ー第2節 政務の疲れと孤独な皇帝。李花が差し出す一杯の酒と、心を解きほぐす無欲な言葉
第2節 政務の疲れと孤独な皇帝。李花が差し出す一杯の酒と、心を解きほぐす無欲な言葉
蒼龍が席に着くと、李花は新しい杯を取り出し、なみなみと酒を注いだ。
琥珀色の液体が月光を反射してきらめく。
「どうぞ。自家製の桂花陳酒です。毒見は私が済ませておりますので、ご安心を」
「……ふん。お前が毒を盛る度胸などないことは分かっている」
蒼龍は杯を手に取り、一気に呷った。
強い甘みと香りが、疲弊した脳に染み渡る。
「……悪くない」
「でしょう? 去年、庭の木犀から花を集めて漬けたんです」
李花は嬉しそうに目を細め、ピーナッツを勧めた。
蒼龍はポリポリと豆を齧りながら、李花をじっと見た。
「お前は、私に何も求めないのだな」
「はい?」
「他の妃たちは、私が訪れれば、宝石をねだるか、実家の官位をねだるか、あるいは寵愛を求めて泣きつくかだ。だがお前は、ただ酒を勧めるだけだ」
蒼龍の声には、深い疲労の色が滲んでいた。
彼は皇帝である前に、一人の人間だ。しかし、誰も彼を人間としては扱わない。
「皇帝」という機能、権力の象徴としてしか見られない孤独。
李花は、自分の杯を揺らしながら答えた。
「だって、私はもう十分に持っていますもの」
「何をだ?」
「美味しいお酒と、静かな夜と、あとで眠るためのふかふかの寝台。これ以上何を望めと言うのです? 欲張りすぎると、お腹を壊しますよ」
李花の言葉は、あまりに単純で、しかし真理を突いていた。
蒼龍は虚を突かれた顔をした。
国を統べる皇帝が、すべてを持っているはずの自分が、この小さな庭で酒を飲む女よりも「貧しい」と感じるとは。
「……陛下は、お疲れなんですよ」
李花は、まるで近所の疲れたおじさんを労うように言った。
「眉間の皺、深くなってます。そんな顔をしていると、美味しいものも不味くなりますよ。悩み事なんて、このお酒と一緒に飲み込んでしまえばいいんです。明日は明日の風が吹きますから」
「……政務は山積みだ。国境の争い、地方の旱魃、派閥争い……飲み込んで消えるなら苦労はない」
「消えはしませんけど、一晩くらい忘れても罰は当たりませんよ。陛下だって人間なんですから、電池切れ……いえ、休息は必要です」
李花はもう一杯、酒を注いだ。
蒼龍はその琥珀色を見つめ、小さく笑った。
「お前といると、私が皇帝であることを忘れそうになる」
「あら、それは光栄です。ここではただの『酒飲み仲間』ということで」
乾杯、と李花が杯を掲げる。
蒼龍もまた、つられて杯を掲げた。
カチン、と小さな音が夜に響く。
その瞬間、蒼龍の肩に乗っていた重圧という名の鎧が、少しだけ外れたような気がした。




