番外編③ これからのために
一度評価を落としてから人に認められるということは、なんとも難しいことである。
クラスの学級委員長となってから、私はそれを実感していた。
私はそれなりに真っ当に務めているはずだが、まだ悪評はそれ程覆せていないような気がする。クラスメイトの私を見る目は、とても厳しかった。
「それはまあ、仕方ないことではあるとは思っていますけれど、それでも少し心が折れそうになってしまいますね……」
「……このクラスでは、色々とあり過ぎましたからね。その渦中にいたイルリア嬢を認めるということは、そう簡単なことではないのかもしれません。とはいえ、イルリア嬢を見る目は変わっていると思いますよ?」
「そうですか?」
「ええ、少なくとも何人かは以前とは違う視線をあなたに向けています」
朝の教室にて、私はマグナード様の言葉に驚くことになった。
彼の言うような視線の変化があったなんて、思ってもいなかったことだ。これでもクラスメイトのことは以前よりも気にしていたというのに。
「私はまだまだ、クラスのことを見られていないということですかね……」
「ああいや、そういうことではなく……こういったことは、本人ではわからないものなのですよ。あなたが気にかけている時に、わざわざ嫌な視線を向ける人なんてそういないのですから」
「ああ、なるほど、それは確かにそうかもしれませんね……」
マグナード様の理論に納得しながらも、私は少し冷や汗を流していた。
それはつまり、私の知らない所で誰かが嫌な視線を向けていたということだからだ。
しかしそのようなことで、一々落ち込んでいても仕方はない。今はとにかく、前に進むことを意識するべきだろう。
「まあ、ガルクス様のように見直したと直々に言う人なんて少ないでしょうからね」
「……彼の場合は特別ですよ。なんというか、裏表がない人ですからね」
「そうですね……手厳しいことも言われてしまいました」
クラスメイトの中でわかりやすく、そして明確に私との接し方が変わったのはガルクス様だ。
彼は自分の後任である私のことを気にかけてくれている。それはなんともありがたいことだ。
ただ問題は、私とマグナード様の関係である。それはガルクス様にとっては、あまり快く思えないことであるらしい。
「あのようなことは、気にする必要はないことです」
「そうですよね……わかっています。でも、ガルクス様の言うことももっともで、私はマグナード様に相応しくないと――」
「イルリア嬢、そういったことを言わないでいただきたい。それはもう、決着がついた話であるはずでしょう?」
マグナード様の語気が、少し荒くなっていた。
それは自分を卑下する私に対して、幾分かの怒りを覚えているからなのだろう。
その言葉を嬉しく思いつつも、私は少し反省した。
確かに今のは、良くないことだった。私達の関係は、もうお互いの家に認められていることでもあるのだし、何よりお互いの気持ちも確かめ合ったのだから。
「……すみません。なんというか、少し弱気になってしまいました」
「いえ、気持ちはわかります。ですがイルリア嬢は、もう少しご自分に自信を持った方がいいかもしれません。あなたは可憐で素敵な女性なのですから」
「そ、そう言っていただけるのは嬉しいですね。ただそれを言うなら、マグナード様こそ凛々しく素敵な方で……あ、えっと、その……」
「……」
私とマグナード様は、お互いの言葉に顔を赤くすることになった。
私達は一体、何を言い合っているのだろうか。なんというか、会話の雰囲気が良くない。いや良いとも思えるものなのだが、少なくとも教室で話すようなことではないだろう。
「……早く事実を公表したいものですね」
「……そうですかね? 私としてはそこまで公表してもらいたいことという訳ではありません。今の状態だと、また色々と言われてしまいそうですから」
「なるほど、あなたの気持ちを考えていませんでしたね。すみませんでした」
「いえ……でも、マグナード様側に早く公表されることで利益はあるものなのでしょうか?」
「ガルクス侯爵令息など、心配なことは多くありますから……まあ、それこそ僕が気にし過ぎていることですから、今の下らない言葉でした」
マグナード様は、なんだか苦い顔をしていた。
それはつまり、ガルクス様に私がなびくというようなことだろうか。それは確かに、なんとも下らない考えである。そんなことはあり得ないことなのだから。
しかし彼の気持ちは、私にもよくわかる。そういったことは、むしろ私の方が心配するべきなのかもしれない。
いやもちろん、マグナード様のことは信じている。ただ相手が高位の貴族だったりしたら、権力などによって私達の婚約は覆るかもしれない。
そういった意味では、早くに公表される方が良いのだろうか。一度公表されてしまえば、その縁談が破談になることなどそうないだろうし。
「……確かに早くに公表された方が良いかもしれません」
「イルリア嬢? 先程と言っていることが……えっと、それはつまり……」
「と、とにかくこの話はやめにしましょうか。誰かに聞かれたまずいことですし……ほら、教室にも人が来始めています」
「そうですね……気持ちはともかく、漏れていいことではありません」
私とマグナード様は、少し照れながら苦笑いを浮かべていた。
なんというか、それは幸せな時間だった。悩みなんて忘れてしまうくらいには。
だからきっと、私はこれからも前に進んでいけるのだろう。マグナード様が一緒なら大丈夫だと、私は改めて思うのだった。




