第3話 クラスメイトとして
ロダルト様とエムリーとの話が終わってから、私は教室に戻って来ていた。
寮の自室に帰っても良かったのだが、行き先がエムリーと被っているため、鉢合わせを避けるためにも、こちらに戻ってくることにしたのだ。
幸か不幸か、教室には誰もいない。放課後であるため当然といえば当然なのだが、皆寮に帰ったりしているようだ。
「まったく、どうしてこんなことをになってしまったのだか……」
私は、自分の席に座ってゆっくりとため息をついた。
結局の所、私は動き出すのが遅かったということなのだろうか。エムリーの後手になってしまったというのは、私の落ち度としか言いようがない。
ただ彼女の口振りから考えると、ロダルト様は自らの意思でエムリーと婚約することを決めたということになる。
その場合は、私が何をしたとしても無駄だったのかもしれない。事実としてエムリーはある程度理不尽に婚約破棄された訳だし、遅かれ早かれこうなっていた気がする。
「ロダルト様は優しく気遣いができる人ではあったけれど……」
そこで私は、ロダルト様という人間の性質を思い出していた。
基本的には誠実な彼は、影響を受けやすい側面がある。今回はその側面が、私にとって望ましくない方向に働いたといえるだろう。
私はもっと、ロダルト様を懐柔しておかなければならなかったのかもしれない。
彼という人間を信じすぎていたのだ。もちろん気が進むことではなかったが、もっと彼を私に縛り付ける方策をとるべきだったのだろう。
「……浮かない顔をしていますね?」
「……え?」
色々と考えて項垂れていた私は、かけられた声に驚いた。
聞こえてきた方向を向いてみると、そこにはマグナード様がいた。彼はこちらを心配そうな顔をして、見てくれている。
「マグナード様……どうしてこちらに?」
「間抜けながら忘れ物をしてしまいましてね……しかし、それに関してはこちらも同じ疑問を抱いています。イルリア嬢は、どうしてこちらに?」
「それはその……色々とありまして」
マグナード様からの質問に、私は曖昧な答えしか返すことができなかった。
彼にルヴィード子爵家の事情を伝えるべきではないと判断したからだ。
そんな私に対して、彼は目を細めている。何かを思案しているといった感じだ。
「少し失礼します」
「あっ……」
それから彼は、ゆっくりと私に近づいて来て、隣の席に座った。
明らかに、話を聞く体勢を作っている。どうやら私の事情に、踏み込んでくるつもりのようだ。
「イルリア嬢とは親しくしていた訳ではありませんが、これでも僕達はクラスメイトである訳です。何か悩みがあるなら、打ち明けていただけませんか?」
「……申し訳ありませんが、とても個人的なことですから」
マグナード様の言葉に、私は冷たい言葉を返すことしかできなかった。
ルヴィード子爵家の事情に、公爵令息である彼が介入してくるのは困る。それは私にとって、避けなければならないことだ。
「なるほど……恐れていたことが起こってしまったという訳ですか」
「それは……」
そこでマグナード様は、今朝に指摘したことを持ち出してきた。
正確には少し違う訳ではあるが、今朝の話が影響していない訳ではない。
そう考えると、今の私の対応は不適切といえるだろう。助言してもらった彼に対して、何も伝えないのは不義理に思えてきた。
「……そうですね。申し訳ありません。マグナード様には忠告までしてもらったというのに」
「いいえお気になさらず。僕も干渉し過ぎている自覚はありますから」
私の謝罪に対して、マグナード様は笑顔を返してくれた。
その反応に、私は安心する。彼を怒らせると、大変なことになりかねないからだ。
「ただ勘違いしないでいただきたいのは、僕はルヴィード子爵家に公爵令息として介入したい訳ではないのです。ただ単に、クラスメイトとして相談に乗りたいというだけです」
「マグナード様……」
「地位に関わらず平等であるというのが、この魔法学園です。まあ、それが守られているかは微妙な所ですが」
マグナード様は、苦笑いを浮かべていた。
彼は嘆いているのだろう。平等が成立していない学園の生活を。
しかしそれは仕方ないことだ。身分や地位といった明確な差がある以上、平等なんて成立する訳がない。
ただ、マグナード様のように高い地位を持っている人が歩み寄ってくれるというのは、ありがたいことだといえるだろう。
彼が高慢な人間であったなら、クラスの雰囲気なども、もっと悪くなっていたはずである。
「とにかく僕が言いたいのは、ここにいる限りあなたと僕はクラスメイトでしかないということです。もっとも、クラスメイトに話すことではないのかもしれませんから、その前提の上であなたが話したくないというなら、それでいいのですが」
「……わかりました。そういうことなら、話させてください。私も、誰かに聞いてもらいたいという気持ちはありましたから」
私は、マグナード様の提案を受け入れることにした。
一人で抱え込んでいるのがよくないことは、明白だったからだ。とりあえず誰かに聞いてもらって、少しでも心を軽くするとしよう。
◇◇◇
『なるほど、中々に大変なことになっているようですね』
私の話を聞き終えたマグナード様は、そのような言葉を返してきた。
それはとても、単純な返答である。まあ話を聞いてすぐに言えるのは、そんなものだろう。
それからマグナード様は、考えるような仕草をした。私に対するアドバイスを考えてくれていたのだろう。
『……まずはご両親に相談することから始めるべきでしょうね』
『両親は、この婚約の変更に関して、反対するとは思えませんが……』
『どのようなことになるとしても、連絡はした方がいいでしょう?』
『まあ、それはそうですね』
マグナード様は、まずとても初歩的な考えを述べてくれた。
彼の言う通り、どうなるにしても両親への連絡は必須だ。例えエムリーが連絡するとしても、それは変わらない。
『考えるべきは、それからになるでしょうか。そして抗議するべき所は抗議するべきです。重要なのは、ルヴィード子爵家をエムリー嬢に明け渡さないことですから』
『ロダルト様が家を継ぐという前提を覆すことはできるのでしょうか……』
『相手の家が反発するかもしれないと考えている訳ですか。しかしですね、ロダルト子爵令息の行動は普通に失礼です。彼から提案したということは、彼の非を追及することができる』
『なるほど、言われてみればそうですよね……』
マグナード様の助言によって、私は今回の件における重要なことに思い至った。
エムリーの策略が同情を煽っただけというなら、この件の責任は全てロダルト様に被せることができる。
私もエムリーも彼の蛮行に振り回された。そういうことになれば、今の状況を覆すことは充分可能であるだろう。
『ありがとうございます、マグナード様。お陰で活路が見出せた気がします』
『いえ、僕の助言なんて大したものではありませんよ』
マグナード様は、本当に私のクラスメイトとして話に応じてくれた。
ルヴィード子爵家を公爵家の立場で利用しようとしている。そう考えてしまったことが申し訳なくなるくらい、彼の助言はありがたかった。
「まあ、両親がどう判断するかは、わからないけれど……」
私は、両親から届いてきた手紙の封を開けながら、そんなことを呟いていた。
マグナード様の助言通り両親に連絡を取って、その返信が来たのである。
それを読むのには、少々勇気が必要だった。その手紙によって、私の運命は左右されるからだ。
「……え?」
そして手紙を開いた私は、ひどく動揺することになった。
手紙に書かれている事柄が、信じられないことであったからだ。
ただそれは、私にとって悪い情報という訳ではない。むしろこれは、有益な情報である。
どうやら風向きは、こちらに向いているようだ。そう思って、私は少しだけ笑みを浮かべるのだった。




