第5話 元婚約者と
エムリーとの話し合いが終わった後日、私はロダルト様に呼び出されていた。
彼の方にも、当然エムリーの事実は知らされているだろう。その上で、彼とその家であるラプトルト子爵家がどう判断したのかは、未だ不明である。
「イルリア……そちらは?」
「マグナード・ビルドリム公爵令息です。私のクラスメイトで、今回の件に立ち会ってもらうことにしました」
「立ち会う必要など、あるのだろうか。これは君と僕との話し合いだろう」
エムリーと違って、ロダルト様はマグナード様のことを指摘してきた。
当然といえば当然ではあるが、彼は妹と比べて冷静であるらしい。まず、自分が不利になるであろう予想を潰そうとしている。
「ロダルト子爵令息、ご安心ください。僕は基本的には中立の立場ですから」
「中立、ですか?」
「ええ、お二人が冷静に話し合えるようにこの場にいるとお考えください」
「そのようなものは必要ないと、思いますが……」
「必要ないというなら、別に僕がこの場にいても構わないでしょう?」
マグナード様の言葉に、ロダルト様は何も言えなくなっていた。
正論を述べられたことによって、黙るしかなかったということだろう。
とはいえ、ロダルト様の気持ちもわかる。彼からすれば、中立といっても、マグナード様は明らかにこちら側としか思えないからだ。
「あなたは、イルリア側の人間であると思いますが……」
「そもそもの話、複雑な事情を抱える男女が二人きりで話をするという状況は良くないでしょう。これはあなたがそうだと言っている訳ではありませんが、暴力に訴えられでもしたら、女性は一たまりもありませんからね。そういう意味において、イルリア嬢の側に誰がつく方がフェアであると言えませんか?」
「それは……」
ロダルト様は、私が思っていた通りの指摘をした。
しかしそれに対して、マグナード様はすらすらと弁解を述べた。それにまた、ロダルト様は言葉を詰まらせている。
ロダルト様も、一応は紳士だ。女性を慮るマグナード様の理論には、反論し辛いということだろうか。
「もしもあなたが色々と気になるというなら、誓約書を作っても構いませんよ?」
「いえ、それこそ必要がないことです。わかりました。ここにいていただいて結構です」
結局ロダルト様は、マグナード様の同席を認めた。
これに関しては、マグナード様が一枚も二枚も上手だったということだろうか。やはり、流石は公爵令息である。一筋縄ではいかないようだ。
彼を敵に回すべきではないだろう。そう思って私は、苦笑いを浮かべるのだった。
「さて、イルリア嬢、僕は君と話をしたいと思っている」
「ええ、そうですよね……」
ロダルト様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼は当然、私と色々と話したいことがあるだろう。そもそも、そうでなければ私を呼び出していない。
「まず前提として、ロダルト様もエムリーのことは聞いていますよね?」
「ああ、父上から連絡があった。どうやら彼女は、ルヴィード子爵家の血筋ではないようだね?」
「ええ、そうなんです。私も知らなかったのですが……」
「驚くべき事実だ」
ロダルト様は、少し大袈裟に表情を作っていた。
その様に、私は少し驚く。今まで彼が、そんな風に話していたことがなかったからだ。
「どうやら、僕は色々と間違えていたようだ」
「間違い?」
「エムリー嬢は、狡猾な女性だった。僕の同情を誘って、ルヴィード子爵家を手に入れようとしていた。そういうことなのだろう?」
「え……」
私は思わず、変な声を出してしまった。
それ程までに、ロダルト様の言葉の意味がわからなかったからだ。
ただ、私はすぐに思い出した。この場において、私はエムリーの肩を持つ必要があるのだということを。
「……そういう訳ではありません。エムリーにとっても、あなたの提案は疑問を抱くようなものであったかと」
「ほう……」
「私達姉妹は、あなたに振り回されました。そのせいで、ルヴィード子爵家とラプトルト子爵家の婚約は滅茶苦茶です」
事実として、私はロダルト様にかなり振り回されてきた。
それだけで、彼を拒否する理由にはなるだろう。
ただ私は、ルヴィード子爵家として、ロダルト様を拒否する理由を用意しなければならない。これ以上、ラプトルト子爵家に介入されないためにもそれは必要だ。
「……すまなかった」
「え?」
「君との婚約を破棄した件について、謝りたいと思っていたんだ。あれはエムリー嬢に惑わされてしまったんだ。愚かなことをしたと思っているよ」
ロダルト様は、私に対して頭を下げてきた。
それを見て、私は固まってしまう。先程からロダルト様の言動が受け入れられない。
エムリーと婚約すると言い出した時から思っていたことだが、私は彼のことをまったく知らなかったようだ。私は彼のことを買い被っていたということなのだろう。
「はっきりと言っておきます。あなたを許すつもりは私にはありません。あなたの行いは、滅茶苦茶です」
「……くっ」
私の言葉に、ロダルト様はその表情を歪めていた。
当然のことではあるが、謝れた所で彼を許すことはできない。それだけ大きなことを、彼はしたのだ。
「大体、不憫な妹が可哀想だからと婚約破棄するなんて、どういうことなんですか? 私のことは可哀想だとは思っていただけなかったのでしょうか?」
「そ、それは……」
私は、ロダルト様を責める言葉を口にしていた。
元々、彼のややこしい行いがことの発端だ。一体あの時の彼は、何を思っていたのだろうか。それは正直、今でもまったくわからない。
「ぼ、僕は紳士としてエムリー嬢のことを救おうと……」
「その結果、私を貶めることを許容して、ですか?」
「それは成り行きだ。仕方ないことだろう」
「仕方ないなんて言葉で、済まさないでください。あの時私が、どれだけ焦ったことか……」
ロダルト様への文句は、一度口にし始めると止まらなかった。
私の中には、私が思っていた以上にロダルト様への反発があったらしい。
しかしこれに関しては、仕方ないことだ。私は本当に、彼に振り回されたのだから。
「それに私は、あなたの今の言動も気に入りません。あなたが、エムリーへの愛を貫く気概でもあったなら、少しは見直せましたが……」
「な、何?」
「結局の所、あなたはルヴィード子爵家を手に入れることに固執している。あなたは優しさでエムリーに手を差し伸べた訳ではない。それについても、失望しています」
ロダルト様のことを、私は純粋で優しい人であると思っていた。
乱心しているとしか思えなかったエムリーへの救いも、その優しさによるものだったとしたら、まだ彼に対する尊敬の念が少しは残っていただろう。
だが、ロダルト様はこうして私に取り入っている。それはなんとも醜い人間の欲望が、隠されているような気がした。
「い、言わせておけば……それを言うなら、僕も君には言いたいことがある」
「……なんですか?」
そこでロダルト様は、私に対して怒ったような表情を向けてきた。
やはり今までの態度は、演技だったという訳だろうか。もしかしたらやっと、彼の本音を聞くことができるのかもしれない。
「君が僕を裏切っていたことを、僕が知らないとでも思っていたのか?」
「裏切った? なんのことです?」
「そこにいる男のことだ。君はそいつと浮気していたのだろう」
「……何を言っているんですか?」
ロダルト様の主張は、訳がわからないものだった。
彼の指差した先には、マグナード様がいる。しかし当然、私は彼と浮気してなどいない。
ロダルト様が何か勘違いしているということだろうか。ただ、どうして勘違いしているのかがわからない。私は少し混乱するのだった。




