してるんだから」
「ごめん、冗談よ。でも、あんなお家欲しいわねぇ」
「あたしはいいわ。あの家って、何か気味悪くって。越して来た人は随分見たのに、出て行くのは一度も見てないもの」
「あら、すぐお隣なのに? それはちょっと不気味ねぇ」
「きっと、夜逃げでもしたのよ。あれだけ大きいと、税金も結構かかるんじゃなあい」
「う~ん、あこがれちゃうなぁ」
「そうかなあ。あたしは、ちょっと気味悪いなぁ」
eof.
初出:こむ 7号(1987年9月)