第28話 剣を交えて
公爵家の庭先にて、二人の男性が対峙している。
二人の間に流れる空気は、とても鋭い。それは当たり前のことだ。木でできた剣とはいえ、二人はこれから剣を扱うのだから。
「……こうやってお前と二人で剣を振るうのは、随分と久し振りのことだな」
「ええ、いつ振りでしょうか。鍛錬は欠かしていないつもりですが……」
マグナード様は、緊張した面持ちで剣を構えた。それに対して、ベルダー様も構えを取る。
当然のことながら、剣術の心得はあるのだろう。その構えには、迷いがない。
「行きます」
「そんなことを言う必要はない。遠慮せずにかかってこい」
「それなら、遠慮なく」
マグナード様は、ベルダー様との距離を一気に詰めていた。
彼は、そのまま木の剣を振るう。正面から叩くつもりであるようだ。
ベルダー様は、その剣をしっかりと受け止める。当然のことながら、単純な攻撃を防御するのは簡単だったようだ。
「む……」
だが、ベルダー様は驚いたような表情をしていた。
しっかりと受け止めているが、それでもその剣が重たいということなのだろう。彼の体が、少し後退している。
「これ程まで力強いとは……鍛え直しといった所か。いや、それよりももっと心の問題ということか」
「僕も驚いていますよ。心の持ち方一つで、ここまで変わるとは思っていませんでした。今の僕には、守りたいものがある。それだけで強くなれる」
「ぬうっ……」
ベルダー様は、マグナード様から距離を取った。
剣を交えるまでは余裕そうな態度だった彼が、今は汗をかいている。マグナード様の力が予想以上だったということだろう。
それはある種の油断といえるかもしれない。その油断をマグナード様は見逃さなかった。彼は素早く、ベルダー様との距離を詰めていく。
「逃がしませんよ!」
「くっ……」
マグナード様は、再度その剣を振るった。
ベルダー様は、強引な体勢でそれを受け止める。その表情は、中々に苦しそうだ。
状況としては、マグナード様が押しているように見える。
「成長したな……見事だ、マグナード。兄として、お前のその成長を誇りに思う」
「うっ……!」
しかしその優勢は、いとも容易く打ち破られた。
マグナード様の体が、吹き飛ばされたのだ。それはベルダー様が剣を振るった結果だ。彼はマグナード様を押し返したのだ。
どうやらベルダー様は、本気を出していたという訳ではなかったらしい。
ただ、それでもマグナード様の力は予想以上だったのだろう。ベルダー様は、とても晴れやかな顔をしている。
「マグナード、大丈夫か?」
「え、ええ……やはり、兄上の剣は力強いですね」
「いや、お前も大したものだった。心身ともに、成長したようだな」
吹き飛ばされたマグナード様は、地面に倒れていた。
別にそれで決着がついたという訳ではないだろう。ただ、二人はこれ以上戦う気はないようだ。
ベルダー様は、ゆっくりとマグナード様の傍まで行き、手を伸ばした。それをマグナード様は、固く握りしめ、そのまま立ち上がる。
「僕も、不思議な気分です。学園で生活していましたから、以前よりも鍛錬する時間はなかったというのに、何故か力が沸き上がってきました」
「それだけイルリア嬢の存在が、お前の力になったということだろう。守るものを得て、お前は一皮むけた。それを俺は嬉しく思っている」
「それでも、兄上には敵いませんでしたがね……」
マグナード様は、少し悔しそうな顔をしていた。やはり、ベルダー様に敵わなかったことは、心残りなのだろう。
一方で、ベルダー様はとても晴れやかな顔をしている。そういう顔をしているということは、マグナード様に試練を課すのはこれで終わりということなのだろう。
「すまなかったな」
「なんですか? 唐突に」
「婚約に反対したことに関して、謝罪しなければならない。実の所俺は……」
「まあ、そんなことではないかと思っていましたが……」
「む……」
マグナード様の言葉に、ベルダー様は面食らったような表情をした。
多分、私も同じような表情をしていることだろう。まさか、マグナード様がベルダー様の真意を見抜いているなんて、思っていなかったからだ。
「わかっていたのか?」
「確信があったという訳ではありません。なんとなくそうなのかもしれないと、思っていただけです」
「そうだったのか……なるほど、悟られていたとなると、少々恥ずかしいものだな」
「僕が兄上からかけられた圧を考えたら、その程度の恥ずかしさは許容してもらいたいものですね……」
「……すまなかった」
マグナード様は、安心したようにため息をついていた。
ベルダー様のことは、やはり怖かったのだろう。私は、そんな彼にゆっくりと近づいていく。
「……え?」
そのまま私は、マグナード様に後ろから抱き着いた。なんとなくそうしたい気分だったのだ。
マグナード様は、それに驚いたような反応をした。それは当然だ。いきなり抱き着かれて、驚かない訳がない。
しかしそれでも、彼は私のことを受け入れてくれた。少なくとも振り払ったりするつもりは、ないようだ。
「イルリア嬢、どうされたのですか? 急に……」
「いえ、マグナード様が頑張っていたなぁと思ったら、こうしたくなってしまって……」
「そうですか……」
マグナード様は、後ろから私に抱き着かれた状態で固まっていた。
考えてみれば、こうして直接触れ合うのは初めてのことである。ベルダー様が反対しているということもあって、そういったことはお互いに避けていたのだ。
しかし、今はもうそれを気にする必要はない。それはとても喜ばしいことだ。そう思って、私は少し抱きしめる力を強める。
「えっと、イルリア嬢は今回のことをどこまで把握していたのですか?」
「二人きりで話した時に、教えていただきました。だから、すみません」
「それはイルリア嬢が謝ることではありませんよ。全ては兄上のせいなのですから」
マグナード様の言葉に、ベルダー様は苦笑いを浮かべていた。
いつも紳士的なマグナード様もお兄様に対しては、どこか辛辣だ。それはきっと、信頼の裏返しなのだろう。思えば、ブライト殿下に対しても、同じような感じである訳だし。
「しかし、これでとりあえず一件落着です。まあ、正式に婚約を発表したら、それはそれで色々とありそうではありますが……」
「その辺りのことは、気にする必要などない。ルヴィード子爵家も含めて、俺や父上が対応する」
「それは僕の役目なのではありませんか?」
「これはビルドリム公爵家の決定だ。お前だけの意思で決まったことではない」
ベルダー様は、真剣な顔でそう言った。その表情には、次期公爵としての威厳がある。
私はそっとマグナード様を解放して、ベルダー様の方を向く。彼の話を、きちんとした姿勢で聞くべきだと思ったからだ。
「もちろん、必要があればルヴィード子爵にも協力を要請する。その辺りに関しては、大人の役目だ。魔法学園を卒業するまでの間は、お前に頼ろうとは思わない。そもそも、お前にはもっと大事な役目がある」
「それは……」
ベルダー様の言葉に、マグナード様の視線がこちらを向いた。
それを見て、ベルダー様は笑う。弟が自分の言葉の意図に気付いたことに、喜んでいるようだ。
「……わかりました。僕はイルリア嬢を守ります」
「ああ、今はそれでいい。お前が魔法学園を卒業してイルリア嬢と結婚し、ルヴィード子爵家を背負うことになるまで、俺はお前を守り抜く。だからお前は、お前が最も大切に思うものを守り抜け」
とても穏やかな笑顔を浮かべた後、ベルダー様は私達に背を向けた。
色々とあったが、これで彼からの試練は終わりということなのだろう。それを悟って、私は胸を撫で下ろすのだった。




