ー第2節 切り裂かれた衣装と侍女の悲鳴。形あるものの儚さを説き、平然と繕い物を始める李花
第2節 切り裂かれた衣装と侍女の悲鳴。形あるものの儚さを説き、平然と繕い物を始める李花
ある日の午後。
李花が庭の手入れを終えて部屋に戻ると、春蘭の悲鳴が聞こえた。
「り、李花様! 大変です!」
血相を変えて駆け寄ってくる春蘭。その手には、見るも無残に切り裂かれた絹の衣装が握られていた。
それは、数日後に予定されている「百花園の宴」で李花が着るはずのものだった。
淡い桃色の上質な生地が、刃物のようなものでズタズタにされている。
「……あら」
李花は短く声を上げただけだった。
春蘭は涙目で訴える。
「ひどいです……誰がこんなことを! 許せません、すぐに調査を……!」
「落ち着いて、春蘭」
李花は穏やかな声で侍女を制した。
前世の彼女なら、怒髪天を衝き、犯人を捜し出して八つ裂きにしようとしただろう。「私の顔に泥を塗ったわね!」と叫び散らしながら。
だが、今の李花の心は、古井戸の水面のように静まり返っていた。
「形あるものは、いつか壊れるものよ」
「えっ……?」
「この衣装も、たまたま今日がその日だったというだけ。永遠に変わらないものなんてないわ。花は散り、月は欠け、布は裂ける。自然の摂理ね」
あまりに達観した物言いに、春蘭は口をあけて固まった。
おつまみが、李花の肩に乗りながら感心したように言う。
『ほう、なかなかの境地じゃな。だが、宴に着ていく服がないぞ?』
「そうねえ。でも、よく見て」
李花は裂け目を指先でなぞった。
「この裂け目、なんだか雲の形に似ていない? あるいは、流れる川のようにも見える」
「……はあ」
「ここをこう縫い合わせて、刺繍を足せば……うん、逆に面白い柄になるかもしれないわ」
李花は針箱を取り出し、鼻歌交じりに繕い物を始めた。
怒りも、悲しみもない。
あるのは、「どうすればこの状況を楽しめるか」という、遊び心に近い余裕だけだった。
「犯人捜しはしなくていいの。相手は私を怒らせたり、悲しませたりしたくてやったのでしょう? 私が平気な顔をしていれば、それだけで相手の目論見は外れるわ」
「李花様……」
「それにね、怒るとお腹が空くのよ。無駄なエネルギーは使いたくないの」
李花は針を動かしながら笑った。
その笑顔には、一点の曇りもなかった。
一方で、おつまみはニヤリと笑っていた(口はないが、そんな気配がした)。
『クックック……犯人の悔しがる顔が目に浮かぶわ。お主、天然で相手の精神をへし折る天才じゃな』
李花は、ただ平穏を愛しているだけだ。
だがその「無抵抗」という名の最強の盾が、攻撃を仕掛けた者たちをどれほど苛立たせるか、彼女自身は気づいていなかった。




