第6話 無茶な糾弾
「君は、このマグナード公爵令息と親密な関係にある。この場に同席させているということが、それを証明している」
「……」
ロダルト様は、自信満々に私に詰め寄ってきた。
しかし、その理論はとても浅はかなものである。例えこの場に彼が同席していたとしても、私の浮気を証明することなどできない。
「ロダルト様、私とマグナード様はただのクラスメイトです。そもそも、仮に私と彼が親密な関係であったとしても、問題はないではありませんか。あなたは私との婚約を破棄しているのですから」
ロダルト様は、自分で私との婚約を破棄している。そんな彼から、私とマグナード様の現状を非難される謂れはない。むしろ、それは私に対して無礼極まりない言葉である。
「ふん、因果関係がわかっていないようだね……」
「なんですって?」
「……以前、少し早く教室に行った時に、仲良く話していたのを見ていた」
そこでロダルト様は、マグナード様が日直をやっていた日のことを指摘してきた。
それには、私も少し驚いてしまう。あれを見られていたとは、思ってもいなかったからだ。
ただ、それが浮気になるという主張には無理があるだろう。教室でクラスメイトと談笑することも、許されないというのだろうか。
「話になりませんね。あの時私は、偶然早起きして学校に行き、日直だったクラスメイトと世間話をしていただけです。それのどこが浮気なのでしょうか?」
「教室とはいえ、二人きりで会っていたのだぞ?」
「誰もが利用する教室で、密会などするはずがないでしょう。早い時間といっても、人が来る可能性なんていくらでもあります」
私は浮気などしていないが、仮にそんなことをするとしても、教室なんて場所は選ばない。
ロダルト様の理論は、はっきりと言ってお粗末である。そんな適当な理論で非難されるのは、非常に不愉快だ。
「偶々早朝に会って話をしていた。そういうことだろう」
「それこそ、因果関係が滅茶苦茶ですね。浮気を前提にしないでください。根拠としていた教室での密会でしょう」
「いいや、僕は抗議する。君とマグナード公爵令息の不貞にな! ラプトルト子爵家として正式に抗議してやる」
ロダルト様は、私に対して少々語気を荒げて言葉を発してきた。
その言葉に、迫力があるという訳ではない。ただ私は、その言葉に黙ることになった。
私は、今まで口出ししていなかったマグナード様の方を見ていた。ロダルト様の言葉に、彼は目を細めている。その少々怖い顔に、私は固まってしまった。
「ロダルト子爵令息、先程の言葉を撤回していただけませんか?」
「……何?」
ロダルト様に対して、マグナード様はゆっくりと口を開いた。
この段階においても、彼はまだ穏やかだ。彼はまだ冷静であるということだろう。
「何を言っている?」
一方で、ロダルト様の方は冷静ではなかった。
私に受け入れられなかったことや、浮気していると思い込んでいることによって、興奮しているということだろう。
「先程の言葉を撤回していただきたいと言っているのです。今すぐに撤回していただけるのなら、なかったことにできますから」
「なんだと?」
マグナード様は、とても慈悲深い人だ。今の言葉で、私はそれを悟った。
彼はロダルト様に、チャンスを与えているのだ。彼の先程の言葉は、ビルドリム公爵家にも喧嘩を売ることになる。それがどういうことか、マグナード様は考えさせているのだ。
しかしそんな彼の気遣いをロダルト様はまったく理解していない。激昂しているためか、状況をまったく理解していないらしい。
「……わかりました。それでは」
「うん?」
そこでマグナード様の目つきが、とても鋭くなった。
その変化に、ロダルト様が少し怯んでいる。マグナード様の迫力に、圧倒されたということだろう。
「それではこちらにも考えがあります」
「なっ……あ、え? いや、それは……」
怯んだことで少し冷静になったのか、ロダルト様の表情が変わっていった。
彼は青ざめている。この段階まできてやっと、ビルドリム公爵家と敵対しているという事実に気付いたのだろう。
「ま、待ってくれ。いや、待っていただきたい。先程の言葉は撤回する」
「ロダルト子爵令息、もう遅いのです。僕は警告しました。それをあなたは聞かなかった」
「言葉の綾というものです。私はあくまで、そちらにいるイルリア嬢のことを非難したかっただけで、あなたを敵に回そうとしている訳ではない」
「イルリア嬢への非難は、全て僕への非難と同等のものであると判断します。彼女と僕の立場は同じですからね」
マグナード様は、淡々と事実を口にしていた。
それに対して、ロダルト様の表情はどんどんと歪んでいく。
「わ、わかりました。こちらはもう何もするつもりはありません」
「そういう問題でもありません。あなたは先程、ビルドリム公爵家を敵にしたのです。今事実としてあるのは、それだけのことです。あなたが牙を向けてくる危険がある以上、こちらも容赦する訳にはいきません」
一瞬悲しそうな顔をしながらも、マグナード様はそう言い切った。
それは彼の覚悟の表れであるような気もする。優しい公爵令息は、牙を向けてきたどうしょうもない子爵令息を、とことん追い詰めるつもりなのだ。
「あぅ……」
静まり返っていた場に、音が響いた。
その鋭い重低音は、確かな痛みを想起させるものだ。
聞こえてきた方向に視線を向けると、ロダルト様が見える。どうやら彼が力なく膝をついているようだ。
その顔には、生気がない。それは当然のことであるだろう。
何せ彼は、公爵家を敵に回したのだ。その絶望は、私にも理解できる。
そんな彼を見下すマグナード様の表情も、明るいとは言い難い。
彼はどちらかというと、悲痛な表情を浮かべており、ロダルト様から目を離している。
本当は、彼を追い詰めたくはないのだろう。しかしそれでも、マグナード様は非情な判断を下した。それは貴族として、立派なことだと思う。
「……結果的に、口出しすることになってしまいましたね」
「ああいえ、その……申し訳ありません。私のせいで、あらぬ疑いをかけられることになってしまって」
「いいえ、それはあなたのせいではありませんよ」
そこでマグナード様は、私の方に視線を向けてきた。
その彼に、先程までの悲痛さはない。既に意識は、切り替わっているようだ。
ちなみに、ロダルト様は動かなくなっている。絶望によって、周囲の会話に耳を傾けることすらできていないようだ。
「あなたが僕との関係によって非難されることがあったら、どうぞ僕を頼ってください。これは僕にとっても問題ですからね。協力は惜しみません」
「ありがとうございます。正直、とても心強いです」
マグナード様の言葉に、私はそのような言葉を返していた。
それは、紛れもない私の本心だ。マグナード様及びビルドリム公爵家から助力してもらえるというのは、何よりも心強い事実だ。
もっとも、それに喜ぶことなどはできなかった。
明らかに気落ちしているマグナード様の前で、そんなことができるはずはない。
「さてと、そろそろ行きましょうか。彼はもう話ができる状態ではありません。とりあえず、一人にしておいてあげた方がいいでしょう。そのくらいの慈悲は、僕にもあります」
「そうですね……そっとしてあげておいた方がいいですよね」
マグナード様は、哀れむような視線をロダルト様に向けていた。
確かに、もうここにいる意味はない。ロダルト様のためにも、この場から離れるのが一番良さそうだ。
ビルドリム公爵家の助力がある以上、最早私がロダルト様に負けることはないだろう。
私は、ロダルト様の方を改めて見る。彼という人間は、色々と間違ってしまった。その代償はとても大きい。これから彼は、自分の短絡的な行動を存分に後悔することになるだろう。




