ー第5節 愛なき関係の心地よさ。対等な「命の同胞」として結ばれた奇妙な絆と、迫りくる波乱の予感
第5節 愛なき関係の心地よさ。対等な「命の同胞」として結ばれた奇妙な絆と、迫りくる波乱の予感
後宮内では、皇帝が特定の側室の元に入り浸っているという噂で持ちきりだった。
「どんな妖術を使ったのか」「夜な夜な何が行われているのか」と、妃たちの憶測は飛び交う。
だが、実態は「おっさんの休息所」である。
李花にとって、皇帝は「権力者」ではなく、「同じ時代を生きる、ちょっと疲れた同胞」だった。
前世では、彼を「神」のように崇め、愛を乞うた。だから苦しかった。
だが今は違う。
彼もまた、腹が減り、眠くなり、愚痴をこぼす人間だと知っている。
だからこそ、対等でいられる。
「ねえ陛下。この国の南の方では、マンゴーという甘い果物が採れるそうですね」
「……献上品リストに入れておこう」
「さすが陛下! 話が分かる!」
李花は拍手喝采した。
愛はいらない。マンゴーがあればいい。
このドライな関係性が、人間不信の皇帝にはたまらなく楽だった。
「愛してほしい」という無言の圧力がない。
「私を見て」という承認欲求がない。
李花が見ているのは、常に「自分の平穏」であり、皇帝はその「平穏な風景」の一部に過ぎないのだ。
しかし、蒼龍の中では、少しずつ変化が起きていた。
最初はただの安眠所だった。
だが、李花の笑顔を見るたび、彼女の作る料理を食べるたび、胸の奥に小さな灯がともるのを感じていた。
それはかつて彼が嫌悪した「重い愛」とは対極にある、陽だまりのような温かさ。
(この女は、私が皇帝でなくなっても、変わらずに瓜をかじり、私に酒を勧めるのだろうか)
ふと、そんなことを考えるようになった。
そして、その答えが「イエス」であることを知っている自分がいた。
一方、おつまみは、最近少し不満げだった。
『ちっ……最近、皇帝の味が薄いのう。幸せそうで何よりじゃが、儂の飯が減る』
「いいじゃない。平和が一番よ」
『まあな。だが李花よ、気をつけろ。光が強くなれば、影もまた濃くなるものじゃ』
おつまみの忠告通り、二人の蜜月(?)を快く思わない影が、後宮の奥深くで蠢き始めていた。
皇帝の心を独占した「何も欲しがらない妃」。
その存在は、今や後宮全体のパワーバランスを崩す脅威となっていたのだ。
だが、当の李花は、明日の献立のことで頭がいっぱいで、そんな不穏な気配には気づいてもいなかった。
「ふふ、マンゴー……楽しみ」
寝言のように呟く李花の横で、皇帝もまた、穏やかな寝息を立てる。
嵐の前の、あまりに穏やかな夜だった。




