ー第3節 冷酷な皇帝との謁見。完璧な無関心と凪いだ瞳が、逆に絶対権力者の興味を引く
第3節 冷酷な皇帝との謁見。完璧な無関心と凪いだ瞳が、逆に絶対権力者の興味を引く
やがて、謁見の時間がやってきた。
広大な謁見の間。玉座には、この国の絶対支配者である皇帝が座っている。
皇帝・蒼龍。
整いすぎた顔立ちは、美貌というよりは凶器に近い。冷ややかな瞳は、人間を人間とも思っていないような無機質さをたたえている。
前世の李花は、この男を一目見た瞬間、雷に打たれたように恋に落ちた。
そして、その冷たい視線が自分に向けられることを渇望し、狂っていったのだ。
だが、今は違う。
(ああ、綺麗な顔だこと。まるで細工物のよう)
李花の感想はそれだけだった。
博物館に飾られた名品を見るような、あるいは遠くの山並みを眺めるような、完全なる他人事としての鑑賞。
胸の高鳴りもなければ、頬の熱りもない。
候補者たちが一人ずつ前に進み出て、自己紹介をする。
皆、頬を赤らめ、上目遣いで皇帝の気を引こうとする。あるいは、才知をアピールしようと声を張り上げる。
皇帝はそれらを、退屈そうに、あるいは煩わしそうに見下ろしているだけだ。
「次、李家の娘、李花」
宦官に名を呼ばれ、李花は進み出た。
所定の位置で跪き、礼をとる。流れるような所作は、前世での厳しい妃教育の賜物だ。無駄に洗練されている。
「面を上げよ」
皇帝の低い声が響く。
李花はゆっくりと顔を上げた。
視線が交差する。
かつて愛し、憎み、殺された男との再会。
しかし、李花の瞳には何の色も浮かんでいなかった。
恐怖も、媚びも、期待も、緊張さえもない。
ただそこに在るだけの、澄み切った水面のような瞳。
(……今日の夕餉は何が出るのかしら。そろそろお腹が空いたわ)
頭の中は、先ほどの月餅の甘さが引いた後の口寂しさでいっぱいだった。
皇帝の整った顔立ちよりも、袖の中のおつまみの温かさの方が、今の李花には重要だった。
数秒の沈黙。
皇帝の眉が、わずかに動いた。
「……ほう」
皇帝は玉座の肘掛けに頬杖をつき、身を乗り出した。
獲物を値踏みするような目つきではない。
理解不能な物体に遭遇した猫のような、警戒と好奇心が混ざった目だ。
「欲のない目だ」
皇帝が呟いた。
その声は小さく、李花には届かなかったが、隣に控えていた宦官は驚いて主君を見た。
これまで何百人もの美女を見てきた皇帝が、特定の個人の印象を口にするなど稀なことだったからだ。
「名は?」
「李花と申します、陛下」
声もまた、平坦だった。鈴を転がすような愛嬌もなければ、湿っぽい情念もない。
ただの事実伝達。
「……下がってよい」
李花は再び優雅に礼をし、何事もなかったかのように列に戻った。
心の中では(よし、終わった。これで目立たずに済んだはず)と安堵していた。
しかし、彼女は気づいていなかった。
人間不信の塊である皇帝にとって、「自分に何も求めてこない人間」こそが、最も異質で、最も気にかかる存在であることを。
袖の中で、おつまみがくつくつと笑う気配がした。




