表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/25

ー第2節 切り裂かれた衣装と侍女の悲鳴。形あるものの儚さを説き、平然と繕い物を始める李花

第2節 切り裂かれた衣装と侍女の悲鳴。形あるものの儚さを説き、平然と繕い物を始める李花


 ある日の午後。

 李花が庭の手入れを終えて部屋に戻ると、春蘭の悲鳴が聞こえた。


「り、李花様! 大変です!」


 血相を変えて駆け寄ってくる春蘭。その手には、見るも無残に切り裂かれた絹の衣装が握られていた。

 それは、数日後に予定されている「百花園の宴」で李花が着るはずのものだった。

 淡い桃色の上質な生地が、刃物のようなものでズタズタにされている。


「……あら」


 李花は短く声を上げただけだった。

 春蘭は涙目で訴える。

「ひどいです……誰がこんなことを! 許せません、すぐに調査を……!」

「落ち着いて、春蘭」


 李花は穏やかな声で侍女を制した。

 前世の彼女なら、怒髪天を衝き、犯人を捜し出して八つ裂きにしようとしただろう。「私の顔に泥を塗ったわね!」と叫び散らしながら。

 だが、今の李花の心は、古井戸の水面のように静まり返っていた。


「形あるものは、いつか壊れるものよ」

「えっ……?」

「この衣装も、たまたま今日がその日だったというだけ。永遠に変わらないものなんてないわ。花は散り、月は欠け、布は裂ける。自然の摂理ね」


 あまりに達観した物言いに、春蘭は口をあけて固まった。

 おつまみが、李花の肩に乗りながら感心したように言う。


『ほう、なかなかの境地じゃな。だが、宴に着ていく服がないぞ?』

「そうねえ。でも、よく見て」


 李花は裂け目を指先でなぞった。


「この裂け目、なんだか雲の形に似ていない? あるいは、流れる川のようにも見える」

「……はあ」

「ここをこう縫い合わせて、刺繍を足せば……うん、逆に面白い柄になるかもしれないわ」


 李花は針箱を取り出し、鼻歌交じりに繕い物を始めた。

 怒りも、悲しみもない。

 あるのは、「どうすればこの状況を楽しめるか」という、遊び心に近い余裕だけだった。


「犯人捜しはしなくていいの。相手は私を怒らせたり、悲しませたりしたくてやったのでしょう? 私が平気な顔をしていれば、それだけで相手の目論見は外れるわ」

「李花様……」

「それにね、怒るとお腹が空くのよ。無駄なエネルギーは使いたくないの」


 李花は針を動かしながら笑った。

 その笑顔には、一点の曇りもなかった。

 

 一方で、おつまみはニヤリと笑っていた(口はないが、そんな気配がした)。

『クックック……犯人の悔しがる顔が目に浮かぶわ。お主、天然で相手の精神をへし折る天才じゃな』


 李花は、ただ平穏を愛しているだけだ。

 だがその「無抵抗」という名の最強の盾が、攻撃を仕掛けた者たちをどれほど苛立たせるか、彼女自身は気づいていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ