ー第2節 地位より睡眠、名誉より満腹。李花の揺るがぬ哲学と、皇帝が悟った真のパートナーシップ
第2節 地位より睡眠、名誉より満腹。李花の揺るがぬ哲学と、皇帝が悟った真のパートナーシップ
蒼龍は呆然としていた。
彼が知る限り、権力とは蜜の味がするものだ。誰もがそれを欲しがる。
だが目の前の女は、それを「苦行」だと言い切った。
「李花……お前は、私と共に国を治めることに興味はないのか」
「ありません」
即答だった。
「国を治めるのは陛下の天命です。私の天命は、いかに美味しく旬の筍を煮るか、いかにふかふかの布団で二度寝するか、その一点にあります」
李花は熱弁した。
前世で、彼女は愛と地位を求めて身を焦がした。その結果、得たものは虚しさと死だけだった。
だからこそ、今世では知っている。
幸せとは、遠い空の上にあるのではなく、目の前の茶碗の中にあるのだと。
「高い地位は、高い崖の上に立つのと同じです。景色は良いでしょうが、風は強く、足元は常に不安定。私は平らな地面で、野花を眺めていたいのです」
蒼龍はしばらく黙り込み、そしてふっと息を吐いた。
怒りよりも、脱力感が勝った。
同時に、胸の奥にあったしこりが消えていくのを感じた。
もし李花が皇后になれば、彼女もまた「政治の道具」となり、あの透明な瞳は濁ってしまうかもしれない。
彼女が彼女でいられるのは、権力の外側にいるからこそだ。
「……そうか。お前は、私の隣に立つ気はないか」
「立つのは疲れます。座ってご飯を食べるなら、ご一緒しますけれど」
李花は悪びれもせずに言った。
その言葉に、蒼龍はハッとした。
彼が本当に求めていたのは、玉座を分かち合う相手ではない。
孤独な食事を共にし、政務の疲れを癒やしてくれる、安らぎの相手だったのだ。
「……座って食べる、か」
蒼龍は椅子に座り直し、冷めかけた魚の蒸し物を口に運んだ。
ふわりと広がる出汁の香り。優しい味。
「……これでいいのかもしれん」
彼は呟いた。
形式上の皇后など、誰でもいい。あるいは、空席でもいい。
ただ、この翠微宮という聖域で、李花と共に箸を持つ時間さえあれば。
「では、妥協案だ」
蒼龍はニヤリと笑った。それは、悪巧みをする少年の顔だった。
「皇后の座は免除する。その代わり、お前を『食卓の伴侶』として任命する。私のすべての食事の管理と、晩酌の相手、そして安眠の監視役を務めよ。拒否権はない」
李花は目を丸くした。
それは、実質的に今と変わらない。
いや、公認された分、堂々と高級食材を請求できるということではないか?
「……その役職には、給金は出ますか?」
「国庫の鍵を一つ預けよう。好きな食材を買うがいい」
「お受けします! 謹んで!」
李花は満面の笑みで即答した。
現金なやつだ、と蒼龍は苦笑し、おつまみは『結局、胃袋で釣られたか』と呆れ返った。




