第27話 兄からの指摘
私は、マグナード様と並んでベルダー様と対面していた。
ベルダー様は、真剣な顔をしている。その顔は、少し怖い。私と話していた時は、かなり気を抜いていたのだということが、その表情からわかる。
「さて、マグナード、お前に一つ聞いておかなければならない。そちらにいるイルリア嬢は、子爵家の令嬢だ。一方で、お前は公爵家の令息、同じ貴族ではあっても、そこには地位の差というものが存在している。それは、理解しているか?」
「もちろんです」
「それならば、この婚約がビルドリム公爵家に対してそれ程利益をもたらすものではないということも、わかっているのか?」
「利益、ですか……」
ベルダー様の言葉に、マグナード様は少し表情を歪めた。
利益があるかないか、そういった面の話をされるのは、不愉快であるのだろう。
とはいえ、ベルダー様の論はもっともだ。貴族の婚約であるのだから、その問題は避けて通ることができないだろう。
「子爵家との繋がりも、ビルドリム公爵家に対しては利益をもたらすと思いますが……」
「伯爵家や侯爵家などの婚約と比べると、もたらす利益は違うと思うが?」
「力があるからといって、利益が大きいとも限りません。力があると増長します。そういう意味では、制御しやすい地位の方が良い面もあるかと思いますが……」
マグナード様は、私の方を何度か見ながら話をしていた。
実質的に、私の家を取り込むというような話をしているので、それは当然であるだろう。
もちろん、私はマグナード様のことを信頼しているため、そんなことがないということはわかっている。彼もきっと、そんな私の考えをわかっているだろう。
しかし、それでも気が気ではないはずだ。私だって、嘘でもマグナード様のことを貶めたりするのは、気が引ける。
「油断して手を噛まれると考えている時点で、未熟だとしか言いようがない。公爵家を継ぐのは俺であるが、それでもお前が誇り高きビルドリム公爵家の一員であることは変わらない。軟弱なことを言うな」
「兄上……」
「お前は、覚悟してここに来たのではないのか。あまり俺を失望させるな。マグナード、お前が半端者であるというなら、イルリア嬢にも迷惑をかける。それを理解しろ」
ベルダー様は、マグナード様に対して鋭い視線を向けた。
きっとこれは、彼の優しさなのだろう。事前に話を聞いた私は、そう思っていた。
ベルダー様は、覚悟を試しているのだ。しかしマグナード様なら、きっとそれに応えられるはずである。
「兄上、僕は覚悟してここに来ています。僕をあまり見くびらないでいただきたい」
「ほう……」
マグナード様は、兄であるベルダー様に対して鋭い視線を向けていた。
その気迫は、ベルダー様にも引けを取らない。先程まで押されていた彼とは、大違いだ。
「なるほど、やっといい目をするようになってきた。それだけ、イルリア嬢の名前を出したことが効いたということか……」
「それは……」
「おっと、そういえばお前にまだ聞いていなかったな。そこにいるイルリア嬢のどこに、お前は惹かれたのだ? 純粋に興味がある」
そこでベルダー様は、私にしたのと同じような質問をした。
ただ、その質問は私にしたものとは少し異なっているような気がする。
口では純粋な興味だと言っているが、恐らくはそうではないだろう。きっとその質問にも、マグナード様の覚悟を試す何かがあるはずだ。
「……イルリア嬢は、とても真っ直ぐな女性です。様々な困難の中でも、強く生きる彼女の生き様に、僕は惹かれているのです」
「ほう、イルリア嬢は強い女性であるということか。それについては、否定しようとは思わない。お前が関わった事件は俺も知っている。その中でも彼女は、強かに生きてきた。それは俺でもわかることだ」
マグナード様からの賞賛の言葉に、私は嬉しさを覚えていた。ベルダー様も乗ってくれているし、正直気分がいい。
ただ、今私が喜ぶ訳にはいかないので、成り行きを見守ることにする。二人の兄弟が、目を合わせて真剣に話し合っているのだ。邪魔をするつもりはない。
「そのイルリア嬢に、お前は見合っているのか? 俺はそれについて、疑問を抱いている」
「それは……」
「お前は冷静に見て、短絡的な部分がある。それをお前は、抑えることができるのか?」
「……」
ベルダー様が指摘したのは、マグナード様の負の面についてであった。
それについては、本人も自覚していたことである。痛い面を突かれたということだろうか。マグナード様は俯いている。
そんな彼を見て、私は自らの考えを一瞬で覆した。
喜んだりして、ベルダー様の作戦に水を差すことはしない。だがよく考えてみれば、これはマグナード様だけの問題ではないのだ。私も関係しているのだから、その関係している分だけ、口を出す権利はある。
「ベルダー様、それは違います」
「イルリア嬢……?」
「む……」
私は、ゆっくりと声を出した。
すると、二人の視線がこちらに向く。ベルダー様も含めて、私が口を出すことは、予想していなかったようだ。
「ベルダー様は、マグナード様が短絡的な所があると言いました。しかし、それは違います。確かにかつてはそうだったのかもしれませんが、今は変わっているのです」
「……」
私の言葉に、ベルダー様は面食らったような表情をしている。
事前に話を通した私が、まさか口を出すなんて思っていなかったのだろう。
しかし、ここで私が口を出すことは何もおかしいことではない。マグナード様のことを支えるのが私の役目だ。むしろ、何も言わない方が駄目なくらいかもしれない。
「先日、マグナード様は私の妹を刺したロダルト子爵令息を冷静に拘束していました。彼はもう、以前の彼とは違うのです」
「なるほど……あなたは、傍でずっとマグナードのことを見ていた。その言葉には、ある種の説得力があるといえる」
ベルダー様は、すぐに先程までと同じような表情になった。
いや、少し違うだろうか。彼の口角が、わずかに上がっている。その笑みに一体どういう意図があるのかはわからないが、私の口出しを認めてくれたようだ。
「マグナード様、どうか自信を持ってください。あなたはヴォルダン伯爵令息との事件において反省し、自らを改めたのです。だからこそ、ロダルト子爵令息に対して、冷静な対応ができた。そんな自分を誇りに思ってください」
「イルリア嬢……」
「私は、マグナード様のことを信じています。それだけはどうか、覚えていてください」
「……わかりました。あなたがそう言ってくれるなら、きっとそうなのでしょうね」
私の言葉に、マグナード様も少し笑みを浮かべてくれた。
先程までは強張っていた体が、少し緩んでいる。いい感じにリラックスできているようだ。
そのままマグナード様は、ベルダー様の方を向いた。その表情には、既に一点の曇りもない。
もう大丈夫だ。そう思って、私は少しだけ気を抜く。
「兄上、僕も成長しています。いつまでも、兄上が知っている僕ではありません。改めて言いましょう。僕を見くびらないでください」
「……見くびらないようにと、口で言うのは簡単だ。覚悟をしているというなら、その覚悟を見せてみろ」
「兄上は、何をお望みなのですか?」
「話していても埒が明かない。ここは剣で勝負するとしよう」
「なるほど、そういうことですか……」
ベルダー様の言葉に、マグナード様の体がまた強張った。
どうやら、ベルダー様も一筋縄ではいかないらしい。マグナード様のために、どこまでも愛の鞭を振るうつもりであるようだ。




