番外編② 激励の言葉
「ガルクス様……どうかされたのですか?」
「いや、君に激励の言葉をかけたいと思ってね」
「激励の言葉、ですか?」
私とマグナード様の傍にやって来たガルクス様は、笑みを浮かべていた。
その豪快ともいえる笑みに、私は少し面食らってしまう。元々ガルクス様とはそこまで話したことはなく、何故急に激励の言葉などかけに来たのか、あまり理解が追い付かない。
「私は前期で学級委員長を務めていた。つまりは君の前任者ということだ」
「あ、はい。そうですね……ガルクス様は、立派にクラスを取りまとめていたと思います」
「ふむ、そう言ってもらえたならば何よりだ。しかしだ、私は正直な所このクラスに対して少し失望している。先程のその大義ある役職を決める際に、君しか手を挙げなかったのだからな」
ガルクス様は、少し表情を曇らせていた。
彼とは話したことはないが、その評判についてはよく耳にしている。ガルクス様はなんというか、貴族としての意識が強い人なのだ。
そんな彼にとって、このクラスの消極的な姿勢は看過できないものだったらしい。皆それぞれ、色々と事情があった訳だが、ガルクス様にとってはそういったことは些細なことなのだろう。
「まったく持って、由々しき事態だ。貴族とは積極性を持って、人々を導いていかなければならない立場にある。だというのに、あのような沈黙が貫かれたことに、私はひどく動揺したものだ。自分が手を挙げられない立場にあるということを悩ましく思ったものだよ」
「前期で務めていた方は対象外ですからね……」
「ああ、しかしその中で、君は沈黙を突き破って堂々と手を挙げた。それはなんとも、立派なものだった」
ガルクス様は、私のことを評価してくれているようだった。その賞賛の言葉に、偽りなどはないような気がする。
今までクラスメイトとして過ごしてある程度わかっていることではあるが、彼は素直な人だ。少なくとも、こういった時に取り繕うなどということをする人ではないだろう。
「ありがとうございます」
「手の挙げ方からして、事前に決めていたことなのだろう? 私にはわかる。自身より上の地位にある者が手を挙げることを待っていたといった所だろうか? 角が立つことを避ける気持ちは私にも理解できるとも」
「えっと、そんな所です。でも、他の皆さんも様子を伺っていたのではありませんか? 私が手を挙げて驚いていたようですし……」
「私からはそうは見えなかったな。ふむ、それも一つの助言になるか。クラスメイトのことはよく見ておくといい」
前期でクラスをまとめていただけあって、ガルクス様は周囲のことをよく見ていた。
そういった所は、確かに見習わなければならないことである。これからは私も、周囲に気を配っておこう。自分のこと以外も、気にかけていかなければならない。
「しかし私は、君のことを勘違いしていたようだ……色々と噂を聞いていたが、そういったことは嘘偽りだったということだな?」
「え? えっと、それは……」
「私としたことが、根も葉もない噂に惑わされるとはなんということだ。そういった意味で、私は君のことを見られていなかったようだな。すまなかった」
「いえ、お気になさらず……」
ガルクス様は、本当に申し訳なさそうに言葉を発していた。
彼は本心から反省しているということだろう。別に彼に何か非があるという訳でもないのに。
悪い噂が流れれば、それに影響を受けるのは当然のことだ。私だってこれまで、様々な噂を鵜呑みにしてきたものである。
結局の所、悪評を覆す力もなかった私が悪かったということなのだろう。
考えてみれば、私はエムリーに噂を流されてから半ば諦めかけていた。きっとそれが良くなかったのだ。ガルクス様のように、見直してくれる人なんていくらでもいただろうに。
「そういった悪評を覆せるように、これから頑張っていきたいと思っています」
「そういうことなら、私も微力ながら力になるとしよう。何かわからないことがあるならば、私に聞くといい。大抵のことは教えられる」
「とても頼もしい言葉です、ガルクス様」
ガルクス様の言葉に、私はゆっくりと頷いた。
彼がそう言ってくれることは、本当にとても嬉しいことだった。味方になってくれる人が増えたということは、今後の励みにもなる。
学級の委員長になった成果が、既に一つ出た。こうやった一人ずつ見方を増やしていけば、良いのだろう。なんだか前に進むためのやる気というものがより出てきた。
「……さて、それで先程からマグナード公爵令息は、どうして私に鋭い視線を向けているのですかな?」
「え?」
そこでガルクス様は、私とは別の方向を向いた。
その視線の先には、マグナード様がいる。彼はガルクス様の言葉に、はっとしていた。その指摘が、意外なものだったということだろうか。
しかしそれに関しては、私にはわからないことだった。マグナード様がガルクス様に向けている視線など、まったく気にしていなかったからだ。
「ガルクス侯爵令息、僕は別に……」
「……意外ですね。あなたはいつも冷静な方だと思っていた。しかし今は、随分と動揺しているように見えます」
「そうでしょうか?」
「あなたはイルリア嬢と随分と親しくしていると認識しています。しかし、まさか……」
私とマグナード様の婚約は、まだ正式に発表されたという訳ではない。色々と準備することがあるからだ。
もちろん、社交界では既に噂などにはなっているかもしれない。だが、それは学園の外での話だ。流石にガルクス様には届いていないようである。
ただ彼は、今の反応から何かを察したのかもしれない。マグナード様の視線は、そんなにも露骨なものだったのだろうか。
それは私にとって、少し嬉しいことだった。しかし喜んでいる場合ではない。ここはなんとか誤魔化さなければ。婚約のことは、まだ学園に流れていいものではないだろうし。
「……マグナード公爵令息、あなたは苦境にあったイルリア嬢を助けた。そのことについて、私は立派なことだと思っています。しかし、個人の感情がそこに含まれているというならば、褒められたものかは怪しい所ですな」
「いえ、それは……」
「もちろん、学園はそういった場所という側面もありますが……あなたには公爵家の令息としての大義があるはずです。そう、今回手を挙げなかったことについても、私は思う所があります。あなたにはもう少し、前に立ってもらいた所です」
「……ええ、もちろん僕もそのことについては、善処したいと思っています」
ガルクス様は、マグナード様の目を真っ直ぐに見ていた。
侯爵家の嫡子と公爵家の次男、それはこのクラスにおいて高い地位にある。だからだろうか、ガルクス様は色々と思う所があるようだ。
とはいえ、婚約がばれるなどという心配は必要なさそうである。ガルクス様はまだ、個人の感情ということにしか思い至っていない。
それも別に間違ったことという訳ではないのだが、どの道彼はその感情を快く思ってはいないようだ。それはやはり、私ではマグナード様に相応しくない、ということなのだろう。
貴族として真っ直ぐなガルクス様からしてみれば、そうなのだ。公爵家の令息と子爵家の令嬢では地位が見合っていない。彼は暗にそう言っているようだった。




