第7話 いなくなった者
「はあ……」
ロダルト様との話し合いが終わってから、マグナード様はずっと浮かない顔をしていた。
心優しき彼からすれば、やはり先程のようなことは避けたいものなのだろう。
「……マグナード様、本当に申し訳ありません。あなたの手を煩わせてしまうことになってしまって」
「ああ、いいえ、お気になさらないでください。何度も言っていると思いますが、あなたは何も悪くないのですから」
「でも、ロダルト様は私の婚約者だった訳で……それはつまり、婚約者を見極められなかったルヴィード子爵家の責任と言いますか……」
「イルリア嬢は、とても責任感が強い人なのですね。ご立派だと思います」
マグナード様は、私からの謝罪を決して受け入れてくれなかった。
あくまでもロダルト様の責任であると、考えているのだろう。こちらとしてはそう思ってもらえるのはありがたいのだけれど、それでいいのかと思ってしまうのが正直な所だ。
とはいえ、よく考えてみると責任を求められるとまずいような気もする。ここは彼の善意に、甘えた方がいいのかもしれない。
「さてと、イルリア嬢はこれからどうされるつもりなのですか? 今後の身の振り方などは、決まっているのでしょうか?」
「それについては、実はまったく決まっていません。まあ、両親と相談してから、決めることになると思いますが……」
「なるほど、まあ当然のことですね」
マグナード様は、私の言葉にゆっくりと頷いてくれた。
正直な所、これからのことはあまり考えたいことという訳でもない。多分大変だろうし、少し億劫である。
とはいえ、目をそらすこともできない。家の発展のためにも、婚約は必要であるだろう。
「まあ、また何か困ったことがあったら頼ってください。今回のようになれば話は別ですが、クラスメイトとして力をお貸ししますよ」
「そう言っていただけると、心強い限りです。マグナード様も、何かあったら相談してくださいね。私で力になれるのかはわかりませんが、できる限りのことはしたいと思います」
「それは僕にとっても心強いですね。以前も話した通り、僕は友人もいませんから、相談できる相手は貴重です」
私の言葉に、マグナード様は笑顔を浮かべてくれた。
彼は、本当に嬉しそうにしている。やはり高い身分であるため、友人は少ないのだろうか。
それなら、これからも仲良くしていきたい所である。色々とあって、私も今は友達が少ない。信頼できる友人がいてくれるなんて、願ってもいないことだ。
◇◇◇
ロダルト様のことに関して、私には少し気になっていることがあった。
それは私と彼、及びマグナード様が同じクラスだということである。
つまり、教室で絶望していた彼と顔を合わせる機会が、確実にあるのだ。それはなんというか、少々気が滅入る。
「おや、おはようございます。イムリア嬢」
「おはようございます、マグナード様」
「昨日は、よく休めましたか?」
「ええ、それなりに」
教室にやって来た私は、まずマグナード様と朝の挨拶を交わした。
彼と私の席は隣同士である。その席順が、今はとてもありがたい。これでなんとか、ロダルト様と顔を合わせる覚悟ができそうだ。
「……ロダルト子爵令息を探しているのですか?」
「あ、ええ、そうです。彼とどんな顔をして同じ教室で過ごせばいいのか、よくわからなくなっていて……」
「まあ、そうでしょうね。気まずいことは確かです」
私の言葉に、マグナード様は同意してくれた。
彼は、とても優しい人である。もしかしたら私以上に、ロダルト様と会うことに億劫になっているかもしれない。
「ただ、こちらも断固とした態度でいるしかないでしょう。こればかりは、仕方ありません。非情になりましょう。僕達は、貴族ですからね」
「そうですね……」
マグナード様は、苦笑いを浮かべていた。
自分で言いながらも、気は進んでいないのだろう。
それでも、既に自体は刃を引き下げられない状況だ。覚悟を決めて、ロダルト様と対面するしかない。
「……それにしても、遅いですね?」
「え?」
「ロダルト子爵令息です。いつもなら彼は既に登校していると思いますが……」
「それはまあ、落ち込んでいるということではありませんか?」
「確かに、その可能性もありますね」
指摘された通り、ロダルト様は割と早く登校してくる方だ。
ただ、昨日の出来事があったのだから、落ち込んで登校できていないと考えるべきだろう。
とはいえ、話している間にもう先生が来る時間になっていた。この時間まで来ないということは、もしかしたら今日はもう登校して来ないのかもしれない。
「もしかしたら、休みということでしょうか?」
「そうかもしれませんね。おや、先生が来ましたね」
私とマグナード様は、少し安心していた。
ロダルト様が休みであるというなら、今日は一日穏やかに過ごせそうだ。
「ええ、皆さん、おはようございます。突然ですが、皆さんにお知らせがあります。今までこの教室で一緒に学んできたロダルト・ラプトルト子爵令息が退学しました」
そこで私とマグナード様は、顔を見合わせることになった。
どうやら、この教室にロダルト様が現れることは二度となくなったらしい。それはとても、驚くべき事実であった。
◇◇◇
念のため確認したが、ロダルト様が自主的に魔法学園を退学したことは間違いないようだ。
彼やラプトルト子爵家がどのような思想を抱いているのかはわからないが、学園から去ることが最良だと判断したのだろう。
それに関しては、最早他家の事情である。私が気にするようなことではない。
そんなことよりも考えなければならないのは、ルヴィード子爵家の今後だ。そんなことを考えながら、私は日々を過ごしている。
ちなみにエムリーについては、今の所大人しくしている。
野心に溢れていたかつての彼女は、もういないのかもしれない。もちろん、情報は逐一入れていくつもりだが、私は割と穏やかな心で生活を送れている。
「それではイルリア嬢、また明日」
「あ、はい。さようなら、マグナード様」
現在、私とマグナード様は挨拶を交わすくらいの仲だ。
隣の席であるため、話はしたりするが、それ以上はない。貴族の男女である以上、あまり親密になることはできないのだ。
しかしそれでも、彼の存在は私の心に安らぎを与えてくれた。エムリーの流した噂もあって友達がいない私にとって、マグナード様は数少ない頼れる人なのである。
「……少しいいでしょうか?」
「え?」
そんな彼が教室から去ってから、私に話しかけてくる人がいた。
その人は、ナルネア・オルガー侯爵令嬢。クラスメイトではあるが、ほとんど話したことがない女性だ。
「ナルネア嬢……私に、何か御用ですか?」
「ええ、少し来て欲しいのです」
ナルネア嬢は、私に笑顔で話しかけている。
だが、その目が笑っていないことはすぐに理解することができた。
なんとなく、嫌な予感がする。いや、これはほぼ確実にそういうことなのかもしれない。
「……わかりました」
立場上、ナルネア嬢からの要求は断りづらい。
私はとりあえず、彼女に従うことにした。
恐らく、これから起こることは私にとって明るいことではない。耐え忍ぶ時間が続きそうだ。
「従順ですね。悪くありません」
「……」
私に対して少し嫌らしい笑みを浮かべるナルネア嬢の顔を見ながら、私は考えていた。一体何が原因で、呼び出されることになったのかを。
正直な所、心当たりがない訳ではなかった。声をかけられるまでは気付いていなかったことだが、私はとあるミスを犯していたのだ。いや、ミスという程のことではないのかもしれないが。
「ふふっ……」
マグナード様と親しくすること、それを私は軽く見過ぎていたのだろう。
ナルネア嬢の笑みに対して、私はそんなことを思うのだった。




