表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/25

ー第5節 崇められる解脱者。望まぬ信仰と、それでも変わらぬ漬物への情熱と平穏な夜

第5節 崇められる解脱者。望まぬ信仰と、それでも変わらぬ漬物への情熱と平穏な夜


 翌日から、翠微宮を取り巻く環境は激変した。

 李花は無実の罪を晴らしただけではない。

 「何もせずして巨悪を滅ぼした、生ける聖女」として、後宮中の崇拝の対象となってしまったのだ。


 庭に出れば、どこからともなく拝む妃たちが現れる。

 「李花様、どうか私の悩みをお聞きください」

 「李花様の爪の垢を煎じて飲ませてください」

 贈り物として、宝石や絹織物が山のように届く。


「……迷惑だわ」


 李花は山積みの貢ぎ物を前に、げんなりと呟いた。

 欲しいのは宝石ではない。新鮮な大根と、静かな時間だ。


『クックック……「現世の解脱者げだつしゃ」様じゃな。お主の放つ「どうでもいい」オーラが、逆に神秘性を高めておる』


 おつまみは、宰相の邪気をたっぷり吸って、一回り大きくなっていた。毛艶もピカピカだ。

 

「笑い事じゃないわ。畑仕事がしにくいじゃない」

「李花様! 大変です! 今度は他国の使節団が、李花様の教えを乞いたいと……!」


 春蘭が血相を変えて飛び込んでくる。

 李花は深いため息をついた。

 私はただ、美味しいものを食べて寝たいだけなのに。なぜこうも、周りが騒がしいのか。


 夜。

 いつものように皇帝・蒼龍がやってきた。

 彼の手には、李花がリクエストした「最高級の茶葉」と、南国の果物「マンゴー」があった。


「……拝まなくていいんですか、陛下?」

「私は神など信じぬ。だが、マンゴーを信じるお前は信じる」


 蒼龍はそう言って、いつもの長椅子に寝転がった。

 彼だけは、李花を「聖女」ではなく、「食い意地の張った変わった女」として扱ってくれる。

 そのことが、今の李花には唯一の救いだった。


「さあ、マンゴーを切りましょう。おつまみ、あなたも食べる?」

『儂は人間の食い物は食わんと言っておろうが』


 月明かりの下、李花は黄色い果実を切り分ける。

 甘い香りが部屋に満ちる。

 外では、李花を讃える詩が詠まれているかもしれない。

 だが、この部屋にあるのは、果実の甘さと、皇帝の寝息と、毛玉のあくびだけ。


 「虚空の賢者」と呼ばれようと、李花の本質は変わらない。

 彼女は一口マンゴーを頬張り、とろけるような甘さに目を細めた。


「……うん、幸せ」


 悟りとは、案外こういう瞬間に宿るものなのかもしれない。

 李花はそう結論づけて、二切れ目を口に運んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ